第34話 危険な釣り

 新たに難民の人達が来てくれたおかげでイムルタの人口は102人になった。

 予め確保しておいた土地に新たに家を建てて、キッチンや風呂なんかの水回りを魔石で作ると感激される。

 出来立ての新築はディセルンの町の家と比べても見劣りしない。

 難民の人達はさっそくイムルタでの自分達の役割を考えていた。

 農業を希望する人はもちろん、イルミーアさんと魚の養殖を行いたいと申し出る人が出る。

 その他には料理店や雑貨店、アイテム店なんかの店を開こうとしてる人達が多い。

 今までイムルタではお金というものが出回っていなかった。

 物々交換や自給自足で賄ったり、畑で採れた作物を皆に配る人がいたおかげでなんとか成り立っている。

 でもお金のやり取りをするとなれば、ディセルンとの交易が盛んになるのが条件だ。

 その辺りを真剣に話し合った結果、当分は今まで通り物々交換でやり取りすることに決まった。


「イルミーアさん。水槽の大きさはこれくらいでいいですか?」

「もう少し縦の長さがほしいな」

「わかりました」

「わっ……! ほ、ホントに伸びた!」


 魔石の水槽を大きく加工するとイルミーアさんがのけぞる。

 この水槽は【水耐性】がある海魔石で出来ていて、キッチンや風呂で使っているものと同じだ。

 更に【腐食耐性】もあるから腐って壊れることもない。

 そこにイルミーアさんの指示通り、水魔石を入れて水を張る。

 それから風魔石を投入して空気を水中に行き渡るようにした。風魔石からポコポコと泡立つ。


「うん。ひとまず形はできたな。ここからウヌギが生息している湖と同じ環境にしてやればいい」

「水温調整が大切という話ですね」

「そうそう、今のままじゃちょっと冷たい」

「ウヌギってデリケートなんですね……」


 そんなウヌギが繁殖できるあの湖は奇跡みたいな場所だとイルミーアさんは言う。

 まずは水槽に熱魔石の欠片を少しずつ入れて、水温を調整していく。

 熱魔石のレベルは一、更にその欠片となれば大した熱は発さない。

 いくつか熱魔石を取り出したり、入れたりしてイルミーアさんのOKが貰えた。


「よし! いいぞー! これで水槽はばっちりだな! あとは餌だ!」

「ウヌギって何を食べてるんですか?」

「あの湖にいる小魚や水中の虫なんかだな。まぁこれは後でウヌギを釣りに行く時に一緒に確保すればいいさ」

「セレイナさんはどうせ酒造所ですし、ユウラを連れていきますね」


 セレイナさんは僕が気を良くしたせいか、酒造所に籠りっきりだ。

 ちゃんとお酒を造っているならいいんだけど、あの人のことだから飲んだくれてそう。

 僕はあの匂いだけで近づきたくないから様子は見に行きたくなかった。


                * * *


 またあの大きな湖にやってきた。イルミーアさんは実物を目の当たりにして、いきなり湖に飛び込む。


「あー! いい水だぁ!」

「ちょっと! 何してるんですか! 魔物がいるんですよ!」

「平気だって。今は近くに寄ってきてないからな」

「そういうのわかるんですか?」

「水の魔術師たるもの、水というフィールドにおいては水中の動きも把握できないとな」


 セレイナさんが人の心の闇がわかるように、イルミーアさんも水の中に関してはあらゆる動きを感じ取ることができるみたいだ。

 これは思ったより頼もしい。イルミーアさんがいれば堂々と釣りができる。

 というわけで僕達は釣りをして、イルミーアさんがなんとそのまま湖の中に潜っていった。大丈夫かな?


「とったどー!」


 イルミーアさんが銛を片手に水面から顔を出した。

 僕が突魔石で作ったその銛には大きな魚が何匹も串刺しにされている。

 褐色肌に滴る水、太陽が照り付ける光も相まってイルミーアさんが幻想的に見えた。

 昔、絵本で読んだマーメイドを思い出す。


「リオ、どうした?」

「い、いえ」

「どーしたんだーよー? ウリウリ!」

「ちょ! ほっぺを挟まないでください!」


 このイルミーアさん、やっぱりセレイナさんと気質が似ている。

 すぐこうやってからかってくるんだもの。

 そしてこういう場面になるとユウラが――。僕のほっぺを両手で挟んだ。嫌な予感しかしない。


「いだだだだっ!」

「うりうり」

「わかったわかった!」

「うりり」


 何がわかったのかわからないけどひとまず止めさせることに成功した。

 イルミーアさんがニシシと悪戯っぽく笑っている。なんだろうな、こういうの。僕は遊ばれているんだろうか?

 気を取り直して釣りを再開すると、不思議とウヌギが釣れ始めた。

 イルミーアさんがまた湖に潜って戻ってくると、両手にそれぞれウヌギを三匹ほど握っている。

 あのぬるっとしたものをよく握れるなぁ。


「ここ、面白いくらい捕れるな! バカ広いし、もっと潜りたくなるよ!」

「これで魔物さえいなければいいんですけどね」

「あ、そうそう。魔物といえば、でっかいのがこっちに向かってきてるぞ?」

「ウソ!? まずいじゃないですか!」


 イルミーアさんが言う通り、湖面に黒い大きな影が映る。

 湖面がせり上がると共に姿を現したのは大きなナマズだ。

 体の表面に雷をバチバチとまとわせて、この前の手足が生えた魚より強そう。


「プラズマナズだな。こいつが現れた海域の魚は海面で腹を見せて大量に浮いている」

「プラズナマ……プラナマ?」

「割と害悪だから早めに討伐できてよかったじゃん」

「そうですね……魔石生成。避雷魔石」


 複数ヶ所に避雷魔石を設置して攻撃に備えた。

 同時にプラズマナズが放電。雷が避雷魔石に吸収されたところで、イルミーアさんが水を直接、まとう。

 そのまま避雷魔石の間を通り抜けた。

 湖に突っ込んでいったイルミーアさんにプラズマナズがまとわせていた電気を発射。

 だけど雷はイルミーアさんの水に弾かれて消えた。


「こいつは雷を通さないんだよ。不純物がないからね。じゃあ、アタシの番だな……オケアノスブロウッ!」


 イルミーアさんがアッパーを放つと、プラズマナズを激流のごとく流れる水で吹っ飛ばした。

 水に飲み込まれたプラズマナズは激流に翻弄されて身動きが取れない。

 どういうことかというと、水の中にいる魔物を溺れさせている。


「すごっ……!」


 プラズマナズが激流から放り出されて陸地に叩きつけられる。

 目を回しているのか、プラズマナズは態勢を変えるのに手間取ってた。

 ユウラが爪の連撃を食らわせて、プラズマナズがまたひっくり返る。

 ところが跳ねるようにして態勢を変えると、ユウラに向けてボディプレスを仕掛けた。


「魔石生成! ギガトンパンチッ!」


 打魔石で作った大きな拳が地面から突き出す。

 【打属性】が付与されている魔石で、ハンマーなんかに使われている。

 ボディプレスで落下してきたプラズマナズの腹に拳が激突して、その衝撃で巨体が飛ぶ。

 落ちてくるプラズマナズの落下地点にまたギガトンパンチ。

 キャッチボールみたいに数回ほど跳ねたところで、プラズマナズがようやく地面に落ちた。ピクピクと瀕死の状態だ。


「魔石生成! 剣山!」


 止めに刃魔石の剣が周囲の地面から飛び出す。

 剣にプラズマナズが刺されて、ようやく動きを停止。念の為、避雷魔石を設置しつつ様子を見た。


「動かないか。これで倒せたみたいですね」

「リ、リオ……。やっぱりあんた強すぎるよ……」

「イルミーアさんが地上に上げてくれたおかげですよ。それとユウラの攻撃もかなり効いてます。あれがなかったら地上でも、もっと跳ねまわっていたかもしれません」

「それにしてもだよ……」


 イルミーアさんがプラズマナズをまじまじと見つめて、僕が生成した刃魔石の剣を指で撫でる。

 戦いで使ったああいうものは危ないから綺麗にこの場から消した。

 残ったプラズマナズをイルミーアさんが慎重に解体していく。 

 イルミーアさんによると、このプラズマナズは適切な処理をすれば食べられるとのこと。

 しかもウヌギに似た食感があって、食材としても需要がある。かなり大きいし、これでまた食料の蓄えが増えると思うと先は明るい。


「イルミーアさん。これはさすがに養殖できませんよね?」

「昔、どこかの金持ちがやろうとして感電死したらしいね。チャレンジするかい?」

「いえ、やめておきます……」


 さすがに命はかけられない。

 プラズマナズは稚魚でも危険らしいし、そうだとすれば湖にはまだ他の個体がいる可能性がある。

 おいしいみたいだから危険承知で狩るのも悪くないかも?

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