第39話 視察団
旅の魔術師達が広めてくれたのか、イムルタの集落に訪れる人が少しずつ増えてきた。
おかげで各店が繁盛して、この集落でも本格的にお金のやり取りが始まる。
ウヌギの養殖の話も知っているみたいで、見物客が数人いた。
あれこれと質問をしてから直接、買い取る商人がいるおかげで売り上げは上々らしい。
腐らないように一緒に冷魔石をつけてあげるとかなり喜んでくれた。商人達が運搬用に使っている冷魔石は質が悪く、長持ちしない。
僕が作った冷魔石なら半永久的に持つから、それだけでも売ってくれと懇願されたほどだ。
診療所もあるから、ここへの移住を本気で見当する人もいる。
だから僕がやるべきことは土地の確保だ。いつ誰が来てもいいように更に森を切り開いて、集落の面積を広げる。
家々が建つ土地があるから、移住を考えている人の背中を後押しする交渉材料にもなった。
そして更に嬉しいことが二つ。
「長代理。私、宿をやろうかと思ってるんですけどいかがですか?」
「それはいいですね! すぐ建てましょう!」
一つはこう言ってくれる人が現れたこと。そう、旅人が訪れるなら宿が必須だ。
新たに移住してきたおじさんによれば、この集落で宿をやりたいと前々から考えていたらしい。
前にいた町では競争率が激しく、生き残るのが難しかったというからぜひこのイムルタで成功してほしい。
といっても今はそんな大がかりなものじゃなく、十人程度が宿泊できる簡易宿を建てた。
訪れる人達の人数として、今はこのくらいがちょうどいいと思う。
いつでも拡張できるようにスペースを確保しておけばいいと、長のおじいさんと話し合った上で決めた。
森を切り開いた時に木材は大量に入手できたから、木材置き場にはたっぷりと資材がある。
そこに僕が魔石で補強してあげれば、頑丈な建物の完成だ。
そしてもう一つ。ついにディセルンからの視察団がイムルタにやってきた。
ブランさんが言っていた通り、メンバーは町長と数人の町の有力者。護衛のブランさんと衛兵魔術師達だ。
「やぁ、こんにちは! まさか君が長代理かな?」
「はい、リオと言います。こちらが長です」
隣に長のおじいさんがいるおかげで、スムーズに話が進んだ。
以前の集落、今の集落。その発展に僕が大きく貢献してくれたと全力で説明してくれて少し恥ずかしい。
町長達は魔石術に興味を持ってくれて、まずは集落の家々を案内することにした。
「あの家の外装には【風耐性】【火耐性】【水耐性】がある断魔石が使われています。台風や火事、大雨にも強いですよ」
「だ、断魔石……。今ではめっきり採れなくなっているアレか」
「寒くなっても家の中は一定の心地いい温度が保たれます。中に入りましょう」
新築の民家はまだ誰も住んでいない。まだ見ない新しい入居者を待っている状態だ。
中にはキッチンや風呂、冷暖房が完備されていることに視察団が声を上げた。
風呂の近くにはセレイナさん指導の下、作った洗濯機も完備している。
魔道具としては高級品で貴族以外は手で洗っている人が多いだけに、段々と視察団の人達が羨むようになってきた。
町長がキッチンを確認して、ブランさんが常にお湯が沸くお風呂を眺めている。
「綺麗な水が出るな……。ディセルンの水はそのまま飲むにはちと厳しいというのに……」
「風呂も素晴らしいですよ。うちなんかたまに水が出なくなる上に錆が混じってる時があります」
「すまんな、ブラン」
「あ、いえ。町長を責めたつもりでは……」
ちょっと気まずい空気になった。気を取り直して、寝室のベッドや布団も確認してもらう。
コカトリスの羽毛を使った温かい布団を町長が手で押して、弾力性を確かめている。
「素晴らしい材質だ。これもうちにも欲しいくらいだよ」
「ディセルンに売られている布団ではここまで温まりませんからね」
「すまんな、ブラン」
「い、いえ! 決して町長を、ディセルンがいけないと言っているのでは!」
またまた気を取り直して、次は集落の産業について説明しよう。まず目立つ産業としてはウヌギの養殖だ。
希少で養殖が難しいと言われている魚の養殖ということで、村長達が水槽に張り付いている。
「なんという活きがいいウヌギ……!」
「今や高級レストランでしか見なくなった魚ですね。栄養価が高いので、衛兵魔術師隊の食料としても欲しいくらいです」
「は、腹が減ってきたぞ! 昼食にしよう! そうしよう! ブラン君もそう思うだろう!」
「町長! そんなはしたない!」
少し早いけど予定していた昼食にしよう。
この店ではウヌギだけじゃなく、ウラカカの実を使ったデザートもある。
今回は町長の望み通り、ガンゾさんに頼んでウヌギのかば焼きを出してもらった。
場所はガンゾさんのお店だ。特性タレ特有の甘味のある香りが町長達の鼻腔をついたのか、一気にかぶりついた。
「これだよ、これ! 今や味わえなくなった幻の一品!」
「この油っけがたまらん!」
「こんな辺境の地で海の幸を味わえるとは!」
僕もついでにいただくと相変わらずおいしい。
そしてまた気がつけばユウラが隣に座っていてドキリとするけど、いつものこと。
今日みたいに長代理の仕事をしている時はダメだって言ってるんだけどね。
「うまうま」
「ユウラ、町長さん達に失礼がないようにね」
「うんまうま」
「わかってくれたならいいんだけどさ」
返事と同時にうまうましないでほしい。
まぁセレイナさんとイルミーアさんならともかく、ユウラが邪魔をするということはないか。
昼食が終わると視察団の人達にまた店を見てもらった。
雑貨店とアイテム店みたいな、どこの町にでもありそうな店があるおかげで不便はない。
こういうところも視察団の評価点に入ってるらしく、町長の側近らしき人がメモを取っていた。
何が書いてあるか気になるなぁ。と思ったら後ろからセレイナさんがガン見して一瞬で逃げていった。どうしよう。後で指導かな?
「今、何かいたような気がするが?」
「そ、そうですか? 次は児童施設ですね。子ども達がのびのびと過ごせる場所があるんです」
「児童施設とな。それは珍しい」
ディセルンに限らず、かなり珍しい施設みたいだ。
子育てをしながら働く親としては永遠の課題だっただけに、視察団が関心している。
特にウォータースライダーに見とれていた。
「た、楽しそうだな」
「町長、あれは子どもの遊具です」
「しかしだな、ブラン君……」
というわけで町長達にも水着を用意して体験してもらうことにした。
子ども達よりもハマって何週したことか。
子ども達からすれば変なおじさん達がいきなりやってきて遊び始めたんだからね。すごい変な目で見ている。
「いいやっほぉぉう!」
「ブラン君! 次は私の番だぞ!」
誤解がないようにきちんと説明してあげると、視察団と子ども達との交流が始まった。
ディセルンのこと、大人達の仕事のこと、子ども達の将来の夢。それに付随したアドバイス。お互いにとっていい時間になったと思う。
さて、次は気が進まないけど紹介しないわけにはいかない。酒場だ。
「いらっしゃいませ」
「おぉ、これは美人さんだな」
「たっぷりサービスしちゃおうかしら?」
「おぉ……」
セレイナさんが妙なポーズをとって、町長達が生唾を飲んでいる。妙な雰囲気になったし、よくわからないけど後で指導かな。
セレイナさんが町長達に一杯ずつ、お酒を出した。
「果実酒か。いい香りがするな」
「うん、これはいい酒だ!」
「飲みやすくて後味もいい!」
大人達が絶賛しているし、それなら大丈夫かな?
こればっかりは飲ませてもらえないから、実は心配な部分でもあった。
セレイナさんがきちんと仕事をしているとわかっただけでも十分だ。色々な種類のお酒があるみたいで、どれも評判がいい。
それから酒造所を見学してもらって、診療所も見てもらった。生命線ともいえる医療施設が気になるのは当然だ。
ティニー達、一家が出迎えて視察団に向けて説明してくれた。
「治癒師か。町によっては数が足りてないというのに、このイムルタは立派なことだ」
「町長さん、少し運動不足かもしれないな。血行が悪いし、もっと普段から動いたほうがいいぜ」
「そ、そうか。気をつけよう」
ティニーがすごい発言をしてハラハラした。
治癒師ならある程度、そういうことがわかるらしい。
僕とユウラは至って健康体、セレイナさんとイルミーアさんはお酒の飲みすぎで肝臓を大切にしろと言われている。
ドルファーさん達もお酒は程々にと言われてるし、やっぱりお酒はダメなのかな。と思わなくもない。
でも娯楽として楽しんでほしいから、僕としては取り上げるようなことはしたくなかった。
「いやぁ、素晴らしい。まだ発展途上ではあるが、ぜひこのイムルタとは今後も深い付き合いをしたい」
「それはありがたいです!」
「防壁や門の作りもしっかりしていて、さすが砂塵の嵐を食い止めただけはある」
「知っていたんですか?」
「実はディセルンで噂になっていてね。術戦を挑んだ魔術師達がまったく敵わなかったらしいね」
あの時の旅の魔術師達か。ちゃんと信じてくれたんだ。だから最近、ここに訪れる人が増えたんだと納得した。
視察団にも気に入ってもらえたし、これからはディセルンと本格的な交易が始まる予感がする。
そのためにはイムルタとディセルンを繋ぐ道をしっかりと整備しないといけない。
道中の魔物をしっかりと討伐して、安心してイムルタに訪れてほしかった。
「では最後に、できたばかりという宿に泊まらせてもらおう。明日、帰らせてもらうよ」
「はい! ぜひ!」
今日の夜、視察団の人達と集落の皆で食事をしながら交流した。イムルタとディセルンの将来、今後やっていきたいことなど。
僕も長代理としてしっかりと話を聞いて、もっと集落を大きくしようと誓った。
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