第32話 魔術真解

 イルミーアさんの魔術を恐れたのか、王国の柱団が固まって動かない。

 これが水の魔術適正【上】となれば、【中】に比べて本当に数が少ないから当然だ。

 だけどイルミーアさんはそれだけじゃない。適正に溺れず、自分の魔術と向き合って磨いたんだと思う。

 それがあの繊細な水のコントロールに表れている気がした。そのイルミーアさんが王国の柱団を見渡す。


「あんた達、魔術師団への入団試験にでも落ちたのかい? 恵まれた魔力と適正を持っていながら選んだ人生がそれかい」

「おーおー! 俺は王立エイクラム学園を退学になった! 実力もないくせにイキってる奴を術戦で痛めつけただけなのによ!」

「威力偏重主義があんたみたいなバカを生み出したんだ。アタシからすればどっちも同情に値しないね」

「おーおー! だから俺は考えたんだ! 何も縛られることはねぇ! 人の数だけ魔術師がある! だったら俺達も正義だろぉ!」


 自分勝手、幼稚。僕が大人をこんな風に思う日がくるとは思わなかった。

 ロシュフォール家の人達も似たようなものだけど、こっちは無差別に迷惑をかけている。

 ロシュフォール家は悪意が僕にだけ向いていたのがマシなのかもしれない。


「魔術師団ごっこは今日で終わりだよ。あんた達なんてアタシ一人で十分だ」

「イルミーアさんにだけ苦労させませんよ」

「あんた、足元の氷は……」

「溶けてます」


 僕が設置した熱魔石によって、氷はほとんど溶けていた。

 イルミーアさんの魔術に気を取られていて誰も気づいてなかったみたいだ。


「おーおー! いつの間に!」


 その時、ユウラが飛び出して魔術師の一人を一撃で殴り倒す。あまりの早さに王国の柱団は反応が遅れた。


「このガキ! ぐあぁッ!」

「サンダースピアッ! ぐぅッ!」


 魔術師達が魔術で応戦するけど、ユウラにはかすりもしない。

 爪をあえてつけずに殴る蹴るで殺さずに捕える。ユウラはわかっていた。

 蹴りが魔術師の一人にさく裂して、たった一発でうずくまる。

 特異魔術師ワンギフテッド。それは決して落ちこぼれなんかじゃないとセレイナさんは言う。

 むしろ一つの魔術に特化した魔術師ほど恐ろしいものはない。

 強靭な肉体、そして速さと力を持って制圧しにくる人間がいるとすればそれがもっとも怖い。

 一番、敵に回したくない相手だとセレイナさんが評価するのがユウラだ。

 王国の柱団はユウラ一人によって壊滅の危機に追い込まれている。


「おーおー! グンダム! あれをやれ! 俺も使う!」

「仕方ない……。魔術真解……地装魔人アースゴーレム!」


 グンダムが岩の鎧をまとったと思ったら、みるみる大きくなっていく。

 岩の巨人が僕達を見下ろして、クルートもまた姿を変えていった。


「魔術真解ッ! 氷装魔人アイスゴーレム!」


 クルートも氷の巨人に変貌した。合計二人の巨人が立ちはだかり、さすがの迫力だ。

 魔術真解。それは自分の魔術に対して真の解を出した魔術師の到達点と言われている。

 誰にでもできるわけじゃなく、才能に恵まれた一部の魔術師が可能とするなんて本で読んだことがある。

 王国魔術師団でもこれができる魔術師は団長クラスのみ。

 かくいう僕もロシュフォール家の人達のそれは見たことがない。できるとしたら団長を務めている父さんのランバルトだけだ。

 魔術真解に到達したということはこの二人の魔術適正は少なくとも【上】ということかな? さすがのドルファーさんも驚愕している。


「な、なんだこりゃ……! 魔術師ってのは化け物なのか!?」


 さすがのドルファーさんでも、これとは戦えないと自覚していた。だけど難民の人達の前から離れない。

 そんな様子を見て巨人化した二人が笑っている。


「おーおー! 見晴らしがよくてたまんねぇ! 驚いたか?」

「俺達はその辺のごろつきとは違う。確かな素質を持って生まれて、あえてこの道を歩んだ」


 セレイナさんが二人を見上げていた。それから頬をぽりぽりとかいてから拍手をする。


「すごいわね! 魔術真解なんて私も至ってないのに! 恐れ入ったわ!」

「おーおー! 勝てねぇと見るや、煽てて降伏かぁ?」

「自分の魔術に答えを出すって簡単じゃないのよ。それなのにあなた達は出した。ホント、すごいわ」

「おーおー! グンダムよ! こいつ、俺達にびびっちまったようだぜ!」


 セレイナさんが?

 たとえ相手が王族でもお酒を片手に持っておちゃらけてそうな人だし、とてもそうは見えない。

 だけど二人は気をよくしている。なんだかなぁ。


「さっそくだけど、その力を見せてもらえないかしら?」

「おーおー! じゃあ、望み通り見せてやるぜ……ただしッ!」


 クルートが氷の拳をセレイナさんに叩きつけた。

 衝撃で僕達が吹っ飛びそうになるけど、ドーム状の硬魔石で難民の人達はしっかりと守ることに成功する。

 セレイナさんが心配だけど、クルートの氷の拳が綺麗に割れていた。その隙間にちょうど黒い靄をまとったセレイナさんがいる。


「なぁッ! なんで!」

「闇の魔術デクレード。魔界の瘴気と同じ性質を持つこれに近づいたら、大体の物質や生物は劣化する」

「ま、魔界の瘴気……。ウソだろ? そんなものが、この世に……」

「あら、少しは勉強してるのね。そうよ、過去にはこれが噴き出したせいで一帯の動植物が死滅したことがあったらしいわね」


 クルートの氷の拳から先がどんどんひび割れていく。

 溶けるわけでもなく、何かの病気みたいにボロボロと表面から破片が剥がれ落ちていった。


「うわあぁぁぁ! 俺の、俺の腕がぁ!」

「それがあなたの魔術の答え? すごいわね。その程度があなたの限界なの?」

「ど、どういう、ことだぁ!」

「魔術真解は自分の魔術の限界を決め打ちすることでもあるの。つまりあなたは氷の巨人になることが限界だということ。言っておくけど、それ……」


 セレイナさんがセリフを言い終えると同時に氷の巨人が崩れ落ちた。

 元の姿に戻ってやせ細ったクルートが出てきて、そしてばたりと倒れる。


「変身前より弱いわよ?」


 残されたグンダムが完全に身動き一つしない。セレイナさんがちらりと見上げると後ずさりさえした。


「こ、こんな、ことが……。俺達は魔術の真の解に行きついたはず……」

「あなたのそれも岩の塊に過ぎないわね。降参する?」

「ふ、ふざっ……ふざけるなッ……! クソォォォッ!」


 グンダムが岩の足を踏み下ろそうとするけど、ユウラが飛び蹴りが直撃した。

 岩の破片が盛大に飛び散り、グンダムが膝かっくんしてバランスを崩して巨体を倒す。


「うがぁぁぁ! な、なんだ、この威力は!?」

「うるさい」

「ぐおぉっ!」


 倒れたグンダムにユウラが容赦なく蹴りで追撃する。

 蹴りであの大岩の化け物を倒すって。やっぱりユウラを怒らせないほうがいいんだね、うん。

 と、怖がってばかりもいられない。僕だって少しはやれるってことを見せてあげたい。

 そのほうが難民の人達も安心できるだろうからね。


「魔石生成……突魔石……! ロンギヌスッ!」


 グンダムの真上に生成した巨大な突魔石の槍が落下した。それがグンダムの腹をぶち抜いて地面に突き刺さる。

 岩の破片が飛び散ると共に二発目、今度は足を狙って落とした。


「ぎゃあぁぁ! なんだこれ! なんだこれぇ!」

「大きいだけで強くなれるなら、僕だって出来るんだよ。ヒントをくれたのはお前達だ」

「や、やめてくれッ……! ま、魔力が、ァ……!」


 グンダムの姿が岩の巨人から人に戻っていく。

 戻ったグンダムに突き刺された外傷はないけど、すでに起き上がる気力すらないように見えた。

 セレイナさんがグンダムの顔の前で手を振っても反応しない。


魔力欠乏マナバーンね。極端な魔力の減少は魔術師にとって致命傷になり得る」

「じゃあ、死んだんですか……?」

「まとっていた魔力のおかげでギリギリ一命を取り留めた感じよ。魔術師は瀕死になると魔力を使って生存を優先するの。それで使い果たした感じね」

「そうなんだ……。でも、魔術真解かぁ」


 つまり魔術師にとって魔力が尽きることは命を失うことに等しいと教えられた。

 僕には魔術の属性適正そのものがない。だから理論上は僕が魔術真解に到達するのは不可能だ。そう考えると、少し悔しい。

 ここで気絶している盗賊みたいな二人はこれでも魔術の適正と魔力には恵まれていた。なんだかもったいないな。


「さ、リオ君。こいつらを適当な魔石で拘束して。近くの町に突き出せば、たっぷりと賞金をもらえるわよ」

「そうですね。後は法に任せましょう」


 この後、王国の柱団は硬魔石で生成した拘束具でしっかりと捕えた。【衰弱状態】の付与をした魔石だから、力づくでも壊せないはずだ。

 これから最寄りの町に寄って、この人達を引き渡さなきゃいけない。

 当初の予定通り、ドルファーさんには難民の人達をイムルタに案内してもらうことにした。

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