第10話    虜

 56-010

酒田常務の行動に焦り始めた京極専務は、再三赤城課長に商談の催促をする。

赤城課長もモーリスに打診するが、庄司は「来年考えましょう!今の御社の設備では頒布会の品物をお任せするのは難しいとの品質管理課の見解です!」と愛想が無い。

この言葉は千歳製菓にプレッシャーをかけて、千歳製菓でのモーリスの立場の向上を画作する作戦だった。

二度の企画は千歳製菓には大きな売上げと利益を残していたので、企画が入らなければその後大きな痛手になる。千歳製菓は設備投資を行ったので、売上げが落ちると直ぐに経営に影響する状態に変わると思っていた。

年が改まると京極専務の焦りはどんどん大きくなった。

赤城課長には五月のセットは、何としても納入する様にとの指示が京極専務から再三飛んだ。このままでは社長の座が危ういと思った京極専務が、赤城課長にモーリスに商談に向えと指示をするほど程窮地に落ちていた。


四月の納品の為に、毎週の様にJTS商事の人間が工場にやって来る。

勿論アメリカの本社からも製造担当の外国人も何度も出入りして、酒田常務と工場長は大忙しで対応していた。


だが、この状況をモーリスの調査員が掴んだのは、二月に入ってからだった。

商品の製造が始まり営業倉庫へ次々と保管を初めた様子を見て、大口の取引先が出来た事をようやく把握したのだ。


二月の半ばの朝礼で、宮代社長は秋に引退して会長職に就くと正式に発表したのだ。

次期社長に付いては九月初旬に発表すると短く付け加えただけだった。

赤城課長は家に帰ると「困ったよ!宮代社長が今秋引退して会長職に就任すると朝礼で発表したよ!」と話した。

「会社も若返るのね!」美沙が笑顔で言う。

「それが、後任の人事を言わなかったので、社内で専務派と常務派に別れて戦線恐々になって空気が悪い!」

「三十人程の会社で?まるで大会社の様ね!」

「そうだな!忙しくなってパートも正社員も少し増やしたといっても合わせて百人程度なのに、跡目争いは大企業並みだな!美沙に笑われる筈だ!」

「何故?次期社長さんを発表しないの?」

「二人の娘に気を使っている様だ!」

「でもキャラクター商品とモーリスで伸びているのでしょう?」

「モーリスも結構儲けさせてくれたから会社は喜んでいるが、その後企画採用が無いから専務はピンチになっている。俺に対して風当たりが強い!」

「でも不思議ね、去年は立て続けに企画入ったのに、それ以後何も無いのね?」

「それで専務に叱られて肩身が狭いよ!キャラクター商品の生産があるので、会社は忙しいがこれが終ると最新鋭の設備も人も遊んでしまう、パートも大勢クビだろう?」

「でも私、モーリスって会社好きになれないな!何かお父さんの会社を手玉に取っている様な気がするのよ!」

「お父さんも遊ばれている様な気分だよ!」不安の言葉を口にする。


翌日、モーリスでは、松永部長を中心に村井課長、庄司が集まって今後の方針を話し合っていた。

「今秋に宮代社長の引退が決まった様だ!後継には京極専務になって貰う方が操縦は容易いが、酒田常務が選ばれると外資の連中がちらつくので面倒なことになる」と松永部長が切り出した。

「部長!今後どの様に動いたら良いでしょう?」と村井課長と庄司が質問する。

「去年の秋から企画を入れてないので、欲しがっているだろう?サイトを四十五日に伸ばして五月の節句企画を入れて様子を見よう」

「キャラクター商品の製造が一旦終るタイミングが、丁度五月の節句と重なるので良いのでは?」と村井課長。

「サイト延長は受けるでしょうか?」と庄司。

「京極専務は、仕事が無ければ社長争いから離脱してしまうので受け入れると思う」

「今後は専務を社長にする為に動けば良いのですね!」

「あの男、酒も女も好きだから、操縦し易いので瑠美子を近づけて情報をより多く得る事にする」

「あの北条瑠美子さんなら、あの専務はイチコロですね!」と村井課長が賛同した。

「来週から専務の馴染みのクラブに送り込む事にしよう」

「錦三丁目のエデンですか?」村井課長は配られた用紙に目を移して言った。

過去にも堺の中小企業の親父を北条瑠美子は骨抜きにした経緯が有る。今回二度目の仕事で、前回の実績を買われての登場だ。年齢は三十三歳で、スタイルも容姿も男好きする感じだ。知識も豊富でどんな話にも付いていけるので、松永部長のお気に入りになっている。

「営業課長の赤城はこのままで?」

「あの男は専務の使い走りの様な男だから、気にする必要は無い」


錦三丁目(にしきさんちょうめ)とは、名古屋市中区に在る町丁。クラブ、 ラウンジ、料亭などの高級料飲店を中心とした名古屋市の代表的な歓楽街の一つである。通称・錦三(きんさん)。市民の間では単に「錦」と呼ばれることが多い。


数日後、赤城課長はモーリスの本社に呼び出されて、金額が大きいのでサイトを四十五日に伸ばして貰えるのなら、五月の節句の企画を去年と同じ様に実施したいと言われた。

赤城課長は自分の一存で決められないので、本社に持ち帰って返事をすると答えると、夏に水饅頭の企画も秋には彼岸団子の企画も実施すると囁く様に言う庄司。

持ち帰って京極専務に伝えると、二つ返事で了承して褒め称えた。

企画が一つ増えた事で支払いサイトの問題は消えて、これで自分の社長昇格が大きく近づいたと喜んだ。


その喜びはそのまま錦三丁目に向って、クラブエデンの扉を開く事になった。

上機嫌の京極専務をママの祥子が「専務さん!ご機嫌ですね」と出迎えた。

「仕事で大きな成果が出たので、久々に楽しい気分だ!」

「そうなの?今夜は専務さんが気に入る新人が入っていますよ!」

「私が気に入る新人?そんな人居るの?」店内を見廻す京極専務。

席に案内されると、ほどなく祥子ママが「新人の瑠美子さんですよ!」と女性を京極のところに連れてきた。

瑠美子を見た専務は、鳩が豆鉄砲を食らった顔になっていた。


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