第13話  身を切る接待

 56-013

夜遅く自宅に帰って小諸物産での話をする信紀に「偉い!お父さんは良い事をしたのよ!」と称える美沙。

「そうか?良い事をしたのかな?」

「でもモーリスの商売って絶対に儲かるのね、お客さんから先にお金を徴収して、発注が長いと一年先なの?納入業者には手形で払えば、手元にお金が相当残るわね!恐い商売!」美沙が呆れたように言った。

「分割払い、クレジット払いは金利上乗せだからもっと儲かる事になるな」

「もしかして、クレジット会社からリベート貰っていたりしたら、もっと儲かる訳ね」と美沙は笑ったが、信紀もその片棒を担いでいると思ったら笑えなかった。


翌日、京極専務に昨日の経緯を説明して、小諸物産の社長の口添えがあったので玉露堂との頒布会が決まりましたと嘘をついた。

京極専務は「多少の出費は仕方が無い、今後も世話になる事もあるだろう」そう言って小諸社長が玉露堂との橋渡しをしてくれたと信じ小諸物産との取引を許可した。

京極専務は、小諸社長に商談に行った時に、機会があればモーリスとの取引に力を貸して欲しいと頼んでいたのが実り、漸くモーリスとの頒布会の仕事が始まる事を、自分の手柄として宮代社長に報告した。

宮代社長は「小さな取引先に専務が直々商談に、それも泊りで行ったので何か裏が有ると思っていたが、こういう事だったのだな。実を結んだのだな!流石専務だ」と褒め称えた。

「玉露堂は天保時代創業の老舗中の老舗です」

「それはまた、歴史の有る会社だな!我社にも箔が付く!」

「はい、私もそれは良い事だと思いました」

「一度私からも小諸社長に御礼を言った方が良いな!」

「あ、いいえ!その必要は無いと、モーリスとの関係を表に出したく無い様ですので」

「なるほど!小諸物産に納入していたアイテムも多少削減の対象になっただろう?悪い事をしたな」と気にする宮代社長。

赤城課長の小諸物産を守るための小さな嘘が、京極専務の嘘で大きく広がってしまった。


この京極専務の報告は直ぐに酒田常務の耳に入り、後継者争いに危機感を覚えた。

五月の葵祭が近づいているので、JST商事の吉村課長に頼み込んで一気にアイテム数を増やして成果を出したいと焦る酒田常務。


数日後、上機嫌で錦三丁目のクラブエデンに向った京極専務。

「専務さん!お久しぶりです!お待ちしていましたのに・・・」瑠美子が早速席に来て、寄り添いながら甘える。

「瑠美子さん!どうしたのですか?今宵は?」

「もう直ぐ社長さんになられるのでしょう?もう少しお近づきになりたいわ!」

「えっ!」京極専務はこのような処でもてるのはお金を使わせる為だと流石に理解している。

「私専務さんの様な男性がタイプなのよ」

甘い言葉を囁かれて、本気なのか?と疑いながらもいい気分になっていた。

しばらく、たわいのない話で盛り上がり酔いも回り始めたころ京極専務は耳元で「瑠美子さん、一度温泉にでも行きますか?」と半分ダメもとで囁いてみた。

「是非お願いしますわ!連れて行って下さい」

その返事に驚いた京極専務は、後程メールを送ると言って店を後にした。

何回目だろう?タクシーの中で瑠美子と会った回数を数えると、今夜で四回目だ?そんなに通っていないのに、本気で自分に好意をもっていると思い込んだ。

自然と顔が緩む。その気持ちのまま自宅に帰ると、貴代子が「あなた!何か良い事が?お父様から内示を貰ったとか?」と嬉しそうに尋ねてきた。

「まあ、そんな感じだ!」適当に答えると「おめでとう!良かったわ!貴美子の泣き顔が目に浮かぶわ!」

「・・・」

「そうだわ!お父様に御礼の電話をしなければ・・・」

「おいおい、まだ内緒だ!騒ぎたてて常務の耳でも入ったらモーリスの商品は作れないとか意地悪をするぞ!」

「そうね!今はまだ内緒の方が良いわね!夏の水饅頭、秋の彼岸団子も有るからね!でも社長に内定して良かったわ!」嬉しそうに背伸びをする。

「これから出張が増えるぞ!生産アイテムを一段と削減しなければ、モーリスの頒布会品の生産に影響がでるからな」

「営業部長としての貴方の腕の見せ所だわね!」

京極は、留美子との温泉旅行の事しか頭になく貴代子の言葉は耳に入っていなかった。

四月の末、ジェームス・クーパーと吉村課長が関西に来たので、早速接待に向った酒田常務。

今回も二人の遊ぶお金は自分の持ち出しになるが、妻の貴美子はこれで決めてきて下さいと現金を手渡す程気合いが入っていた。

吉村課長からは、今回の京都旅行の接待でジェームス・クーパーが満足すれば来年から新規で導入するキャラクター品を日本だけではなくアメリカでの販売の可能性も有ると聞いていた。

本場アメリカで商品が導入されれば、全世界のテーマパークへの納入も夢ではない。

もしもそれが決まれば、工場の拡張か一番近い工業団地に第二工場の建設が必要になるなと夢は大きく広がっていた。

昨夜も「モーリスなんて、日本の通販でしょう?貴方の話は世界を見据えているわ!貴吉が社長を継ぐ頃には上場企業になっているわね」と貴美子の夢も聞かされていた。

三十日からコンパニオン二人を案内役として呼んで京都見物を計画していた。

ジェームス・クーパーは案内役のコンパニオンを見て「着物美人じゃない!」と酒田常務に苦情を言ったが「本命は、明日の昼にお会できます」との言葉で機嫌を直して、金閣寺、銀閣寺、清水寺の散策を楽しんだ。

「明日の昼は川床に案内致します。綺麗処は夜の祇園での食事も一緒です」その様に伝えると「楽しみです!」と嬉しそうに今宵の宿に消えた。


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