第14話 箱根旅行
56-014
翌日、高雄の料亭に着物を着た芸者二人がやって来た。
この二人は本物の芸者ではなく、酒田常務に頼まれた業者がデリヘル嬢にアルバイトをさせていた。
着物自体殆ど着た事が無いので、歩き方はぎこちないが一応練習はしていたようだ。
着替えの服も予め準備しているので、明日の朝には洋服に着替えて旅館から帰る予定だ。
デリヘル嬢は若くて可愛い子を厳選しているので、一目見ただけで二人は喜ぶと「ベリーハッピー」と抱きつきそうになった。
自然の情景をあますことなく楽しめる高雄は、時間をかけて足を運ぶ価値あり!渓谷でとれたばかりの鮎は、まさに清流の恵みそのままで、ひんやりとした川風を感じながら、涼の風情を心ゆくまで堪能出来る。
特に今日は初夏の様な暑さで、高雄の川床は最高のおもてなしになった様だ。
座り慣れていない二人が食事の後立ち上がれなくなったが、愛嬌だと喜ばれた。
四季の恵みを生かしたコース料理や、炭火で香ばしく焼き上げた鮎の塩焼きを堪能して、五人はタクシー二台に分乗して京都の寺、神社に向かい、そこで少し散策して腹ごなしをした。
夜は祇園の料亭で食事の後、酒田常務を残して二組は別々に消えた。
翌日の昼過ぎ吉村課長が電話で「ジェームスは大変喜んでいたよ!今頃の芸者はサービスが良いのだね!」と嬉しそうに話した。
「宜しくお願いします!」と言うと「ジェームスの話では、今年と来年の様子を見て三年後アメリカに納入出来るかを判断するが、可能性は高いと話していたよ」
「本当ですか?宜しくお願いします!」電話を持ったままお辞儀をしていた酒田常務。
上機嫌のジェームスは日本のおもてなしは最高だったと捉えてはいるが、アメリカ納入の話は、吉村課長の御礼代わりのリップサービスだった。
吉村課長の話を真に受けた酒田常務は翌日、宮代社長に三年後には海外に向けて製品を出荷出来そうなので工場の拡張、若しくは工業団地に新工場を建設する事を考えて頂きたいと願いでた。
宮代社長は大喜びで、工場の増設なら隣の保育園を購入するかもしくは、商工会に打診して、工業団地に新工場を建てるかを検討してみようと酒田常務の功績を称えた。
その話は連休の間に会社中に広がり京極専務の耳にも入った。柏餅とちまきの詰め合わせを発送して浮かれていた時だったのでこのショックは大きかった。
赤城が自宅でこの話をすると美沙は「次期社長は酒田常務に決まりね!」と言った。
「しかし、千歳製菓が本当に世界の千歳製菓になるのか?信じられない話だな!」
「モーリスの仕事は完全に飛ぶわね!規模が違うでしょう?」
「日本の仕事は細かくて丁寧だから気に要られた様だが、酒田常務の営業力には脱帽だ」
「社名もCHITOSEに変更だわね!」美沙が笑いながら言った。
「京極専務は苦虫を潰した様な顔をしていたよ!」
「完敗でしょう?仕方が無いわね!お父さんは専務派だから冷遇されたりして」
「それ程大きな会社じゃないから大丈夫だと思うけれど、営業は必要無いって言われそうだな」
「工場勤務なら、出張にも行かないから事故の心配も無くて良いじゃないの?」横から妻の妙子が口を挟んだ。
「だが・・、工業団地に新工場を建てるとすれば多額の設備投資が必要になるから、増設の方が良いと私は思うけどな!」
「隣の保育園を買収するの?」
「工業団地の敷地は最低でも二千坪は有ると思うから投資額も大きい」
「無借金経営だと自慢していたのは遠い昔ね!」
「二十一世紀に飛躍するのかな?」
「お父さんも給料上がって、退職金沢山貰えるかも知れないわね!」
赤城家の食卓でも夢益々広がっていた。
翌週、半ばやる気の無くなった京極専務は、瑠美子との温泉旅行に行くことだけが唯一の楽しみになった。
自宅では、妹に負けたくない貴代子は「貴方!何とかならないの?妹に負けるのは我慢出来ない!」とヒステリックに叫んできた。
そんな状態から一刻も早く逃げ出したくなった京極は、「挽回の為、新規の客の獲得に行く」と貴代子に言って家を出た。
十一時頃、名古屋駅の新幹線ホームで待ち合わせをしていた二人。
約束の時間にホームに着いた京極専務はキョロ、キョロと見廻すが瑠美子の姿は見えない。
騙されたのか?仕事も義弟に負けて、女にも騙されて最悪だ!一人で箱根の温泉に行くのか?これ程惨めな旅行は無い!情けないと思っていた。
ホームに新幹線の到着するアナウンスが流れると同時に肩をたたかれた。
「専務さん!私が判らないの?」
京極専務が振り返ると半袖で水玉模様のワンピース姿の清楚な感じの女性が立っていた。
「えっ、瑠美子さんですか?」驚いた表情でその女性に訪ねた。
「そうですよ!判りませんでしたか?」と笑顔で答えた時、新幹線がホームに滑り込んで来たて、そのまま二人は新幹線のグリーン車へと乗り込んだ。
座席に着いてから「どこかのお嬢さんかと思いました!」と興奮を隠せない。
夜のクラブでは、派手な服装に目立つ化粧をしている留美子が、今朝の服装と化粧はいつもと全く違ったので判らなかった。
京極専務は今までのもやもやとした気持ちが吹っ飛んで、今日から二日間瑠美子と楽しもうと気分を切り替えた。
こだまのグリーン車で箱根の強羅温泉まで行くのんびりとした旅だ。
小田原駅から小田急に乗り換えて箱根湯本の駅に到着すると、箱根登山鉄道に乗り換えずにタクシーで強羅温泉まで行くために二人は箱根湯本の駅を出た。
「箱根登山鉄道は面白い運転をするので、楽しみにしていましたのよ!」残念そうに言う瑠美子。
箱根登山鉄道は、大正八年(一九一九年)に開通したわが国唯一の本格的山岳鉄道です。鉄道敷設にあたっては自然の景観をそこねることのないように、多くの配慮がされています。小田原~強羅間の十三ヶ所、延べ二kmにおよぶトンネルや、二十六ヶ所の鉄橋を設けていることなどもそのあらわれと言えるでしょう。登山電車には散水タンクがあり、走行中、車輪とレールの間に水をまきながら走ります。レールの磨耗を防ぐためですが、普通の鉄道なら、油を塗りますが、急勾配で車輪がすべって危険なため、水をまいて走ります。登山電車には四種類のブレーキがあります。車輪の回転をとめる電気ブレーキ、空気ブレーキ、手動ブレーキのほかに、空気の圧力で特殊な石をレールにおしつけて、電車をとめるレール圧着ブレーキも取り付けられ安全性を高めています。スイッチバック運転、スイッチバックとは、険しい斜面を登坂・降坂するため、ある方向から概ね反対方向へと鋭角的に進行方向を転換するジグザグに敷かれた道路又は鉄道線路である。
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