第8話 ライバル
56-08
JST商事の吉村課長は千歳製菓と同じくらいの仕入れ先を数社準備していなければ、ジェームスの接待などとても出来ないと思っていた。
この日もジェームスは小春と遊んで上機嫌になっていたが、数日日本で過した後「一度京都で舞妓遊びをしたいで~す」その様な捨て台詞を残してアメリカに帰って行った。
吉村課長は見送ると同時に舌打ちをして「すけべー野郎!どこまでしゃぶるのだ!」と独り言を呟いていた。
「こ、これは何?」クレジットカードの控えを見せられて驚く貴美子。
「これでも会社と二分割にしたのだよ!向島は高い!」
「向島?」首を傾げる貴美子。
説明を聞いて益々怒る貴美子に「お父さんは私が実績を上げたら、貴吉を将来社長にしたいとおっしゃったのだよ!」
「えっ、それは貴方が社長になるって事よね!お父様の考えが判った気がするわね!」
「名古屋の小さな和菓子メーカーから、大きな会社になるのだよ!自動包装機の新型も導入されるので、大口注文が必要なのだよ!これは将来の投資だよ!」
その言葉に貴美子は息子貴吉の社長の姿を想像していた。
結局、貴美子は貴吉の社長就任の為には、全てを投げ出しても良いと大きく態度を変えた。
七月末、最新の自動包装機が工場に設置されて、早速彼岸団子の包装が開始された。
宮代社長は製造を見学して、これで生産量は大幅にアップ、人件費も節約出来ると喜んだ。
来週から月見饅頭も製造するが、今度は充填機の老朽化がクローズアップされて、再び銀行に融資の計画を打診する事になる。
地元の信用金庫、名新信用金庫はその情報を掴んでいた。支店長の香取健吾は地元の優良企業である千歳製菓と取引をするため、部下の志水に千歳製菓の情報を掴むように指示していた。志水は苦肉の策として千歳製菓の経理の女性北川碧に目をつけると上手く交際を始めたのだ。三十歳に近い北川は千歳製菓で十年経理をしているので会社の事は隅々まで知っている。特別顔が綺麗でも無いが、香取支店長に再三千歳製菓との取引を始める様に言われて苦肉の策に出たのだった。婚期を逃しそうになっていた北川碧には、志水が白馬の王子様に見えて付き合い始めたのだ。千歳製菓の業績、新規の取引先、資金繰り等が手に取る様に志水の耳に入った。
香取支店長は、自動包装機の時は、メインバンクに持って行かれたが、充填機は自分達の信用金庫で調達して貰らおうと、この時とばかり志水を連れて千歳製菓に乗り込んだ。最近新規の取引先のモーリスで大きな商いが出来て、今期の業績が大幅上昇との調査結果も後押しした。
経理の女性北川碧と志水が交際していることはもちろん知らない宮代社長は驚いた表情で応対した。
香取支店長は千歳製菓と取引を始める為に、破格の金利を準備して交渉に来ていた。
応接室にお茶を運んで来た北川碧は、志水に目で合図をして嬉しそうに応接室を出て行った。
「常務、我社に追い風が吹いている様だな!新規取引で先程来た名新信用が破格の金利で充填機の購入資金を貸そうと言って来たぞ!」
酒田常務は「社長!私からも良い報告がございます!」
「えっ、まさかアメリカのか?」
「はい、JST商事の帳合いで、来年四月より一品のキャラクター饅頭の納品が決まりました!」
「おおー数万個か?」
「はい、その様に聞いています!」
「追い風が吹いてきた様な気がするのは本当だったな!もう少し設備の増強が必要になる様だな!」
自分の実績がずば抜けていると自負していた京極専務は、その話を聞いて虚を突かれた思いがした。すぐさま赤城課長を呼び寄せると「赤城課長!モーリスの年間商品の提案を急いで、安定的に売上げが確定させなさい!」急に強い口調で指示を出した。
今の様なスポット販売の場合では、常に競合に出し抜かれる心配もあった。
自宅に帰った赤城課長は「お前達、年間を通じた饅頭の販売なら何を提案する?」と尋ねた。
しばらく考えて「お正月の饅頭でしょう?雛祭り、五月の節句、秋の彼岸団子位だと思うけれどね」妙子が答えると美沙が「バレンタインも・・・でもケーキかな?チョコだから饅頭は変ね」
「夏は塩饅頭に水饅頭よね!」
「セット企画だから、正月の紅白薯蕷 饅頭、上生菓子で栗かの子、松、竹、梅だな!彼岸の後はこの企画で、次が雛祭りで五月の節句、彼岸団子か?」
「頒布会なら毎月でしょう?売上げ安定ね」
「それが、今の会社の規模では任せられないと言われているのだよ!」
「新型設備を導入しても駄目なの?」
「どうも難しい様だ!頒布会に入れると楽になるのだが、中々モーリスの担当者が首を縦に振らない!」
「それって何か他に理由が有るのかも知れないわね?」
「他って?何?」
「判らないけれど、気になるわ」
美沙の言葉が頭の隅に残った信紀だった。
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