第9話    次期社長

 56-09

モーリスでは取引をしている会社をABCに分けて定期的に調査をしている。千歳製菓は何故かAにランクされて、調査が毎月行われていた。勿論経営状態、社内の跡目争い、軋轢等細部分まで調査が行われていた。

その業務を行っているのが全ての部署の上に位置する管理課である。

その管理課の部長が五十五歳の松永寛二で、Aランク約十社全ての会社の業績等を監視しているのだ。

十社との取引に対しては、松永部長の承諾が無ければ仕入れは出来ない。B,Cクラスの取引先には松永部長は関与しない。

取引が始まった千歳製菓はAランクの印が点灯したので、村井課長も庄司も松永部長の承諾を得なければ動く事はできない。


「調査に依ると新しく名新信用金庫と取引が始まった様だ!名新信用金庫の担当者と千歳の経理の女子社員が恋愛関係にある」

「中々、名新信用金庫もやりますね!」

「この担当者の志水誠は、名前とは正反対で別の恋人もいる様で所謂二股男だ!」

「悪い男ですね!経理の女性が可哀想ですね!」

「だが、名新信用金庫が取引を初めてくれた方が、我社には都合が良いと思う。だから当分泳がせる!メインバンクの名愛銀行は地銀で規模が大きいので将来操作が困難だ!」

「千歳製菓は最新の自動包装機に続けて自動充填機も購入する様です」

「まだ、頒布会の仕事は与えては駄目だぞ!今の設備でフル生産させるまで待つ!」

「判りました!ブロック別の仕事で繋ぎます!」

村井課長と松永部長の打ち合わせはこの様に、月に一度簡単に行われる。


例年八月は暇なので、有休を使って家族旅行に行く事が多かった赤城課長も、今年は休みを返上して生産に追われる日々となった。

美沙は信州に行きたいと春先から両親に話していたが、結局お流れになっていた。

夏休みに大学の友達と旅行に行きたいと言っても、変な虫が付くと困るからと信紀の反対で行けずに不満が募った。

自由にできる小遣いを作るため、バイトを探そうとしたが信紀からコンビニは昼のみで夜のバイトは反対された。

日々美しくなる娘に心配が尽きない両親、特に信紀は美沙を溺愛している。


新型の機械が導入されても手作業が多いので、パートも正社員も汗だくで真夏の工場内を走り廻っていた。

酒田常務も心の中では苦々しく思いながらも陣頭指揮を行い、来年の春には逆に自分が取引を始めたキャラクター饅頭の生産で、専務のド肝を抜いてやると密かに思っていた。


彼岸団子の納品が終了して、社内に安堵感が広がった時、京極専務と宮田常務は社長に呼ばれた。

「ご苦労さん!今回も五月と殆ど同じ数字だったね!」宮代社長が二人を労った。

「はい、売上げが安定していますので、比較的安心して製造が出来る様です!」嬉しそうに答える京極専務。

「専務も常務も今年になって見違える程の業績アップに貢献しているな!私も安心して会長職に退く事が出来るよ!」

「今後も会長として色々ご意見を伺いますので、宜しくお願い致します」

「今回の作業で他の機械も老朽化が激しく、四月からのキャラクター商品の製造には耐えられないのではと思われますが?」酒田常務の言葉に一瞬顔が引きつった京極専務。

モーリスの仕事が入ったので、キャラクター商品の製造は見送りになったと思い込んでいた京極専務には驚愕の言葉だった。

「そうだな!他の設備もこの際新しくして増強すれば、モーリスの生産が増加しても当分は大丈夫だろう?」宮代社長の言葉を半分も聞いていない京極専務は「は、はい」と生返事をした。

酒田常務は心の中で、驚いた様だな!社長の座は私に決まっているのだよ!諦める方が良いよ!と、ほくそ笑んでいた。


京極専務は自分の席に戻ると落ち着かない様子で赤城課長を呼びつけた。

「モーリスに何とか、頒布会用の商品を入れて貰える様に商談を急いでくれ!」

「どうされたのですか?」

「常務がキャラクター品の納入を決めたらしい!来年の四月から納品だ!」

「外資系のテーマパークの土産品ですね?」

「そうだ!相当な数が売れるらしい!初回で成功したら、徐々にアイテムを増やす様だ!」

「でも外資系は少しの間違いも命取りになると聞きましたよ!大丈夫でしょうか?」

「それはどう言う事だ?」

「詳しくは知りませんが、キャラクターの顔とか形が少し崩れると全て返品とか厳しい様です」

「鼠の顔とかアヒルの・・・」と京極専務は口走ると急に話を止めた。


その後京極専務の意に反して、モーリスの企画は中々決まらなかったが、反対に酒田常務がアプローチしているJST商事の吉村課長がアメリカ人を連れて会社見学にやって来た。このアメリカ人は品質管理の男性で、ジェームスの指示で工場点検にやって来たのだった。

工場長の神崎と酒田常務は最新の自動充填機、包装機を中心に見せて「社屋は少し老朽化ですが、設備は最新式でこれなら二品目程度は充分製造出来ます」そう言った。

吉村課長は帰り際に酒田常務に「二品決まったら、ジェームスを京都にお願いしますよ。五月の葵祭の時に」と囁いた。


葵祭とは、祇園祭、時代祭と並ぶ京都三大祭の一つとして知られています。京都御所から下鴨神社・上賀茂神社へ新緑の都大路を、総勢500名を超える平安絵巻さながらの優雅な行列がねり歩きます。京都最古の祭で、行列のすべてに葵の葉が飾られています。


今回も芸者舞妓で接待をして欲しいとの強請ともとれる要求だったが、酒田常務は翌日から知り合いを尋ねて準備をして貰う事に奔走した。



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