第38話 久しぶりの来訪者

 砂塵の嵐ことバフォロの群れを壊滅させたことで、イムルタ内はお祭り状態だった。

 危機が去ったことによる安心感と僕達の活躍を称えて、飲めや踊れやの騒ぎだ。

 僕も参加したけど、代わる代わる集落の人達がやってきてジュースをついでくれたりした。

 皿に料理を乗せてやってきては僕にくれるんだけど、段々と餌付けされている感覚になる。


「長代理! ささ、お食べください!」

「ぐぐっといっちゃって!」


 こんなにたくさんの人達に気を使われことがかつてあったかな?

 悪い気はしないけど少し疲れるかも。でもだいぶ魔力を消費したし、少しでも食べて回復しないと。

 マナポーションでもいいんだけど、せっかくだからここにある料理を食べて回復したい。

 お腹が空いてしょうがないから、貰った料理は次々と平らげる。

 それが面白かったのか、ついに子ども達まで僕のところへ色々と持ってくる。


「おさだいりー! くしー!」

「おさだいりー! おたべー!」

「たべてー!」


 嬉しい。嬉しいけど、すごい量になってきた。

 でも無限にお腹が空いている気がして、するすると口に運ぶ。気がつけば隣から何かが差し出されていた。

 ユウラがフォークに刺した肉を僕の口に向けて、あーんを促している。


「あ、ありがと」

「食べて」

「ありがと」

「食べて」


 無限ループかな? さすがに恐ろしくなったから断ろうと思った。

 だけど気を悪くさせたくないから、今度は僕がユウラに食べさせてあげることにした。

 僕がフォークに刺した肉を差し出したところで、口を開けてあーんする。

 ぱくん、と食べて無表情でもりもり食べた。なんか小動物みたい。


「じゃ、じゃあ、またあーん」

「はい、あーん」

「いや、セレイナさん。何してるんですか」

「なにってリオ君に食べさせてあげてるのよ。リオ君はユウラちゃんに食べさせてあげて?」

「なんかややこしいのでやめてもらえます?」

「リオ君、つめたーい」


 気がつくとユウラの頬が膨らんでいる。あぁこれは怒ってるな。あーんを持続してあげないと。

 セレイナさんの横やりのせいでペースが乱れた。この人はお酒でも飲ませてあげたら大人しくなるんだけど、イルミーアさんでも呼ぼうかな。

 最近、あの人とも飲んでるみたいだからね。

 祭り気分で浮かれちゃったけど、砂塵の嵐の恩恵はこれだけじゃない。

 残ったバフォロの死体から素材を採取して肉は冷凍保存。ガンゾさんの店にも回してあげたおかげで、バフォロ肉の品を考えているそうだ。

 大部分は僕が爆破しちゃったけど、使える部分については絶対に使いたい。


                * * *


「こんなところに集落があったなんてな……」


 イムルタの集落に訪れたのは驚いたことに旅の魔術師達だ。

 魔術師といっても様々で、どこにも所属しないで各地を旅して日銭を稼いでる人達もいる。

 でもここは辺境の地で、旅人なんて滅多に訪れない。僕もここに辿りついたのは本当に偶然だったと思う。

 集落の人達も珍しがっていて、少し動揺してるように見えた。こういう時は長代理の出番だ。


「いらっしゃいませ。イムルタの集落へようこそ。旅の魔術師の方々ですか?」

「あぁ。君は……?」

「僕はイムルタの長代理のリオです」

「君が長、代理、だって?」


 歯切れが悪い反応だった。無理もない。

 話を聞いてみると砂塵の嵐の噂を聞きつけて、ここまでやってきたらしい。

 情報を頼りにバフォロ達の群れの進行ルートを予測してここまで辿り着いた。

 聞いたところによるとそれぞれ魔術適正は【中】だった。

 僕達が砂塵の嵐を食い止めたこと、そしてバフォロの数を教えてあげると仲間同士で顔を見合わせる。


「ほ、本当か? 五百匹以上だって?」

「もし本当ならさすがに舐めていたが……この子達が討伐したってのは本当なのか?」

「本当だ! 長代理達は全員、魔術師だからな!」


 魔術師達が疑っていると、集落の住人がフォローしてくれた。

 それから口々に真実を告げると、さすがの魔術師達もタジタジになる。

 この人達が信じようが信じまいが、砂塵の嵐はもうこない。今、ここで平和に暮らしていることが何よりの証拠だった。

 それを理解した魔術師達は信じてくれたのか、僕を見る目が変わった。


「君がそんなにすごい魔術師達だなんて……。他の魔術師はいるのか?」

「はい。あそこで飲んだくれてます」

「さ、酒があるのか……」


 セレイナさんとイルミーアさんが昼間から酒瓶を片手に気分がよくなっている。

 イムルタの景観と民度に関わるから、あれは後で指導しておこう。

 こっちに気づいた二人がよろめきながら、魔術師達の肩に腕を回した。どう見てもうざ絡みだ。


「疑うなら相手してあげましょうかぁ?」

「い、いや、遠慮する」

「オイオイー、肝っ玉ちっちぇえなぁ? あぁん?」

「こ、ここが普通ではないことは理解した!」


 誤解されると困るから、僕は二人を魔術師達から引きはがす。

 魔術師達に集落の成り立ちを説明すると真剣に聞き入ってくれた。

 産業としてやっていること、営業しているお店。すべて伝えると魔術師達の印象がすっかり変わってくれた。


「アイテム屋があるのはありがたい」

「マナポーションも売ってますよ」

「それはありがたい! 旅の魔術師の必需品だもんなぁ。俺なんか魔力量が少ないから苦労するよ」

「それとお泊りでしたらまだ宿がないので、集会場を使ってください。布団と食事くらいは用意できます」


 宿の建築と営業は今後の課題だ。建物の規模もそうだけど人員もそれなりに必要になるから、すぐにというわけにはいかない。

 セレイナさんによると、宿に大浴場があるといいらしい。皆で広いお風呂に入るという感覚はわからないけど楽しそうだ。

 こういう楽しみも長代理のモチベーションになる。


「なぁ……その。お願いがあるんだが」

「なんでしょう?」

「君達が砂塵の嵐を壊滅させたなら相当な実力があるはずだ。俺達も魔術師の端くれ、ぜひ術戦を挑ませてもらいたい」

「術戦ですか。わかりました。それで完全に信じていただけるのなら……といいたいところですが」


 魔術師達は三人、僕が出て残りも二人はセレイナさんやイルミーアさん、もしくはユウラに頼めばいい。

 だけど見ての通り、こんな時に限って約二名がお酒で酔っぱらっている。

 どうしようか悩んでいるとユウラがくいくいと僕の服を引っ張った。


「リオと二人で戦う」

「え、あの人達と? ちょっと分が悪いんじゃ……」

「勝ったらえっへん」

「確かにそのほうが説得力があるかぁ」


 僕とユウラであの三人を打ち負かせば砂塵の嵐壊滅に説得力を持たせられる。

 僕も段々ユウラ語を理解できるようになってきたな。

 少し自信がないけど酔っ払いに任せるわけにもいかないし、僕達でやろう。


「いいですよ。それじゃ集落の外に出ましょう」

「ま、待て。二人だけか?」

「はい。やりましょう」

「うーん……。舐められたもんだなぁ」


 こうして集落の外で術戦をやることになった。集落の人達がこんな面白そうなイベントを見過ごすはずがなく、あっという間に観客が集まる。

 その中には酔っ払い二人がいて、かなり盛り上がっていた。酒瓶を振り回して好き勝手な野次を飛ばしている。


「リオくーん! 勝ったらちゅーしてあげるわぁん!」

「ユウラちゃーん! ボッコボコにして再起不能にしろよー!」


 後で本当に指導しよう。魔術師達はこの異様な雰囲気に少し戸惑っている様子だ。なんかすみません。

 でも僕達は至って真面目というところを見せよう。

 僕とユウラ、相手は三人の魔術師。それぞれ適正【中】が一人で【下】が二人とそれぞれ明かしてくれる。向かい合った僕達で先行と後攻を決めた。


「俺達が先行だ。二人で挑んできたのはお前達だからな。一切遠慮しないぞ……ブレイズショットッ!」

「ウォーターガン!」

「ストーンバレット!」


 大きな炎の球と水の噴射と岩の弾丸だ。

 ユウラが岩の弾丸を拳で砕いて、僕が炎と水をオートシールドで防ぐ。

 綺麗さっぱり消えてなくなった魔術を見た魔術師達が呆然としている。


「俺の中位魔術が、た、盾で防がれた?」

「あのぼーっとしてそうな子に至ってはそもそも魔術を使ってないよな?」

「それよりくるぞ!」


 僕達の番だ。

 ユウラがフッと消えたと思ったら、二人をまとめて蹴り飛ばす。

 残った一人が遅れて気づいた時にはすでに気絶していた。


「カーン! ロベルト! マジか!」

「ぶい」

「き、君のそれはまさか強化魔術か? いや、でも、それにしたって速すぎる……」

「ぶいぶい」


 疑われたからって二回もブイしなくても。

 残った一人は炎属性の魔術師、適正は【中】だと名乗っていた人だ。

 重魔石の手錠で無力化してもいいけど、ここは前から考えて密かに練習していたアレでいこう。

 魔石を生成するのは魔術師が立っている場所だ。


「魔石生成……爆魔石」


 小さい爆魔石を魔術師の周囲に生成した。

 それが防御する間もなく、それぞれ小さな爆発を起こす。


「うわ! うわあぁぁ!」


 小規模の爆発が空中でいくつも発生して、魔術師は滅多打ちされたかのように受けてしまった。

 ふらついた魔術師がぐらりと体を前倒しにする。 どしゃりと倒れた時、勝負はついた。


「僕達の勝ち、でいいかな?」


 まさか三人とも意識を失うと思ってなかったからこういう時どうすればいいのかわからない。

 そこへセレイナさんがふらりとやってきて、倒れている三人を指でつっつく。


「はい、リオ君とユウラちゃんの勝ちぃー」

「おおぉーーー! さすが長代理だ!」

「改めて見たけどやっぱり強い!」


 観客の集落の住民達は大喜びしている。これはこれで楽しんでもらえたなら何よりだ。

 盛り上がったところでティニーがやってきて、倒れている人達を観察する。治癒師として当然の行動だった。

 同時にちょうどセレイナさんが倒れて寝込んでしまう。


「リオ、この人達を診療所に運ぶのを手伝ってくれ」

「いいけどセレイナさんも?」

「飲みすぎだからなぁ……」

「心情的には放っておきたいんだけど……」


 しょうがないから三人プラスセレイナさんをティニーの診療所に運んで治療してもらうことにする。

 さすがに皆に手伝ってもらわないと、大人を僕達だけで運ぶのは無理だった。

 魔術師の三人は無事、回復したけどセレイナさんはそうもいかない。

 二日酔いとかいうのになって、診療所は大惨事だったと後で聞かされた。

 汚しすぎてしばらく診療所を出禁になったのは言うまでもない。

 もう二日酔いになっても助けてくれる人はいないね。いい薬だ。 

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