第36話 魔石術の真価

「おし! ディセルンの視察団に見せても恥ずかしくねぇように、今日も死ぬ気で訓練するぞ!」


 ドルファーさんの言う通り、視察団を納得させるには日頃の訓練も重要だ。いい場所というのは安心安全が約束されている。

 このイムルタにはディセルンみたいな衛兵魔術師隊はいない。

 だから自分達の集落は自分達で守らなくちゃいけなかった。とは言っても、ドルファーさん達のおかげでかなり危険から守られている。

 日頃の訓練の成果もあって近接戦の戦闘力は半端じゃない。

 僕が魔石で作ったウインドソードやウインドスピアを始めとした武器のおかげで、ここら一帯の魔物はまったく寄せ付けていなかった。

 セレイナさんが言うには下手な下級魔術師よりも強いらしい。


「じゃあ、今日は互いに模擬戦をしてもらおうか! ハーデル! ユウラの相手を頼む!」

「あぁ!」


 副隊長のハーデルさんはドルファーさんに次ぐ実力者だ。

 ウイングアックスを構えて、ユウラを迎え撃つ態勢になる。耐格差がすごいけどユウラが地を蹴った直後、一瞬だった。

 ハーデルさんがかろうじて反応したものの、ユウラの拳が顎に直撃する。

 ハーデルさんがくらりと目を回すようにした後、昏倒した。


「つ、つえぇ……。フレイムサラマンダーをタイマンで討伐したこともあるハーデルが手も足も出ないとはな」

「ドルファー」

「え? 俺か?」

「うん」


 ユウラがドルファーさんを指名した。どう見ても冷や汗をかいている。

 だけどここは隊長としての意地なのか、ウイングスピアを持って構えた。

 ユウラも構えて、ドルファーさんが仕掛ける。

 強烈な突きをユウラがひらりとかわした後、蹴りがさく裂。

 だけどドルファーさんは器用に槍を回して受けきった。これには皆がどよめく。


「おぉ……! さすがドルファーさんだ!」

「剛闘士の異名は伊達じゃないな」


 剛闘士。なんとなくかっこいい。僕にもそんな異名がつかないかな?

 ドルファーさんが槍を器用に動かして、止めていたユウラの足を滑らせる。

 ユウラが態勢を崩した隙を狙って、また突きを放った。

 ユウラが後ろに倒れ込んで突きを回避。そして槍を掴んだ。


「くっ!」

「はぁぁぁぁぁッ!」


 ユウラがドルファーさんの槍を引っ張った。

 今度はドルファーさんが前に倒れ込み、そこへユウラの蹴りが腹にさく裂。見るからに痛そう。

 さすがのドルファーさんもたまらずダウンした。


「うげぇっ……げほっ……げほっ……ま、まいった……」

「ぶい」


 ユウラがピースで勝利をなぜか僕にアピールしている。素直に拍手をして勝利を称えた。

 セレイナさんが言うには、ユウラの身体能力と強化魔術に対応できる魔術師は限られているらしい。

 対面でユウラと戦って勝てる魔術師はほぼいないとまで言っていた。

 ユウラの攻撃は魔術の発動と違ってラグがない。それに加えて攻撃そのものに反応できないとなれば、確かに勝てる道理がなかった。

 特異魔術師ワンギフテッド。裏を返せば、一つの魔術を磨き続けた先にある強さを手にしているということ。

 ユウラを見ていると、僕まで元気が貰える。僕の魔石術も歓迎されなかったけど、まだまだやれると思わせてくれた。


「いやぁ、隊長の俺がこんな様じゃ面目が立たねえな。じゃあ、次はダレットとポールフだ」


 ドルファーさんが指名した警備隊のメンバーが戦い、次々と模擬戦が進んだ。

 いい勝負だったけど、最後はダレットさんの粘り勝ちだった。

 息を切らして握手をして、二人が互いの健闘を称える。これが上達への近道だとドルファーさんは言う。

 その上でドルファーさんが今一度、動きや出方なんかの技術指導を行った。

 それから新たに警備隊に志願した集落の人達が、互いに一切手を抜くことなく模擬戦に挑んだ。

 とてもついこの前まで武器を握ったことがない人達とは思えない気迫と強さだ。


「おりゃあぁぁッ!」

「とりゃあぁぁぁぁッ!」


 武器と武器が激しくぶつかり、一進一退の攻防が繰り広げられた。僕も当然、模擬戦をやるんだけど――。


「おらぁぁぁぁっ!」

「うあぁっ!」


 ダレットさん相手に尻餅をついてしまった。まるで敵わない。というか気迫がすごすぎる。

 力も違いすぎるし、踏み込まれた瞬間に勝負は終わっていた。


「リオ、もう少し足腰で踏ん張れ」

「は、はい……」


 訓練参加者の中で僕は下から数えたほうが早いくらい弱い。これでもユウラに特訓してもらったんだけどな。

 僕に指導している中、ドルファーさんが怪訝な顔をしていることに気づいた。


「ドルファーさん?」

「いや、なんでもない」


 ドルファーさんがふいっと顔を反らす。どうしたんだろう?

 皆がいい汗を流しているとセレイナさんとイルミーアさんがやってくる。

 それぞれドリンクと昼食を用意してくれたみたいだ。


「水分補給をどうぞ、ドルファーさん達。果実ジュースで我慢してね」

「悪いな、セレイナ。酒を出してくるかと思って一瞬だけ焦ったぜ」

「私がそんな無粋な女だと思う?」


 思う、と心の中で言ったのは僕だけかな。イルミーアさんはウヌギのかば焼きを持ってきてくれた。

 ガンゾさん特製のタレがたっぷりとかかった香ばしい匂いがする一品だ。


「うんめぇ!」

「この油っけと濃さがたまらん!」


 うん。これはもう言葉で言い表せない。

 口の中に油が乗った魚の香りと味が充満して、それをタレの尖った風味で包み込んでいる。養殖してもらった甲斐があった。

 ふと、昼食中にユウラが僕の顔をじっと見つめている。


「ユウラ? どうしたの?」

「リオ、本気出して」

「え? 僕が? いや、出してるんだけどな」

「出してない」


 それだけ言ってユウラはかば焼きを頬張った。

 ユウラの言葉が気になる中、午後からの訓練が始まる。

 引き続きドルファーさんが一対一で皆と戦って動きの矯正指導をしていた。

 ユウラに負けたとはいえ、ドルファーさんは本当に強い。部下達を数人がかりで相手にしても勝ってしまう。

 模擬戦に魅入っているとセレイナさんがひょこっと隣に座った。


「リオ君。もう一度、ドルファーさんと戦ってみたら?」

「セレイナさんまで何を言ってるんですか。とても敵いませんよ」

「そうかしら? リオ君なら勝てると思うけど?」

「またそうやってからかって……」

「ドルファーさん! ちょっといいかしら?」


 セレイナさんが立ち上がって、一戦を終えたドルファーさんに声をかけた。

 汗だくのドルファーさんがセレイナさんの話を聞いて、僕のところへやってくる。


「リオ。お前、魔術を使って俺と戦え」

「え!? でもこれは近接戦の……」

「手札を増やすのは悪いことじゃねぇ。だけど自分が持っている武器を最大限に利用して戦ったほうがいいんじゃねえのか?」

「ドルファーさん……」


 確かに言われてみればその通りかもしれない。

 僕がいくら訓練をしたところでユウラやドルファーさんと普通の武器で戦っても勝てないと思う。

 それにユウラだって強化魔術を使っているんだから、僕も得意武器を磨くべきだ。


「わかりました」

「お! まさかの再戦か!?」


 場が湧いて、集落の人達や子ども達がいつの間にか集まってきた。

 なんだかすごいことになっちゃったな。ちょっと恥ずかしいけど、そんなことも言ってられない。

 深呼吸をしてからドルファーさんの前に立つ。今、僕ができる戦闘手段。考えてないわけじゃなかった。

 自分の限界なんて誰にも決められたくない。セレイナさんだって言っていた。

 僕はこの魔石術をどこまでも高める。だから今、ここですべてをやってみせる。


「……リオ、いくぞッ!」


 ドルファーさんの容赦ない先制攻撃。だけど――。


「大盾ッ!」


 真正面からの突きに対して、僕は硬魔石の大盾で防ぐ。

 ドルファーさんの突きが大盾にぶつかり、動きを止めた。

 一度、距離を取ったドルファーさんが側面から回り込んでくる。


「オートシールドッ!」


 生成した大盾がぐにゃりと形を変えて僕を守る。

 ドルファーさんの攻撃に反応して動いていた。

 魔石術、オートシールド。最強クラスの防御力を誇る硬魔石で僕は自動的に守られる。

 魔石を生成できて加工できるということは自由自在、変幻自在。

 魔術式を組み替えて、密かに考えていた僕の魔石術の一つだ。

 ドルファーさんがどれだけ追撃しても、大盾が自動で防いでくれた。


「こ、こいつはぁ……!」

「ヘビージェイル!」

「だぁぁ! と、閉じ込められたのか!?」


 ドルファーさんを重魔石で出来た牢に閉じ込めた。

 逃げ場がなく、回避もできないドルファーさんが慌てて重魔石を破壊しようとするけど無理だ。

 魔石の中でもトップクラスに重くて硬い。それが重魔石だから。


「ヘビーロック……」


 最後に僕はドルファーさんの両手に重魔石の手錠を生成した。

 重さに耐え切れず、ドルファーさんは槍を落としてそのまま地面に倒れる。これで勝負あり、かな?


「ま、まいった……。冗談じゃねえぞ、まったく……」

「すみません。すぐに解除しますね」


 生成した魔石を消してドルファーさんを解放した。

 ドルファーさんは頭をかきながらも、僕に握手を求めてくる。


「これでいいんでしょうか?」

「お前はそれでいい」


 観客と化していた集落の人達がざわついている。

 確かに今まで僕が戦ってる姿をこうして見せたことがなかった。だけど、長を始めとした皆が拍手で称えてくれるようになる。


「ふぉふぉふぉ! いいものを見せてもらったぞ!」

「さすがは長が選んだ子だ!」

「こんなに強い長代理なら尚更、文句ないぞ!」


 集落の皆やセレイナさん、イルミーアさんが拍手してくれる。長代理として改めて認められたなら僕も安心だ。

 警備隊の皆が寄ってきて、僕の頭をわしゃわしゃしたりこづいたりしてくる。ちょっと痛いけど喜んでくれているみたいだ。


「こいつ! マジで強いな! ひょっとしたら誰も勝てないんじゃないか?」

「そんなことないですよ! オートシールドもユウラみたいな速い相手に対応できるかわかりませんし……」

「他にも魔石次第で色々できるんだろ?」

「はい。やろうと思えば手錠に劣魔石をエンチャントして【衰弱状態】を付与して無力化することもできました」

「怖いな!」


 劣魔石は触ると生命が吸い取られると言われている危険な魔石だ。

 発掘した時に危険が伴うから取り扱い要注意で、基本的に外れ扱いされている。

 でも使い方次第では攻撃にも使えると前から考えていた。

 皆にもみくちゃにされる中、急にぐぐっと何かに引き寄せられる。


「ユウラ……」


 僕を皆から引きはがしたのはユウラだ。

 痛いほど抱きしめられるかと思ったけど今は優しい。

 その様子を見たセレイナさんがなぜか僕達の頭を撫でる。


「仲がいいのねぇー」


 そんなセレイナさんの言葉を皮切りに、皆がからかうように笑い出した。よくわからないけど少し恥ずかしい。 

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