第11話    転換点

56-011

京極専務の好みのタイプを調べ上げているので、それに合った北条瑠美子は京極専務にとって完璧な女性の筈である。

「どうなさったの?専務さん」祥子ママに言われて我に返った京極専務。

「ママ!美人の子が入ったね」

「でしょう?ずば抜けた美人でしょう?」

「この様な美人は銀座でもなかなかお目にかかれないよ。名前は何だったかな?」

「瑠美子です!横に座っても宜しいでしょうか?」

「勿論!どうぞ、どうぞ」嬉しそうに席を空ける京極専務。

「瑠美子さんは大阪の北新地のクラブでナンバーワンだったのよ!」とママが言うと、瑠美子は胸元の大きく開いたドレス姿で京極専務を挑発した。

「千歳製菓の専務さんで次期社長候補なのよ!」

「千歳製菓?」首を傾げる瑠美子に「どうしたの?」と尋ねる京極専務。

「私の母が昔食べていた薄皮饅頭の美味しい店が確か千歳屋って言っていたのを思い出しました」

「えっ、千歳屋の薄皮饅頭をご存じなのですか?」

「私は残念ながら食べた事はありませんが、母は昔よく食べていたようです」

「ご縁があるのね。きっと今の社長のお父様が商売されていた頃のお饅頭屋さんの物ですね。今の社長が株式会社にして会社を大きくされたのですよ」

「これは奇遇ですね!驚きました!」京極専務は喜んだ。

「本当ですね!昨年亡くなった母が生きていたらきっとその話を聞いて喜んだと思います!」

専務の情報は松永部長から貰っていたので、作り話で京極専務の心を掴むのは簡単なことだった。瑠美子は松永部長の指示のまま動くだけだ。

松永部長はこの様な女性を準備するJクラブと契約しているので、女性の色仕掛けで獲物を籠絡させることは容易い事だった。


この日を機に京極専務はクラブエデンに足繁く通う事になる。


三月に入った頃、京極専務が赤城に指示を出した。

「赤城課長!神崎工場長から、モーリスとJST商事の仕事を今後とも続けるなら、アイテムの整理をして欲しいとの要望が来ている!検討をして貰えるか?」

「品数を減らすのですか?老人ホームのアイテムは既にぎりぎり迄絞っています。一般向けの商品を減らすと売上げに影響すると思うのですが?」

「そうなれば取引先も減少するのか?」

「当然減ると思いますね!総合食品問屋は一度アイテムを切ると、他社から仕入れますので元には戻りませんが?」

「今の状況では仕方が無いだろう?それに、来年からキャラクター品がもう一つ採用されるらしい」

「すると三アイテムになるのですか?」


酒田常務が、ジェームスを京都の葵祭に招待する事をJST商事の吉村課長に伝えた時、「舞妓か芸者と・・・頼むよ!私も楽しみたいのでね。その代わり、もうひとつアイテムを増やすとジェームスが言っているよ」と言われた。

そこで酒田常務は色々な方面に手を廻して、漸く枕営業をしてくれる置屋を見つけると直ぐに吉村課長に連絡した。吉村課長は大喜びで「来年からアイテムをひとつ増やしましょう」と言ってくれたのだ。

その影響で商品アイテムの整理の方向に進んだのだ。

秋の社長人事の為にも早く実績を強調したい常務の作戦だった。


赤城は自宅に帰ってアイテム整理をしなければいけない事を家族に話した。

「お父さん、もしもよ!キャラクター商品もモーリスも無くなったらどうなるの?」美沙が行きなり不吉な事を質問した。

昨年モーリスの二度の企画で、売上げは大きく伸びたが、後半は全く企画が無く苦悩していた姿を家族は見ていた。

「両方無くなったら千歳製菓は終りになるだろうな。以前と違って設備投資でお金を借りているからな」

「じゃあ、アイテムを少なくするのは駄目なのでは?」

「酒田常務が次々キャラクター品を増やすので、製造も満杯になっているから仕方が無い!」

「でも取引先も減るでしょう?」

「削減するアイテムを取り扱っている取引先は減るだろうな?」

「小さな会社が困るんじゃ無いの?」

「多分。特に介護施設への商品は売れ無いから、削減される様になると思う」そう言いながら、信紀は小諸物産の社長の顔を思い出していた。

モーリスとの取引には特に注意する様にと忠告した小諸社長の言葉も同時に思い出していた。


翌日、会議の席上で神崎工場長は、アイテム二十品目の削減と現在の在庫及び製造は今年の七月で終了すると発表した。

赤城課長は事前には聞いてはいたが、意外と多い品目に難色を示したが、「赤城課長!この品目の削減が出来なければ、秋以降のモーリスへの納入は困難になると思います」と神崎工場長が言切った。

京極専務は赤城が意見する間も与えず「赤城課長!半年近く時間が有るので、各取引先に理解して貰う様に!」と言い放った。

赤城課長は、会議が終って部下の山下に削減する品のリストを見せた。

山下は驚いて「課長!これだけ削減すると、小諸物産に納入する商品は一品目だけになりますよ!」と声を荒げた。

「仕方が無いだろう!」

「でも一つだけなら、配送ロットに満たなくなります。どうしましょう?昨今運賃も高騰していますので・・・困ります」

「だが、運賃を当社で負担して宅急便で送るわけにはいかないだろう」

「品数を減らされた上に送料が値上げになると小諸物産が納得しないでしょう?」

「それを上手に話すのが、営業の腕だ!取引が無くなっても支障は無い」


二〇〇一年春、千歳製菓は営業方針を大きく変更することとなった。


大学二年生になった赤城の娘美沙は、将来の目標をジャーナリストと決めていた。

父の最近の仕事を見ていると、益々その気持ちが強くなっていった。

小さな会社なのに後継者争いの為に、無理な売上げ競争を行い、元来父が話していた多くなくともお客様の要望が有る品の提供、人様にお役に立てる商品の提供という理念からは大きく逸脱し始め、添加物の入っていない国産原料で安心して食べられる商品が消されている現状を目の当たりにした美沙は自分の道を見つけたのだ。



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