第40話 ロシュフォール家の再起
「本日をもって辞めさせていただきます……」
執事のバダムが辞表を出してきた。
祖父の代からロシュフォール家に仕えてきたバダムが青い顔をして頭を下げている。
俺の隣では父さんのランバルトが険しい顔をして、バダムを睨みつけていた。
無理もない。魔術爵の爵位を剥奪されてからというもの、使用人が立て続けに辞めたのだ。
もちろん怒鳴りつけてでも引き止めたが、夜逃げをされて少しずついなくなっていく。
中には大声を出して辞表を叩きつけて屋敷から出ていった者までいた。
俺は殴り倒してでも止めようとしたが、父さんに止められたのだ。そんなことをしたところで、ますます立場が悪くなるだけだという。
そして今、バダムすらこの屋敷からいなくなろうとしている。
「そうか。爵位を剥奪された我々に価値がなくなったということか?」
「ランバルト様、それはきっかけにすぎませぬ……。私は以前から嫌気が差しておりました。信じられない量の仕事を押し付けられても、先代の恩もあって我慢しました」
「我慢だと?」
「あなた達が実の息子であるリオ様にしたこと……。お忘れになったわけではありませんな?」
父さんが苦々しい顔をした。そもそもの原因がそのリオなのだから、責められる筋合いなどない。
奴が逃げ出してからがケチがついた。落ちこぼれでありながら、せっかくロシュフォール家の末席に座らせてやったというのに。
しかし父さんはバダムに何も言わない。堪えているのだろう。
「私はずっとつらかったのです。リオ様が私の下へ魔石を届けにくるたびに……何度、声をかけようと思ったことか。しかしできなかった」
「戯言を……。それがあの愚息にできる唯一のことなのだ。それすら放棄したのでは居場所などなくて当然だ」
「フレオール様にリオ様が痛めつけられていた時も、辞めた治癒師は心を痛めておりました。人を助ける立場の自分が、殺されかけている人間を見捨てているという自己矛盾を抱えているのがつらかったのでしょう」
「あの三流治癒師か! 下らん! どいつもこいつも!」
詭弁も甚だしい。ロシュフォール家そのものに価値を見出せなくなったから逃げたに過ぎない。
だから三流なのだ。俺は学園を退学になって一時期は生きた心地がしなかったが、今は父さんの説得もあって考えを改めた。
たとえロシュフォール家が爵位を剥奪されようと、我々は我々なのだ。魔術師としての強さが失われたわけではない。
その本質を理解できない連中はすべて逃げ出した。まさに下らん、だ。
「三流……あなた達から見ればそうなのでしょうな。魔術の良し悪し、魔力量以外に他人を計る物差しがありませんからな」
「それ以上、無礼な口を叩くな。しょせんは貴様も魔力なしの無能、今まで雇ってやった恩も忘れおって……」
「先代はッ! 私のような者も目をかけてくださいましたッ! 怯えることもなく、毎日が充実しておりました!」
「黙れ! 父は甘すぎたのだ! 私の代になったからこそ、ロシュフォール家は国内で存在感を見せつけていられた! そもそもこうなったのは貴様のせいだろう!」
父さんがバダムに手の平を向けて、魔術を放とうとしている。
しかしバダムは父さんから目を離さず、生意気にも憎悪の眼差しを向けていた。
「貴様がまともに管理していれば国王へ魔石を納品できた! なぜリオにやらせなかった!」
「指示したのはあなたです! 私は何一つ逆らっておりません! 寸分違わずッ! あなたの言う通りにしました!」
「問題をどうにかするのが貴様の仕事だろう!」
「えぇ! ですからあなた様のご意向にはそぐえなかったので辞めさせていただくと言ってるのです!」
「貴様ッ!」
父さんが魔力を手の平に集中させた。この痺れるような魔力が父さんだ。
バダムは命乞いをするに違いない。今ならまだ間に合う。どうする?
「……やってごらんなさい」
「なに?」
「それで気が済むのならやりなさい。魔術師のあなたが老いぼれを殺したという事実が残るだけです。さ、やりなさい」
「こいつめ……」
父さんはしばらくバダムと睨み合っていたが魔力を収めた。確かにここでバダムを殺したところで何も好転しない。
バダムは何か言いたそうだったが、そのまま背中を見せて出ていく。
「……私が知っているロシュフォール家はもう死んだのだ」
そう呟いてバダムは屋敷から出ていった。
父さんが腕に魔力を込めてエントランスの階段の手すりを破壊する。わなわなと震えて怒りを抑えられていない。
これで残っているのは父さんと母さん、この俺ことフレオールだけだ。後はロシュフォール家に忠誠を誓っている魔術師達のみか。
母さんがやれやれといった感じで腕を組んでいる。
「で、どうするの? このままじゃロシュフォール家は終わりよ」
「それを今、考えているところだ」
「結局、リオはどこにいったのかしら。本当にもう……やっぱり生まなきゃよかった」
「リオのことよりも今は我々の名誉を取り戻すほうが先だ」
そう言いながらも、父さんは片手に雷を纏わせている。
そうだ。雷獅公と恐れられた元第三魔術師団の団長ともあろう人間が、こんなことで落ちぶれるはずがない。
そして俺はその息子だ。学園ではトップの成績を維持して、術戦で俺に敵う奴はいなかった。
あのまま卒業できていれば、宮廷魔術師入りは確実だっただろう。
父さんの第三魔術師団で補佐として活躍して、いずれは魔術師団の団長の地位につく。その実力も資格も十分にあったはずだ。
「父さん。まずは俺達の実力を今一度、見せつける必要があると思う」
「その通りだ。我々はロシュフォール家、王家とて本来であれば手を切れんはずである」
「だったら……!」
「まずは片っ端から魔術師団がやるべき仕事を狙う」
そう、俺達は変わらず魔術師としての役目を果たすだけだ。
結局、できる奴が優先されるだけの話。国王とて、我らの実力を再認識すれば爵位を取り上げたことを後悔するだろう。
そうなればロシュフォール家に再び日の光が当たる。
「では手始めに砂塵の嵐を片付ける」
「バフォロの群れかい? あんな牛ども……と言いたいが、背に腹は変えられないか」
「その通りだ。以前から東の辺境を荒らしまわっていると聞く。あの辺りの魔術師達では手を焼くだろう」
さすが父さんだ。すでに次の手を考えている。そうと決まれば、こうしてはいられない。
さっそく現地へ向かおう。我々ロシュフォール家が誰なのか、思い知らせてくれる。
と、その時。リオの捜索に向かっていた魔術師の一人が帰ってきた。
「ランバルト様……。すみません、リオ様は見つかりませんでした」
「期待はしていない。もう消えろ。我々はバフォロの群れを討伐する」
「バフォロの群れというと砂塵の嵐ですか?」
「そうだ。それ以外に何がある」
「それならすでに討伐されたかと……」
俺は耳を疑った。俺の見立てではバフォロの群れとはいえ、数が数だ。魔術師団が動かなければ厳しいと思っている。
それなのに、どこのどいつがやったというのか。
父さんも意外に思ったのか、魔術師の胸倉を掴んだ。
「辺境の田舎魔術師どもが討伐したというのか? デタラメなことを言うんじゃない」
「しょ、詳細はわかりませんが私が捜索に向かった町では噂になっていました! 何でも新しくできた村だか集落の魔術師達が全滅させたとか……」
「新しくできた集落だと?」
「噂が真実かどうかはわかりません。しかし現に砂塵の嵐の被害が出ていないことから、討伐されたのは確かかと……」
父さんや母さんが訝しがっている。俺としてはそんな荒唐無稽な噂話など信じたくない。そんなものに踊らされている暇があったら――。
「砂塵の嵐を壊滅させたのであれば、そこそこといったところだな」
「えぇ、あなた。はぐれ魔術師が身を寄せ合っているのだとしたら、それはもう討伐対象よ」
「決まりだな。我々が真相を確かめる」
意外にも父さんと母さんが乗り気だった。
確かに集落だか村が実在していたとして、そこがはぐれ魔術師のアジトであれば問題だ。
砂塵の嵐を討伐するほどのはぐれ魔術師が今後、王国の脅威とならないとも限らない。
「今一度、仕切り直しだ。フレオール、お前にも働いてもらうぞ」
「わかってるよ、父さん」
ここではぐれ魔術師どもを討伐すれば、俺達の名誉挽回となるかもしれない。
まだだ。まだロシュフォール家は終わらん。絶対にまた天へと羽ばたいて見せる。
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