第43話 父と母だった二人
「な、なんということだ……。あのリオがここまでとは……」
「あ、あなた! これじゃ話が違うじゃない!」
フレオールが氷像になったことで、ランバルトとエリザが慌てている。僕が二人を見ると構えたものの、少し怯えているのがわかった。
さっきよりも魔力が揺らいでいる。あのフレオールは二人にとって自慢の息子だったから当然だ。落ちこぼれとバカにしていた僕に負けたんだから。
「ランバルトにエリザ、まだやるの?」
「クッ……。リオ、お前はそれでいいのか?」
「何が?」
「それほどの力を持ちながら、こんな辺境でぬくぬくとしていいのか? 私ならお前の力を活かせる」
「嫌だって言ってるだろ……!」
怒りで魔力が膨れ上がると、ランバルトはまた怖気づいた。
そして僕以上に怒っているのがユウラ達、セレイナさんの漆黒の魔力。イルミーアさんの大荒れの大海原を彷彿とさせる水の魔力。
この二人こそ、なんでここにいるのか疑問に思えるほどの魔道士だ。
二人と一緒に狩りにいくたびに、驚かされるんだから。ランバルトやエリザだって簡単に勝てる相手じゃない。
「あのね、リオ君の元お父さんと元お母さん。用がないなら、そろそろ帰ってほしいわね」
「お前ら、これ以上リオに手を出すならアタシらも黙ってねーぞ」
セレイナさんやイルミーアと一緒に並び立ったのはユウラだ。爪を装着して臨戦態勢で、二人を威嚇していた。
ランバルトとエリザはユウラを見て、何かに思い当たったようにニヤリと笑う。
「そっちの子はリスフェム家か?」
「リスフェム家?」
「リオ、お前は外にほとんど出さなかったから知らんだろう。ロシュフォール家ほどではないが、それの父親は王国魔道士団の副団長補佐だ」
「それ?」
ユウラの出身よりも、それ呼ばわりしたことが気に入らない。
ユウラは少しだけ表情を曇らせた。それはきっと触れてほしくないからだと思う。
僕の境遇に同情してくれたように、ユウラだってひどい仕打ちを受けていたんじゃないかな。
「そうだ。思い出したぞ、確かそれの父親がいつかの会合で言っていたな。末っ子の娘が
「おい、ランバルト。お前、本当に許さないぞ……」
「な、なんだ? なぜお前がそこまで怒る?」
ユウラが唇を噛んでいる。そんな時、僕が隣にいてあげた。
僕なんかがいたところで、とは思う。だけど気持ちだけでも伝えよう。
「ユウラは強いよ。僕が保証する」
「リオ……」
ユウラは不安そうに僕を見た後、またランバルトを睨む。
ランバルトとエリザは
あれだけエリートだの自慢していた僕の元家族が、こんなにも相手によって態度を変えるなんて。もう家族じゃないけど、少しだけ情けないなと思う。
「リスフェム家の出来損ないが何を睨みつけてやがんだぁ?」
ランバルトが粗暴な口調になった。追い詰められておかしくなったのかもしれない。元々こういう人間だったということかな?
「おい、出来損ない。どのツラでこの私を睨みつけやがる」
「……さない」
「あ?」
「許さないッ!」
ユウラが跳躍したと時にはランバルトが斬り上げられていた。
まったく反応できず、ランバルトが地面に倒れて呻いてる。
「うぐ、ぐはっ……! な、何が、起こった……」
「あなた……このガキ、強化魔術の
「強化魔術だと……!」
「魔術真解……
エリザが巨大化して、下半身が蛇の化け物に変貌した。上半身が女で、下からチロチロと蛇の舌を覗かせている。
そしてランバルトの体が発光して、こっちも姿を変えた。
「そうだな……。もうリオなどと侮らん! 雷獅侯と恐れられた私も本気を出すしかあるまい! 魔術真解……
ランバルトは雷の化身と呼ばれてもおかしくない見た目だ。四足歩行の雷の獣が蛇女と並ぶ。
すごい魔力を放っていて、特にランバルトのほうはバチバチと雷が音を立てている。
改めてこれが魔術真解か。だけどこれじゃ完全に人を捨てているように見えた。
魔術の威力至上主義の背景には、大きな魔物を討伐するためにより強い魔術が必要とされたからというのがある。
だからこうやって自分も大きくなることがすごい魔術とされてきたんだ。
「もう容赦はせんぞ……皆殺しだ!」
ランバルトが一直線でユウラに向かう。光の速さとも言える攻撃だ。
だけどユウラは読んでいた。いくら速くても直線的な動きしかできない相手なら、ユウラの敵じゃない。
雷の化身となっていても、ユウラの爪は魔術を切り裂く仕様だ。
毎日のように僕が改良を加えた結果、あらゆる属性に特攻を持つ武器ができた。つまり相手が雷だろうと――
「がはッ……!」
雷の獣になったランバルトがユウラの一撃で腹を裂かれた。
たった一撃で倒れて横たわってしまう。雷そのものにダメージを与えられないと思い込んでいたのかな?
それが強みの魔術真解だけど、逆に言えば対策されたら一気に脆くなる。
というのもほとんどセレイナさんのアドバイスなんだけどね。
「あなた! 何やってんの! そんなガキにやられるなんて!」
「バカ、な……クソォ……」
「こんなのと結婚したのが間違っていたわ! 金や地位があるからって思ってたけど、こうなったらもう終わりね!」
「なんだと、貴様……!」
ここにきて仲間割れだ。そんな見苦しい二人の前にセレイナさんとイルミーアさんが立った。
ぎょっとしたエリザだけどまだ余裕を見せている。
「じゃあ魔物討伐しましょうか」
「セレイナ、アタシにやらせろ」
「やぁよ。あなたの活躍シーンは十分あったでしょ?」
「活躍シーン?」
セレイナさんが杖で円を描いた。黒い球体が現れたと思ったら、それが膨れ上がる。
「せっかくだから思い知らせてあげようかしら」
「それがなんだってのよ! タイダルウェイブッ! あんたの後ろにあるちんけな村なんてこれで終わりよ!」
エリザのタイダルウェイブはイムルタごと呑み込むほどの規模だ。
それが一気に迫ったけど、セレイナさんの黒い球体がまたググンと大きくなった。
それがエリザごと包んだと思ったら、タイダルウェイブがぱしゃりと消える。
「あ……あっ……や、やめっ……」
黒い球体の中からエリザの苦しむ声が聞こえる。何が起こってるんだろう?
「散々リオ君をいじめていた罰よ。あなたの中にある闇、すべてさらけ出しなさい」
「いや……なに、ば、ば、化け物……!」
「その化け物はあなたの心の闇を実体化したものなの。そいつは宿主であるあなたを襲うわ」
「や、やめて……いやぁぁーーーーーーーーーーーーー!」
エリザの絶叫が黒い球体から聞こえてきた。それから間もなく黒い球体が縮小して、残ったのはセレイナさんと倒れているエリザだ。
エリザは体中から液体を垂れ流して、しかも白髪になっていた。本当に何が起こったの?
「ちょっとやりすぎたかしら?」
「セ、セレイナさん? 何がどうなったの?」
「あら、リオ君。今の魔法はね、相手の心の闇を実体化するの。心の闇が大きいほどおぞましくて強い化け物になるからね。リオ君の魔石風に言えばクズ特攻といったところかしら?」
「こわっ! エリザの魔法が消えたのは?」
「エリザが魔法の行使ができない状態になったからじゃない?」
倒れているそこの二人の魔術真解よりよっぽど強い。
フレオールは氷像、ランバルトはユウラの攻撃で重傷、エリザは精神崩壊。残ったのはロシュフォール家の恥をさらした人達だった。
「う、リ、リオ……こんなことをして……お前、無事で、すむと思うな……」
「それはあなただよ、ランバルト。僕はこのことを広める。そしてお前は裁かれるんだ」
「なんだと……む?」
ランバルトがうろたえた時、誰かがやってきた。あれは?
「裁かれるのはあなたのほうです。ランバルト様……いえ、ランバルト」
「お、お前はバダム!」
「お久しぶりです。屋敷を出てから、ずっとあなたの動向を探っておりましてな。色々ありましたが、今はこうして魔道士団に来ていただきました」
「魔術師団……」
バダム、僕の屋敷で働いていた執事だ。僕が魔石を渡した時、いつも申し訳なさそうな顔をしていた。
僕も何度、助けを求めようと思ったことか。でもそんなことをしたらバダムに迷惑がかかる。だから何もできなかった。
そのバダムが今、魔術師団を引き連れてやってきた。
「リオ様。お久しぶりです。不甲斐ないジジイをお許しくだされ……」
「バダム、いいよ。いいんだよ……」
「リオ様……。本当に、本当に申し訳ありません……」
バダムが涙を流して僕に謝った。この人が謝ることなんて何もない。
そしてその後ろから、僕をいつも治療してくれたロシュフォール家の元専属治癒師もいる。
この人も屋敷を出て、バダムと一緒に動いてくれたらしい。
「リオ様、私もどうかお許しを……」
「いいよ。謝らなくていい。むしろいつも治してくれてありがとうね」
「リオ様……!」
僕とバダム、治癒師で抱き合った。あのひどい環境の中、全員が我慢していたんだ。
いつか報われるなんて信じて魔石を作っていたけど、こんな形で報われるとは思わなかった。
後ろでは魔術師団に拘束されたランバルトが暴れている。
「ま、待て! 我々はあのはぐれ魔術師どもを討伐しにきたのだ!」
「はいはい、調べはついてますからね。まずあなた、爵位を剥奪されてる上に処分待ちでしょ?」
「私達をどうするつもりだ!」
「それは王国裁判で明らかになるでしょう」
「さ、裁判……」
ランバルトがガックリと項垂れた。凍り付いているフレオールが物みたいに運ばれていく。
エリザも拘束されて、こうしてロシュフォール家は終わった。さようなら、元家族。もう二度と会うことはないよ。
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