第35話 イムルタの産業

 王国の柱団討伐の賞金はイムルタに還元した。商売を始めたい人達の資本金にしてあげたほうが、集落の為になる。

 料理屋、アイテム屋、雑貨店。そしてセレイナさんの提案で酒場も作ることになった。

 それはいいんだけど、セレイナさんの場合は単に自分が飲みたいだけじゃないのかな? と、思わなくもない。

 あの人は置いておいて、、集落の人達に均等にお金を分けてあげれば集落内で売買が成立する。

 つまりこれからはこのイムルタも本格的に始動するわけだ。それにイルミーアさんのおかげでウヌギの養殖も捗っている。


「イルミーアさん。ウヌギの飼育、順調みたいですね」

「よう、リオ。それもお前が作った水槽のおかげだぜ。これならすぐに数を増やすだろうね」

「あぁー、早く食べたいなぁ……」

「でも、これからは無料であげるわけにもいかないだろ?」

「あ! そうだ! お金だよ、お金……」


 僕自身もお金を持っているけど、そう多くない。

 これからは集落の外からの人に向けて、皆が商売をする必要がある。

 だからディセルンの町長が派遣する視察団の存在が重要だった。

 ここで気に入ってもらえれば、イムルタの知名度は確実に上がる。実は今回、皆で話し合って決めたことがあった。


「頼むぜ、長代理」

「僕が代理だなんてなぁ」

「だって他にいるか? ユウラじゃ無理だし、セレイナはアレだろ? ドルファーさん達は揃って柄じゃねぇなんて言うしさ」

「そうなんですけどね。なんだか実感が沸かないというか……」


 今まで集落の長はおじいさんがやっていたけど、あの人が僕に譲ると言ってきた。

 集落に貢献している僕の姿を見て、前々から考えていたそうだ。集落の人達は歓迎してくれたけど僕は最初、断った。

 僕みたいな子どもに務まるか不安だし、経験も何もかもが足りていない。

 だけど長のおじいさんがサポートしてくれるということで、長代理ということで落ち着いた。

 大役だけど見込まれて任されたからにはがんばりたい。そんなわけで僕は集落中を見て回っていた。

 開店準備を進めている店を一軒ずつ、訪れている。イルミーアさんのウヌギ養殖の様子を確認したら、次は料理店だ。

 ここを経営するのはディセルン出身のガンゾさん。ドルファーさん達と自警団をやっていても違和感ない体格のおじさんだ。

 逆三角形の上半身が印象的なガンゾさんが僕を威勢よく出迎えてくれた。


「おぉ、長代理! こんないい店舗を建ててくれてありがとな!」

「ガンゾさん。喜んでもらえて何よりです。ここではどんな料理を出すんですか?」

「そうだなぁ。畑の野菜を中心として、ジビエなんかも考えている。あとウラカカの実なんかもデザートにいいな」

「ジビエ?」

「野生の魔物の肉を使った料理だ。特にバーストボアの肉は豚肉よりも油がのっていて、噛んだら肉汁がビュッと出るうまさだぞ」


 聞いているだけで涎が出てくる。

 食材調達はドルファーさん達に依頼する予定で、すでに話はついているらしい。

 食材の仕入れ担当と調理担当が綺麗に分かれて、おいしい料理が提供されるわけだ。

 今は試食品を作っているところだった。キャベシロール、タマギのグラタンスープ、ウラカカの実を使ったデザート。どれも試食させてもらったけど、おいしい。

 でも正直な感想を聞かせてくれと言われてもね。


「おいしいです!」

「いや、もっとこう……あるだろ?」

「あります?」

「……他を当たるわ」


 力になれなくてちょっと残念。

 ロシュフォール家にいた時もろくなものを食べてなかったから、何を食べてもおいしい。

 長代理としてよくないかもしれないけど、おいしいに深い理由なんていらない。おいしいものはおいしいでいいと思う。

 この試食料理、今は持ってきた食材を使って調理しているからいずれ仕入れる必要があると言っていた。例えば卵やチーズなんかはこの集落にない。

 それはそれとしてこのガンゾさんなら何でも作れそうだなと思ったから、一つ提案をしてみよう。


「ウヌギなんかも提供できそうですか?」

「おぉ! あれな! 今、あれの特性のタレを仕込んでいるところだ!」

「特性タレ!? ガンゾさん、作れるんですか!」

「昔は海沿いで魚料理の店を経営していたからな! 任せておけ!」

「やったぁ!」


 思わず大声を出してしまった。

 話によると香ばしい香りと甘くてしょっぱい味わいのタレらしくて、もう涎しか出ない。

 ここにいるとお腹が空いてしょうがないから、次へ行こう。

 次はアイテム屋だ。店主が言うには、需要があるのはマナポーションや傷薬。

 魔術師の魔力を回復するポーションで、生命線でもある。

 旅の魔術師に飛ぶように売れるから、絶対に仕入れとして必要だと語ってくれた。


「マナポーションに必要なブルーハーブは薬草畑に生えてますよ」

「そりゃありがたい! じゃあ、俺が煎じればすぐに完成する!」


 やっとブルーハーブが役立つ時がきた。マナポーションがあれば、僕も気軽に魔力を回復できるから期待できる。

 傷薬なんかも必要な薬草が揃ってるから、割と抜かりはなしだ。

 続く雑貨店は日用品や魔道具の動力源となる魔石が売っている店だ。魔石となれば僕の出番しかない。

 試しに暖炉に使う火魔石を生成して見せると、雑貨店の店主が顔を近づけるほど観察した。


「こりゃすごい……。今時、こんな高純度の魔石をお目にかかるなんてねぇ」

「売っているものはそうでもないんですか?」

「採掘されにくくなっているからね。だから近頃は質が低い魔石をただの石ころを混ぜて加工した粗悪品が出回っている」

「そ、それじゃ魔道具の故障になりますよ!」


 僕が知っている通り、実際に魔道具の事故が多い。

 しかもイムルタが鉱山町として廃れたように、今は魔石が供給不足だ。

 ロシュフォール家の人達が僕に魔石を作らせて売っていたのもそう。

 ひとまず店主と相談して、使えそうな魔石を予めいくつか生成してあげた。

 暖炉の魔道具に使える火魔石、冷房の魔道具に使える冷魔石と風魔石。店主が改めて魔石を凝視した。


「いやはや、移民の件だけでも世話になったというのに君には頭が上がらんよ。ひとまず代金を支払おう」

「こ、こんなにいいんですか?」

「価値に嘘をつきたくない性分なんでね。またお願いするよ」


 店主から貰ったお金が僕の懐に入った。なるほど。これが商売であり、取引か。

 ウヌギの養殖、料理店、アイテム店、雑貨店。それぞれ軌道に乗りそうで安心した。

 後は問題の酒場だ。何せ経営者はあのセレイナさんだからね。

 お酒で酔っぱらって仕事どころじゃない予感しかしない。


「こんにちはー。あら、リオ君。さっそく長代理のお仕事?」

「普通に仕事してる……」

「なぁにー? もしかして私のことだから、酔っぱらって仕事どころじゃないとか思ってたー?」

「い、いえ」


 僕の予想に反して、セレイナさんは店内を清掃していた。

 ピカピカのカウンターやテーブル、綺麗に陳列されたグラス。どことなく大人の雰囲気が漂う。

 セレイナさんもエプロンをしていて家庭的な雰囲気がある。


「この酒場にはお酒だけじゃないわ。果物ジュースも置く予定よ」

「それはいいですね! 子どもでも楽しめそうです!」

「見直した?」

「は、はい」

「なんでちょっと引っかかってるの」


 実はまだ少し不安だけど、真面目にお店をやってくれるようでよかった。

 さっそくセレイナさんが提供してくれた果実ジュースを飲むと思いの他おいしい。

 氷も入っていて冷たくて喉越しがよくて爽やかだ。


「ぷはーっ! 最高!」

「リオ」

「わっ! ユ、ユウラ! いつの間に……」

「何してるの」


 音もなく気配を殺して接近されるとさすがに驚く。

 家の掃除をしていたはずだけど、もう終わったのかな? 僕が飲んだジュースに視線が釘付けだ。

 察したセレイナさんがユウラにジュースを差し出すと、ぐびっと一気に飲んだ。見かけによらず豪快な飲みっぷりだった。


「うん」

「ユウラ、おいしい?」

「んう」

「どういうこと」


 よくわからない返事をされた。

 セレイナさんをちらちらと見ているけど、どうしたのかな?

 おいしくないのかなと思ったけど、コップを差し出してお代わりを要求している。

 セレイナさんがニコニコしてユウラに差し出すとまたゴクゴクと飲む。


「やっぱりおいしい?」

「んう」


 おいしいはず。そのはずなんだけど、セレイナさんをよりジットリとした目つきで見ている。

 ユウラは前からセレイナさんにこういう反応を示すけど、嫌いなのかな? いや、嫌いならわざわざこないか。

 天気がいい午後、僕達は酒場でしばらくお喋りをして過ごした。

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