第42話 兄と弟だった二人

 元父さんことランバルトだけじゃない。元母さんのエリザもまるで作ったような笑みを浮かべている。

 そう、まさに作ったようなとしか言いようがない。だってこんな笑顔を向けてくれたことなんて一度もなかったんだから。

 僕が何か言い出す前にユウラが僕を元家族から引き離す。


「リオから離れろッ!」

「ユ、ユウラ?」

「リオをいじめた奴ら!」


 聞いたことがないユウラの大声だ。まるで別人のように聞こえて、僕も震えるほどの迫力だった。

 ドルファーさん達に至ってはそもそも状況すら理解できていない。

 僕の家族がロシュフォール家で、しかもそれが訪ねてきているんだから。だからここは僕が説明しないといけない。

 だけどエリザがわざと困ったような顔をして、ため息を吐いた。


「リオ……。こんなに立派になっていたなんて知らなかったわ。母さんね、あなたのことを見直したの」

「……何を」

「あなたが本当は素晴らしい子どもだったということよ。こんなに素敵な村を作ったなんて、本当にすごいわ」

「……それで?」

「リオ、あなたをロシュフォール家の一員として認めてあげることにしたの。よくがんばったわね」


 僕は頭の中で何かがきれそうになった。今にも爆発しそうだけど、まだ我慢だ。

 怒りを鎮めた後、僕はドルファーさん達に向き直った。

 ここにいる人達が自分の家族だったこと、僕がロシュフォール家の子どもだったこと。そして屋敷での仕打ち、すべて話した。

 もちろん黙っている元家族じゃない。


「リオ、それは誤解だ」

「そうよ、リオ。お父さんの言う通りよ。屋敷でのこと、怒っているのね」

「確かにお前にはロシュフォール家の息子として、厳しく躾けたこともあった。でもそれはすべてお前を思ってのことだったんだ」

「そう、本当にそうなの。うまく伝わらなかったことは本当に謝るわ。ごめんなさい」


 僕は改めて思った。どうしてこんな人達の家に生まれてしまったんだろう、と。

 ドルファーさん達は黙って話を聞いていて、一切反応しない。

 それを好機とばかりにランバルトは年長者であるドルファーさんに握手を求めた。


「ドルファーさんだったか。リオが世話になった」

「……おう」

「こんなにも素晴らしい村を作っていたなんて、まったく知らなかったよ。いい人達に恵まれたのでしょうな」

「そうかもな……」


 ドルファーさんは眉一つ動かさない。

 そこへひょこっとセレイナさんとイルミーアさんが出てきて、元家族を観察していた。

 この人達が余計なことをすると事態がややこしく、といつもなら思う。

 だけど今はなんでも好きにしていい。だって僕は二人だけじゃなくて、皆と同じ気持ちなんだから。


「あらぁ、あなた達があの有名なロシュフォール家? 初めてナマで見たわ」

「む、なんだお前……いや、あなたは?」

「私、セレイナ。酒場と酒造所を経営してるの。ふーん、ロシュフォール家……確かにすっごい魔力ねぇ」

「はっはっはっ! そうでしょう! あなたはなかなか見る目がある」

「でも今はこんなところに来てリオ君に頼らざるを得ない事態なのよね?」


 セレイナさんの発言が核心を突いたのか、ランバルトの表情が強張る。

 セレイナさんはそれを楽しそうに指してケラケラと笑った。


「あらまぁまぁ! 図星?」

「ずいぶんと失礼な物言いだな……。お前も魔道士なら、我々の力量がわかるだろう?」

「ということは実力行使!?」

「リオは連れて帰る。そいつは私の息子だからな」


 ランバルトがそう宣言した時、ドルファーさん達が僕を守るようにして立った。

 セレイナさんも臨戦態勢で、黒い魔力が可視化できるほどだ。つまりかなり怒っている。

 セレイナさんには何も話してないはずだけど、あの人のことだからなんとなく察したんだと思う。


「そういうのはリオ君に直接、聞いてみたら?」

「そうさせてもらおう」


 ランバルトが改めて僕を見る。というより睨んでいた。


「リオ、帰ってこい」

「嫌だ」

「名もなき集落だったイムルタをここまで発展させた手腕は聞いている。それならば、ロシュフォール家でも役立てるだろう」

「あれだけの仕打ちをしておいて帰ってこいって? 僕はもうお前なんか父さんだと思ってない。そっちの母さんらしき人と兄さんらしき人もね」


 僕に兄さんらしき人と呼ばれたことで、フレオールがついに口を開く。

 すでに帯びている魔力から熱が感じられる。紅のオーラとも形容できるそれは、王立学園トップにして学生唯一の魔術真解の使い手に相応しい。


「父さん、母さん。だから言っただろ? 猫なで声で機嫌なんか取る必要はないってよ。大方、あのザコどもに煽てられて調子に乗ってんだろ」

「そうかもしれんな。それならば当初の予定通り、はぐれ魔道士討伐といくしかあるまい」

「そうそう。誰がなんと言おうと、ここにいたのは悪質なはぐれ魔道士。訪れた人間を殺して身ぐるみをはいでいたやべぇ集団だったって結論になるんだからな」

「フ……このほうが我々の汚名も晴らせるな」


 三人が魔力を解放すると、村にまで届かんばかりの突風が放たれた。

 ここにいるのは王国トップクラスの魔道士で、そんなのが本気を出したんだから魔力が少ない人達はこれだけで怯えるはずだ。

 だけどドルファーさん達は態勢を崩しただけで、そんな様子はない。

 魔力がなくても、この人達だって厳しい訓練をしているんだ。


「まさかリオのボウズがご立派な家の息子とはなぁ。でもな、ボウズがここにいるって決めたんだ。俺達が尊重してやるのは当然だろ?」

「クズどもが。生まれながらにして底辺を確約されたボンクラどもが粋がってんじゃねぇぞ」

「おう、リオの兄ちゃんとかいうボウズよ。おめぇは底辺じゃねぇってのか?」

「当たり前だ。この魔力を感じられない底辺にはわからんだろうがな」


 ドルファーさんはクククと笑った。まるでお酒を飲んだ時みたいに上機嫌だ。

 こんな圧倒的な人達の前でここまで笑える人だから、強いに決まってる。

 僕はドルファーさんが言わんとしてることがなんとなくわかった。


「世の中にはな、お前らより強い連中なんていくらでもいるんだよ」

「はぁ? そんなわけねぇだろ!」

「そんな奴らが今度はお前らを底辺呼ばわりするもんだ。だからお前らは世間知らずってわけだな」

「このクズどもが! いいぜ! 見せてやる!」


 フレオールが全身に炎をまとわせた。炎がフレオールを焼き尽くしたかのように見えた後、人型の炎だけが残る。

 燃え盛る炎の人間がまた変形して肩から炎の角、背中から炎の翼が解放されたかのように生えた。


「はぁぁぁぁぁぁッ!」


 フレオールの雄叫びの後、熱風が放たれた。

 その熱だけで常人なら死に至らしめられるほどで、草がフレオールを中心にすべて蒸発するようにして消えている。

 そう、常人なら。だけどここにいるのはすでに常人じゃない。


「こいつ、クズどものくせに耐えやがったのか?」


 フレオールは驚いてるけど、ドルファーさん達には魔石による最高の装備をしてもらっている。

 炎完全耐性、この日を想定していたわけじゃない。何がきてもいいように、常に魔石の研究を続けていたんだ。負けてやるもんか。


「まぁいい……これが俺の魔術真解……傲炎魔人イフリート。魔術式の真の解答にして究極……意味はわかるな?」

「フレオール、いいよ。僕が相手をしてあげる」

「リオ、そんな口を利いて大丈夫か? お前は俺に手を出せない。絶対にな」

「そうだったね……」


 昔、僕はフレオールを術戦で傷つけた。その時にランバルトとエリザは僕を叱って、フレオールを庇った。

 それ以来、僕はフレオールに無意識のうちに攻撃できなくなってしまったんだ。

 ずっと痛めつけられる日々を送ってきた。つらかった。でも、そんなものは今日で終わりにしよう。

 僕が恐れずフレオールの前に出ると、かすかにうろたえた。


「こいつ……!」

「魔術真解……。確かに僕には絶対できない。ろくに魔術適正もないし、答えなんか一生見つけられないよ」

「わかってるんじゃねえか。なんだ? 謝りたいのか?」

「いや、そうじゃない。見せてあげたいんだよ」


 僕も魔力を解放した。突風、いや。台風ともいえる暴風が味方を含めて吹き飛ばしてしまう。

 生まれて初めて自分の魔力をすべて解放したせいだ。前ならフレオール相手にこんなことできなかった。

 でも僕はイムルタに救われた。誰かに必要とされた。喜ばれた。

 自分がここにいてもいいんだ。自分はダメな奴じゃない。そんな自信をつけさせてくれた人達がいる。そんな場所がある。


「リオくーん! 弱いものいじめになっちゃうわよー!」

「セ、セレイナ! それマジかぁ?」

「イルミーアちゃん、あれがリオ君の本気よ。いつも大人しいから舐めてかかるのもいるけどね」

「セレイナはとっくに知っていたのか……」


 弱いものいじめだなんてとんでもない。強い者をいじめられるわけがないんだから。

 だってフレオールは自分を強いと言ってる。だからこれはいじめじゃない。

 そのフレオールは腰が少し引けているみたいだけど。


「な、な、なんだ、こ、これ、お前っ、お前、こここ、こ、こんな、魔力を!?」

「僕も驚いてるよ。うん、気持ちいい」

「こんな、こんなバカなことがあるか……。こんな魔力があるなら、な、なんで最初から……」

「そうさせなかったのは誰だよ……魔石生成」


 僕の周囲に大小の魔石を作った。ふわふわと浮いて、それがゆっくりと回る。

 フレオールは腰が引けていたけどニヤリと笑った。思ったより大したなさそうだとでも思ったのかな。


「な、なんだ。驚かせやがって! 大層な魔力の割にはやっぱりリオはリオだな! だったら遠慮なく死ねぇ! ブレス・ストォォーーム!」


 ドラゴンの口から放たれたような炎が僕を襲う。

 炎の嵐が一直線に僕に向かってきたけど、それが近づくにつれて萎んでいった。

 尻すぼみというか、ブレスストームはみるみると細くなく。


「は、はぁ……?」

「魔石の中には熱の吸収率が異常なものがあるんだよ。この魔石で守ることによって、お前の炎は僕に届かない」

「そんあものがあるかぁ! 今度はこれでどうだ! 


 フレオールが両手を突き出して魔力を集中させた。


「俺は王立学園トップにして最強を確約された魔道士! つまり戦闘のプロだ! 外しはしないッ! グレェェェーートフレアァァーーー!」


 魔力を集中させたそれはさっきよりも精度が高くて貫通力もある。

 だけど僕の周りに浮いていた魔石がそれぞれ巨大化、グレートフレアが命中すると同時に砕けた。


「よし! 次は……」

「次はどれを狙うの?」

「あ?」


 一つ壊れただけだ。魔石は無数にあるし増やせる。

 つまりグレートフレアで魔石を一つ壊せても、瞬時に次の守りが固められている状況だ。しかもそれだけじゃない。

 魔石を生成できるということは変化もできる。フレオールのグレートフレアを吸収した最後の魔石の色が変質していく。

 さっきのブレストームを吸収した魔石も同じだ。


「魔石変化……冷魔石」

「冷、魔石、だと?」

「自分がやってきたことが返ってくる……これってなんていうんだっけ」

「ま、さ、か」


 気づいたところで遅い。冷魔石が散ってフレオールを取り囲んだ。

 その冷魔石は見たこともないくらい透明に透き通っていて、何よりも冷たそうだった。

 冷魔石の冷気でフレオールの炎が揺らめいて、弱々しく小さくなっていく。


「爆魔石ってさ。取り扱いが難しくて、ちょっとした衝撃で爆発するんだって」

「おいバカやめろ……」

「実は冷魔石もあまり知られてないけど、すごい魔力を含んだものだといつ破裂するかわからないんだよ。つい最近、知ったんだけどね」

「やめろって! わかった! 謝る! ごめんよぉーーーー!」


 やめない。自分がしてきたことを少しは思い知ってほしい。


「ばーん!」

「あぎゃぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」


 放たれた凍てつく冷気は大陸に広がったら生物が絶滅するほどだ。

 それだけフレオールの攻撃が激しかったことになる。

 フレオールがまとっていた炎が一瞬で消え去って、その体も冷気で凍り付いてしまった。

 パキパキと音を立てて、今にも壊れそうな氷像みたいになっている。


「そうだ。確か因果応報だっけ?」


 誰も答えてくれない。セレイナさんが拍手をして、ドルファーさん達はあんぐりとしている。

 そして元家族が静かに後ずさりしていた。

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