第41話 招かれざる訪問者

 視察団がきてからイムルタのことが他の町に伝わったらしく、少しずつ行商人が訪れてくれるようになった。

 あの人達はイムルタの名産品となりつつあるウヌギに目をつけて高値で買い取ってくれる。

 雑貨店には僕が作った魔石を含めて、旅の魔道士達にも人気だ。

 何より一番評価されているのがティニー達の診療所による医療体制の完備、そして児童施設だった。

 小さい町だと治癒師が不足しているせいで、場合によっては隣町までいかないといけない。

 いざという時に備えられている安心感は僕が思ってる以上に好評だ。

 更に児童施設で子どもを預けておける上に、のびのびと遊んでいる姿がいい印象になったみたい。

 家族がいるという行商人や魔道士達が本気で移住を検討してくれている。


「では来月辺りにこっちに移るよ。その時にまたよろしくな、長代理」

「はい! ありがとうございます!」


 住人が増えるということで、こっちも忙しい。

 土地の開墾と拡張、家の建築。やることが本当に多いから、ユウラにも迷惑をかけちゃってる。

 ただここまでしてあげないと、こんな辺境の町に移住するとなると労力が大きい。だから僕達が頑張るしかなかった。

 僕がお世話になったイムルタなんだから、絶対に認めてもらいたい。


「リオ」

「ユウラ、そっちは……もう建築されてるね」


 ユウラと大工のおじさん達、ドルファーさん率いる警備隊も手伝ってくれるおかげで本当に仕事が早い。

 僕は僕で一日中、魔石生成をしているおかげで毎日がヘトヘトだ。

 忙しいけど苦痛じゃない。今じゃこれが僕の生き甲斐になっている。


「よう! リオ! 今日もお疲れさん!」

「ドルファーさんはまたお酒ですか?」

「おうよ! そのために生きてるようなものだからな!

「そんなに……」


 お酒の良さは相変わらずわからないけど、やる気になってくれるなら問題ない。

 それはいいんだけど意外に人気店になりつつあるのが、セレイナさんの酒場だ。

 お客さんはおじさんが圧倒的に多くて、連日のように賑わってる。

 移住してきた人達まで入り浸って、毎晩のように酒場から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 楽しそうで何より、とスルーして通り過ぎようとした時だった。


「あらぁ、リオくぅん」

「セ、セレイナさん? くっさ! お酒くっさ!」

「もー、たまにはうちにいらっしゃいなぁ。お酒だけじゃないのよぉ?」

「いや、僕は遠慮……」

「長代理なんだから、たまには視察しなさいよぉ。変なことやってるかもよぉ?」

「ちょっ!」


 セレイナさんが絡まるように抱き着いてきて、あっという間に酒場に引き込まれた。

 まるで獲物を巣に引きずり込む獣みたいだ。まさか食べられないとは思うけど――


「もぉリオ君ったらぁ。食べちゃいたいくらいかわいいわねぇ」

「うふぇっ!?」


 中で待ち受けていたのは顔を赤くしたおじさん達とイルミーアさんだ。

 悪戯めいた笑みを浮かべて、カウンター席に座らされた。


「おう、リオ! 飲め飲めぇ!」

「もうしょうがないなぁ……ん?」


 酒場の外から何かが迫ってくる気がする。ドドドという音がしたと思ったら、ドアが開いてユウラが突進してきた。

 そして僕をはぎ取るようにして、セレイナさんやイルミーアさんから奪い取る。


「あっらぁ、ユウラちゃん!」

「リオ、連れて帰る」

「まるで帰りが遅い夫を連れ戻しにきた奥さんみたいねぇ」

「おくさん……」


 セレイナさんが興奮したユウラを暖かく迎えた。

 ユウラは意味がわかってないけど、僕としては恥ずかしい事この上ない。

 おじさん達やイルミーアさんがからかうようにして笑った。


「おくさん、おくさんって……」

「つまりリオ君とね、夫婦みたいに見えるってこと。ふ・う・ふ」

「ふーふ……リオ、と」

「セレイナさん! あの! もう帰るんで!」


 ユウラの顔がみるみると赤くなったところで、今度は僕が連れて帰ることにした。

 手を取って急いで酒場から走り出したところで呼吸を整える。

 セレイナさんが変なことを言うものだから、僕までおかしくなっちゃった。

 まだ呼吸が苦しいし、何よりユウラの顔を見ることができない。


「リオ?」

「か、帰ろ」


 僕はユウラの顔を見ずに家に帰った。ユウラも手を握ってこない。


                * * *


 翌日の午前中、僕は今後のスケジュールをまとめていた。

 確保する土地、周辺の魔物、必要な資材や食料。まとめた上で発注や調達を行う。

 まだおぼつかないところがあるから、おじいさんに時々手伝ってもらっていた。

 長代理ということで、こういうこともやっていかないといけないのが大変なところだ。


「ふぅ……。今日も夜まで忙しくなりそうだなぁ」

「おーい! リオォ! いるか!」


 警備隊のダレットさんが訪ねてきた。警備隊が迎えにくるということは、あまり穏やかじゃない。

 よくない訪問者がやってきて、僕に判断をゆだねることが多いからだ。


「ダレットさん、誰か来たんですか?」

「そ、それがな。お前の家族だと名乗る人達がきてな……」

「……え?」

「お前、ロシュフォール家の息子だって本当か?」


 ダレットさんの報告は僕にとって凶報だった。

 背筋がゾワリとして、足元から虫が這いあがってくるような不快感がある。

 忘れかけていた過去が突然やってくるというのが、こんなにも嫌なことだと思わなかった。

 どうしてあの人達が今頃? どうしてここが?


「リオ」

「ユウラ、大丈夫」


 ユウラには以前、僕のことを少し話している。心配してくれているんだと思う。

 ダレットさんも、いつまでも返答しない僕を心配そうに見てきた。そうだ。僕が悩んでどうする。僕は長代理だ。

 拳をグッと握って家から出た。


「ダレットさん。それは僕の家族だった人達です。いいですよ、行きます」

「か、家族だったって……」

「こうなってしまった以上は皆さんに話しておきます」

「何がどうなってんだ……」


 ダレットさんが困惑するのも無理はない。ロシュフォール家といえば、国内では知らない人はほぼいない。

 父さんは王国第三魔道士団の団長、母さんは王立学園の理事長だ。もちろん王様からも絶大な信頼を得られている。

 特に第三魔道士団といえば、魔道士団最強と名高い。魔道士達の憧れでもある魔道士団の団長が、辺境に訪ねてきたんだ。偽物だと疑うのが普通だ。

 村の入口に向かう途中、ユウラが僕に寄り添ってくれた。


「リオ、守る」

「ユウラ……」


 ユウラの優しさに思わず甘えそうになる。だけどこれは元々僕の問題だ。

 むしろ僕がユウラを守ってあげないといけない。

 そう決心して村の入口にいくと、見たくもない元家族達がそこにいた。


「リオ……!」

「……何か用?」


 父さんがずいぶんと老けて見えた。母さんも髪型が整っていないし、その隣にいるフレオールはすごい形相だ。

 父さんが僕のところへやってきて、手を伸ばしてくる。そして頭を撫でた。


「リオ、しばらく見ないうちに立派になったな。元気そうで何よりだ」

「……は?」


 僕の予想に反して、父さんは今まで見たこともないような笑みを浮かべていた。

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