第37話 砂塵の嵐
「村潰しのバフォロの群れが近くに?」
ドルファーさんが僕に衝撃的な事実を告げにきた。
バフォロ。以前、集落を襲撃してきたこともあった牛型の魔物だ。もちろん体格や力は牛とは比べ物にならない。
下手な塀くらい突進で砕くし、この魔物の群れにいくつもの村が潰されてきた。
恐ろしいのはバフォロにとって、村を潰すのが目的じゃないことが多い点だ。
バフォロはただ走っているだけで村を壊滅させる。数によっては王国の魔術師団の小隊なら押しつぶせると言われていた。
こういうパワフルな魔物が目立つことから、魔術の威力偏重主義が根付いたとも言われている。
ドルファーさんは定期的にディセルンの衛兵魔術師長のブランさんと連絡を取り合っていた。
先日、雑貨店の仕入れを含めた買い出しがてらディセルンに訪れた際にバフォロの大規模な群れの話を聞いたらしい。
バフォロの群れの動きを予想したら、イムルタの集落を確実に通過すると言っていたと聞かされる。
「その数は五百にも達するという目撃情報もある。リオ……いや、長代理。どうする?」
「ひとまず塀を強化して、集落の人達には外に出ないように通達します」
「わかった。今夜から俺達も交代で見張り塔に立つ。何かあったらすぐに鐘を鳴らそう」
「お願いします。こっちもできる限り、対策を考えておきますね」
数が多いとなると、普通に戦っても押し負ける可能性が高い。
バフォロは魔術にもよるけど、適正【下】じゃ致命傷を与えられないほど強力な魔物だ。
もしかしたら視察団がくるかもしれないというのに、とんだお客さんが来ちゃうわけか。
だったらこっちも相応なお出迎えをしないといけない。
イルミーアさんとセレイナさんに相談すると、協力してくれると言ってくれた。
「まずはできるだけ、食料なんかを溜め込みましょ。いつ攻めてくるかわからないなら尚更よ」
「ドルファーさんが言ってるのは砂塵の嵐だな。稀に発生する大規模なバフォロの群れだよ」
セレイナさんの提案通り、湖から魚を調達して冷凍庫に多く保管した。
イルミーアさんがいう砂塵の嵐、これは外から見たら砂嵐が移動しているようにしか見えないからそう名付けられたらしい。
それはもう災害そのものとしか言いようがない。バフォロは魔物には珍しい草食だ。
だけど草食だから無害というわけじゃない。バフォロにとって餌じゃない人間の集落や村なんて障害物でしかないから、ただ踏みつぶして通り過ぎるだけだ。
集落の人達の中にはバフォロの恐ろしさを知る人達が何人かいた。知り合いの魔術師がバフォロに大怪我を負わされたという人もいて震えている。
普通に考えて、そのレベルなら王国の魔術師団がどうにかしなきゃいけない魔物だ。
でも王国軍にとって王都から離れた村なんてどうでもよく、警備も回してくれないことが多い。そうイルミーアさんが毒づいていた。
「だったら、ここに強い人達がいる集落があるとアピールしましょう」
「そうね、リオ君。私も久しぶりに腕が鳴るわ」
「王国軍なんか待っていたら滅亡しちまうぜ。アタシらがフォローしてやるのも癪だけど、しゃーないね」
この日から僕は集団戦に向けて、ありとあらゆる魔石術を考えた。
同時に塀を高くして強化、有事の時は集落の人達にも協力してもらえるよう伝える。
料理店のガンゾさんには非常食の蓄えとして、日持ちする品を作ってもらった。
怯える人達にはなんとか安心してもらうように、僕達が励ます。
ドルファーさん達は監視塔で日夜、バフォロの接近を警戒していた。
朝、起きると珍しくユウラが自主練習をしているのを見かける。
「リオ」
「おっと、邪魔するつもりはなかったんだ」
何も言わずにユウラはまた自主練習を続ける。相変わらず鋭く速い動きだ。
最初に見た時より強くなってる気がする。飛び散る汗が朝日に照らされて、努力の跡を見せてきた。
「なんで追い出されたの」
「え? 家のこと?」
「うん」
「うーんとね……」
「なんで」
言おうか迷った。変な感情を抱いてほしくないし、僕自身があの人達を家族じゃないと割り切っているから。
でもユウラだって話してくれたんだ。隠す必要もない。
ロシュフォール家のこと、僕の魔石術のこと、包み隠さずにユウラにすべて話した。
聞き終えたユウラは相変わらず無表情で、きょとんとしているように見える。
「リオ」
「気にしなくていいよ。僕は……うわっ!」
「ごめん」
「ユウラ? なんで謝るの?」
「私だけじゃなかった。知らなかった」
ユウラが優しく抱きついてきた。何も言わずにただずっとそうしている。
辛いのは自分だけじゃなかったと言いたいのかな。
こういう時、どうしていいかわからない。だから僕はユウラの頭を撫でた。
ユウラも辛い思いをしているならこれがいいかなと思ったんだけど――。
「リ、オ……」
「ご、ごめん」
ユウラが顔を赤くして急いで離れちゃった。
ユウラは
初めて会った頃のユウラは本当に不愛想で素っ気なかった。でも最近は積極的に話しかけてくるし、夜は同じ部屋で寝てくれる。
僕の行く先々についてきてたまに驚かされるけど、そういう時は遊びたいのかなと思って一緒に釣りに行く。
釣ってきた魚は養殖場に持っていくんだけど、たまに二人で焼いて食べていた。
なんてことない日常だけど、ロシュフォール家にいた時はその日常すらなかったと何度も思う。だからユウラが僕に謝る必要なんかない。
「ユウラ、ありがとう。おかげで毎日が楽しいよ」
「リオ……」
「ユウラはどう?」
「えっと……」
もじもししながらユウラが背中を見せた。
「たのし……」
ポツリとそう呟く。楽しい、かな? そう言ってた時、心がふわりとした感覚になる。
ユウラ、と声をかけて近づこうとした時だった。ユウラが拳を突き出す。
「わっ!」
「訓練」
「そ、そうだよね。邪魔してごめんね」
「オートシールド、出して」
「え……?」
意外な要求だ。ユウラは僕のオートシールドで訓練したいと言っている。
ユウラに鍛えてもらったことはあるけど、逆は考えていなかった。
断る理由はない。僕がオートシールドを出すとすかさず、ユウラが拳を放った。
盾越しに伝わってきた鈍い衝撃音が威力を物語っている。
「ユ、ユウラ! は、速……!」
「はぁ!」
「あっぶない……」
「やぁッ!」
ユウラの猛攻をオートシールドはなんとか防ぎきっている。
ユウラの強化魔術をもってしても、この硬魔石を砕くことはできない。だけどすごい衝撃音だ。
自動防御の隙をユウラがかいくぐろうとするけど、一向にそうならない。やがてユウラが座り込む。
「強い……」
少し涙目になっていた。悔しかったのかな。
なんだかちょっと気が引けるけど、僕だって負けたくない。ふと大盾を見ると、かすかにへこんでいる。
硬魔石が大きな負荷を与えられた証拠だ。うん、これは本当に負けてられない。
これからユウラがどんどん強くなるなら、僕だってもっと進化しないと。
* * *
「東から来やがったぞォーーーー!」
数日後、監視塔でドルファーさんが鐘を鳴らす。この日のために僕達は迅速に動けるように備えていた。
方角を把握した上で塀の上に向かうと、遠くからとてつもない砂塵が迫ってくる。
バフォロの群れが引き起こしていると知らなかったら、自然現象か何かだと思い込んでいたかもしれない。
セレイナさんとイルミーアさんが昇ってきて、声にもならないといった様子だ。
「あーあ、きちゃったのね……やだっ! 牛の数多すぎ!」
「リオ、手筈は整ってるんだよな? アタシもやるぞ」
僕が頷くと、迫りくるバフォロの群れの進行ルートに爆魔石を複数セットした。
バフォロ達が通過する時、それが次々に爆発する。
「ひゅうっ! 牛どもがぶっ飛んでいくぞ! 次はアタシな! オケアノスッ! ウェイブ!」
「いい先制ねぇ……ウィークネス」
バフォロ達の一部がセレイナさんの魔術で弱々しくなって、更にイルミーアさんの津波で押し流される。
それでも数が多くて、全体に壊滅的な被害を与えるにはまだ足りてない。
ドルファーさん達がなだれ込むように飛び出した。
「こんだけやりゃ十分だ! 後は俺達の意地を見せるぞォ!」
「オオオォォーーーー!」
ドルファーさん達率いる自警団がバフォロ達に挑む。
ウインドソードやウイングスピアの追加攻撃も相まって、あのバフォロ達が惜し負けていた。
この人達も毎日の訓練のおかげもあって、出会った頃とは見違えるほど強くなっていると感じる。
バフォロの強烈な突進を踏ん張って防いで、カウンターで切り返していた。
「あらあら、私達の出る幕はここで終わりかしら?」
「セレイナ、何言ってんだよ。アタシらも暴れるんだよ」
「砂埃がひどいわねぇ。やぁねぇ」
出会った時に地べたに寝転んでいた人が何を言ってるんだろう。
イルミーアさんが塀から飛び降りて、バフォロ達に向かっていく。
セレイナさんもやれやれといった様子で後を追った。更に飛び出したのはユウラだ。
「てやぁぁっ!」
ユウラの猛攻は凄まじく、一振りでバフォロを二匹まとめて仕留める。
あの分厚いバフォロの皮膚をものともしない威力だ。しかも突進を真正面から蹴りで迎撃して、逆に吹っ飛ばしている。
それからバフォロの首を掴んで大きく投げ飛ばして、バフォロ同士を衝突させていた。やりたい放題、暴れたい放題だ。
「そーれっ! ウォーターガンッ!」
イルミーアさんが放った水の一撃もバフォロを真正面から当てて吹っ飛ばす。
しかもそれだけじゃない。バフォロに付着した水がじわりと動いて、目鼻を塞ぐ。
もがき苦しんだバフォロは陸なのに溺死してしまった。つ、強すぎる。というか怖い。
「私はそんな派手な魔術は無理だから……これで我慢してね。デグレード」
セレイナさんに突っ込んだバフォロ達がみるみると腐食していくように、そして萎んでいく。
バフォロ達がバタバタと倒れて死体が次々と出来上がる様は、まさに魔界の光景と呼ぶに相応しいかもしれない。
皆、強い。強すぎる。僕はこんなところで待っていていいのかな? いや、よくない。
すぐに集落の外に出て戦場に走っていった。
「オートシールド! 生成! 痺魔石!」
オートシールドで突進を防御しつつ、止まった直後のバフォロに首輪みたいに痺魔石を巻き付かせた。
バフォロは電撃に打たれたようにして体を震わせた後、倒れ込む。
更にある程度、バフォロがまとまっている一帯に雷魔石の柱を数本セットした。
「皆さん! そこから離れてください!」
ドルファーさん達が後退した後、バフォロ達が突進してくる。だけどそこはもう危険地帯だ。
「サンダートラップッ!」
雷魔石の柱と柱が電線で繋がるようにして一帯に放電した。
大量のバフォロが感電する光景は自分でも少し怖いなと思う。
ばたりと感電死するバフォロ達を確認した後、更に総仕上げだ。
すっかり数を減らしたバフォロ達が怖気づいているように見える。
ここで逃げられて、また数を増やされたら意味がない。砂塵の嵐はここで壊滅させるんだ。
「生成、爆魔石!」
四つの巨大な爆魔石の柱を生成したところで味方からも悲鳴が上がる。僕でも怖くなるほどの威力になると思う。
「リ、リオォ! 俺たちゃ、巻き添えはごめんだぜぇ!」
「ドルファーさん! お疲れ様です! ここならたぶん大丈夫です!」
爆魔石。劣魔石以上にかつて鉱山事故を引き起こした超危険物だ。
刺激を与えると溜め込まれた魔力を元に大爆発が起こるせいで、崩落事故が後を絶たなかったと本で読んだことがある。
そのせいで、大昔は戦争の道具に使われていた時代があった。
恐ろしい魔石だけど、取り扱いを間違えなければ大きな武器になる。
「爆魔石、爆散! エクスプロードッ!」
光と暴風が僕達を襲い、一帯が包まれた。
轟音と熱が辺りを支配するかのように存在を主張して、バフォロ達を飲み込む。
「うおぉぉーーー! 耳がぁ!」
「飛ぶぅーーー!」
ドルファーさん達が武器を地面に突き刺して堪えている。
僕も同じようにして堪えたけど、うっかり地面から武器が抜けて吹っ飛んでしまった。そんな僕を受け止めてくれたのはユウラだ。
大爆発が収まった後に残ったのは巨大な爆心地だった。ドルファーさんがよろけながらも、近づいて辺りを確認する。
「バ、バフォロの奴らは見当たらないな……あれだけいたってのによ」
「ひえぇ……跡形も残ってないのかよ。魔石術に限界はないのか?」
「なんていうか、生まれて初めてこれが魔術かって思ったわ……」
自警団の皆が爆心地を確認して歩いている。
かすかに残っている焼け焦げたバフォロの角が威力を物語っていた。
僕自身もこの威力は予想外だ。これなら確かに戦争で使われるわけだ。
そしてイルミーアさんが僕の肩に腕を回してきた。
「リオー、事前に話していた威力とは大違いじゃねーかー」
「すみません。僕もここまでとは……」
「ま、スムーズに後退できたからよかったけどな」
僕が状況を見極めて、後退してくださいと合図したら実行してもらう手筈だった。綺麗にうまくいってよかったよ。
これでバフォロ達、砂塵の嵐の脅威は去った。放っておいたらディセルンの町だって危なかったはず。
これで視察団の人達も心置きなくイムルタに訪れることができる。
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