第2話    商談

 56-02

庄司が村井営業課長に「先程名古屋の千歳製菓と言う和菓子屋から問い合わせがございました。データを調べましたら合格の評点が出ましたので、来週商談を入れましたが宜しかったでしょうか?」と報告した。

村井課長はパソコンを叩いて「千歳製菓、冷凍和菓子のメーカーだな、社長は既に七十歳を過ぎている。地元の学級給食とか病院、老人ホームに納入しているが、ここ五年程売上げが伸び悩んでいるな!これからは少子高齢化が進むので学校給食は伸びない!我々が取引するには最適な企業かも知れない!取引が出来る様に話しを積極的に進めなさい。昔からの和菓子屋を会社組織にして三十五年か?現在の社長は地元に資産を多少持っている様だ!」と笑顔で庄司を激励した。


京極専務は、赤城課長から報告を受けると、大喜びで「流石は赤城課長だ!長年営業をしているだけの事はあるな!」そう言って褒め称えた。

その大そうな褒め方に、赤城は、商談の申し込みが簡単にできたとは言えなくなってしまった。

「それで、いつ商談して貰えるのだ!」

「それがこちらの都合に合わせると言って貰えました」

「課長!それは素晴らしい、先方は乗り気だ!君は社内と違って得意先に対する話術は上手いな」と多少の嫌味をのせて言うなり早速手帳を出すと「それなら来週の木曜日に行こう!土曜日はゴルフの予定だから木曜の夜なら飲んでも大丈夫だ!それから大阪近郊で他に何処か挨拶に行ける会社がないかを捜してくれ!そうすれば泊まりに出来るからな」と出張に乗じて息抜きを考える京極専務。

「は、はい!・・・何処かと言われましても・・・」

「神戸方面に確か小さな会社が在っただろう?」

「は、はい小諸物産という取引は小さいですが介護の会社がございますが?」

「小さい取引か・・いや、そこでいいか。金曜日の午後に行こう!決まりだ!」京極専務は自分で言って自分で納得していた。

赤城課長は呑気な京極専務に呆れながら自分の席に戻ると、部下の山下建男に小諸物産に訪問したいのでアポを取る様に言った。

驚いた山下は「小諸物産に何か?」と尋ねるが「神戸に行くから、専務が挨拶に行きたいと言われたのだ」

「は、はあ!月に十万程度か二十万ですが・・・」山下はぼそぼそと独り言の様に言いながらプッシュホンの番号を押した。


翌週の出発前日。赤城は、仕事から帰ると娘の美沙に「明日の出張は、先日のチラシにあった頒布会のモーリスなのだよ。取引が出来るかも知れないよ!」と嬉しそうに話した。

「大丈夫なの?大きな会社でしょう?簡単に商談してくれるって、何か有るのじゃない?」

「そうだな、お父さんの会社の数百倍の売上げだろうな?凄いだろう?納入出来るようになると大きく売上げが上がるだろうから、給料が増えるぞ」

「そんなに簡単なの・・?兎に角頑張って!」そう言って笑うと、テレビの歌番組に視線を移して歌を口ずさみ始めた。

女子高生にとっては親の会社の話しにはそれほど興味はないのだ。


翌日、京極専務と赤城課長は揚々と株式会社モーリスの本社に向った。

大阪に着いた二人は、大阪駅で昼飯を食べることにした。

「初めての商談で相手が大きい時、私は必ずカツ丼を食べるのだよ!」そう言って京極専務は笑いながらカツ丼の看板を見つけると入って半ば強制的にカツ丼を二人分注文した。

赤城は、昨夜は胸焼けで眠りが浅く、軽い食事と思っていたのにカツ丼?と思いながらもご馳走になった。お礼を言うと京極専務は「何か上手く商談が進む気がする!」と言って颯爽と店を出て行った。

午後一時にモーリスの本社前に着くと京極専務は「ここが本社か?一部上場会社の本社にしては小さいな!」と言いながら玄関を入って行った。

目の前のガラスケースに入った置物に目を奪われた京極専務は「課長!あれは何だ?」と驚いた声を発した。

そこには黄金に輝く鷹か鷲かが大きく翼を広げて、松の枝から今にも飛立とうとしている姿が在った。

「これは金か?宝石が散りばめられている様だな!」

「本当ですね!すごい置物ですね!」

来客を先ず驚かせる手法なのだが、二人は建物が小さかったことはすっかり忘れて、儲かっている一流企業は違うなと思った。

受付に在る内線電話で受付に連絡すると美しい女性が現われた。大企業は女子社員も美人だなと思いながら見とれていると、女性は丁寧に頭を下げ待合室に案内した。


案内された待合室には大きな水槽があり、それにも二人は驚かされた。

「あの魚は何だ?」京極専務が赤城課長に尋ねる。

「熱帯魚でしょうか?大きいですね!圧巻ですね!」

この二人の様子は庄司が全てモニターで見ていた。

「庄司君!どうだね?二人来ている様だが、大丈夫か?」

いつの間にか庄司の後ろに来ていた村井課長が尋ねた。

「大丈夫です!入り口の鷹の置物に圧倒され、待合室の水槽のブラックゴーストで撃沈ですね!」そう言って微笑む。

そして、商談室の入り口でもシルバーアロワナが悠々と泳ぐ姿に圧倒されていた。

「お待たせしました!ご案内致します」先程の女性とは別の美しい女性がやって来て八番の商談室に案内した。

流石に仕切られた商談室には何も無かった。二人は、しばらくして現われた庄司を見て「若造か?」と思った。

立ち上がって名刺の交換をして、早速赤城課長は自社のパンフレットを差し出した。

しばらく黙ってパンフレットを眺めた庄司は「中々魅力的な商品をお持ちですね!」と笑顔で言った。

「ありがとうございます」礼を言う京極専務は次の言葉に耳を疑った。

「単発企画と通年企画がありますが、最初は単発企画に致しましょう!」

「は、はい」いきなりの取り引き話に京極専務は言葉を失った。

「今からなら丁度五月の節句企画に間に合います!早速見積りを提示して下さい!その後は通年企画を組んで販売しましょう」

「五月の節句なら柏餅かちまきですね!それで宜しいのですか?」

「はいそれをセットにして販売致しましょう。販売金額で一億程度でしょう」庄司はいとも簡単にそう言った。

「一億!」声が裏返る京極専務だが、急に支払いが不安になり「支払いサイトはどの様になりますか?」と小声で尋ねた。

「そうですね、最初は小さな企画ですから末の末で結構ですよ!多くなればまた考えて下さい」

「えっ、三十日サイトで宜しいのですか?」

「はい、結構ですよ!それから発送運賃は当社が支払いますので、蔵前価格で見積りをお願いします」

「通年企画に入るとどれ位の販売になるのですか?」と怖々尋ねたところその返答に再び腰を抜かす程驚いた。

商談を終えて帰る時、案内の女性に「あの置物本物ですか?」と小声で尋ねると、微笑みながら「時価一億と聞いています」と答えた。


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