第31話 水の魔術師
セレイナさんの酒造所の話は集落中に広まった。皆、お酒なんて十数年ぶりということで大喜びの乱舞状態だ。
行商人が訪れなくなった影響でこの集落にはとにかく物がない。
だから少しでもお酒みたいな趣向品が増えるのはありがたい。というわけで、すぐに酒造所のところまで道を作って塀で囲んで集落と繋げた。
途中にある余った土地もしっかり整地して、これでまた集落が広くなったと思う。
現在、集落の人口は55人。当初は20人くらいしかいなかったけど賑やかになってきた。それに伴って畑の拡張もしたりとなかなか忙しい。
食料は湖の魚もあるから今のところ足りているけど、人が増えるなら畑を耕す人員が必要だ。
そこで前にセレイナさんが言っていた人員補充の手段を実行することにした。
そのためには町から逃げ出す人達を狙って難民狩りをしている盗賊の討伐をする。
メンバーは僕、ユウラ、セレイナさん。敵が魔術師なのはほぼ確定だけど、今回はドルファーさんだけ来てもらっている。
もし盗賊を捕まえたら、僕達は引き渡さなきゃいけない。その時にドルファーさんに難民の人達をイムルタに案内してほしかった。
今は街道から少し離れたところで張っている。
「盗賊狩りはお金にもなるのよ。とっ捕まえて近くの町に引き渡せばガッポリ儲けられるの」
「なるほど。お金も大切ですけど、まずは難民の皆さんを助けましょう」
「あーお高い賞金首でもこないかなー?」
はぐれ魔術師の中には懸賞金をかけられている人もいる。
そういう人を捕まえればたくさんお金がもらえるんだけど、今の目的は難民保護だ。
街道沿いをパトロールするように僕達は歩き続けた。
すると数十人規模の難民らしき一団が歩いている。荷物が載せられた滑車を引いているし間違いない。
「すみません! 失礼ですが難民の方々ですか?」
「君達は?」
僕は難民の人達に声をかけた。
話を聞くと前に保護した人達が住んでいたアイグスの町から逃げてきたとわかる。
町長の圧政がひどくて住めなくなったから移住を考えていたみたいだ。ただし前回と違って今回は護衛の魔術師がいる。
なんと水の適正【極】の魔術師だ。適正【極】なんて引く手も数多の魔術師なのに、この人が逃げてきたにはちゃんと理由があった。
水の魔術師イルミーアさん。褐色肌で勇敢な女性魔術師という印象だ。
なんでも町長お抱えの魔術師として働いていたけど、大ケンカして出てきたらしい。
前から折り合いがついてなかったらしいんだけど、町長はイルミーアさんへの給料支払いを渋ってイエスマンの魔術師ばかりで周囲を固めてしまう。
それに加えて圧政が本格的になってきたところで辞めて町を出てきたと話してくれた。出るわ出るわ、愚痴の数々が。
「あのハゲ、アタシのおかげで前もポイズンヒドラに殺されずに済んだくせに! しかも手まで出してきやがって! きもいんだよ!」
「そ、それは大変でしたね……。手まで出してきたってまさか殴ってきたとか?」
「……ま、ボウヤには早かったね」
よくわからないけど、町長がとにかくひどい奴だというのはわかった。
それは一定の魔力と魔術を持たない、もしくは社会的貢献していない人達を区分けするというものだ。
そうみなされた人達は区画整理した上で、いわゆるスラム街みたいなところに押し込まれる。
その上で買い物なんかも店の利用を制限されて、日常生活にも支障をきたしていると話してくれた。
ひどい話だと僕は怒ったけどセレイナさんによれば、こういうのは各地で起こっているらしい。
魔術至上主義が浸透しているせいで、これからも今まで以上に非魔術師への締め付けが厳しくなる。
特に王都から離れた中堅規模の町では町長と領主が結託して不正行為が横行しているなんてことも珍しくない。
そのせいで町長が異常な権限を持っていることがあるみたい。だから大きな治療院を立てたりして、好き勝手にできるんだと納得した。
「それでイルミーアさんはこの人達を護衛して、どこへ行くつもりですか?」
「国境越えを目指そうと思ってるんだけどね。まぁ一筋縄者いかないだろうねぇ」
「じゃあ、イムルタの集落に来ませんか?」
僕はできるだけリーバズの集落の魅力を説明した。
その中で湖による資源について話した時、イルミーアさんが食いつく。
「そりゃ珍しいねぇ! ぜひ見せてほしいね! あんた達はどうだい?」
イルミーアさんが難民の人達に呼び掛けるけど、さすがに誰もすぐには反応しない。
どよめいた人達が僕達を訝しんでるように見える。だけどここでセレイナさんが説得してくれた。
国境まで行ってもまず通してくれない上に、越えられたとしても隣国も大して変わらないこと。
イムルタの集落には風呂やキッチン、児童施設まで完備されているから下手な町より居心地がいいこと。お酒があること。イムルタの魅力をたっぷりとアピールしてくれた。
「とまぁ、発展途上ではあるけどね。どう?」
「本当ならぜひお願いしたいところだ」
「児童施設は確かにありがたいねぇ」
「酒かぁ……」
難民の人達が次第にイムルタに対して、好意的な印象を持ってくれた。
まだ少し疑っている気もするけど、来てもらえればきっとわかってくれる。
これで決まりだとばかりにイルミーアさんが手を叩いた。
「よし。じゃあ、行こうか。それにアタシは湖が気になってねぇ。それに比べて、最近の海はひどくなってきたよ」
「ひどいというのは?」
「魔術革命の影響で、海に廃液を垂れ流されて海産物にも影響が出ていてね。まともな海産物が採れなくなっているところもあるんだよ」
「それはひど……」
突然、僕達の周囲めがけて巨大な氷柱が飛んできた。
氷柱から少しずつ地面が凍り付いて、僕達の足元を完全に固める。これはまさか魔術師?
「おーおー! 凍っちゃってつらら、てかぁ?」
「奇襲なら徹底してやれ、馬鹿が」
現れたのは二人の魔術師だ。それだけじゃなく、後ろからゾロゾロと他の手下らしき人達もやってくる。
この前の盗賊達とは違って、たぶん全員が魔術師だ。それぞれが片手に得意な属性魔術をまとわせて、見せつけていた。
「魔術師相手はさすがに任せるぜ……」
「ドルファーさんは難民の方々をお願いします」
ドルファーさんは武器を構えながら、魔術師を睨み続けた。
やっぱり魔術師には思うところがあるのかな。セレイナさんが目つきを変えて、魔術師達の前に立つ。
「あらあら、こんなにはぐれ魔術師が出ちゃったのね。寂しいご時世ねぇ」
「おーおー! いきなりヒヤッとくる皮肉だねぇ! 俺達、別にはぐれてなくてね? いわゆる王国魔術師団の別動隊ってやつ」
「どうせ非公式でしょ? 見るからに統率がとれてないもの。そうね、差し詰め『王国の柱団』ってところかしら?」
「おーおー! 冷えるねぇ! 俺達も有名になったもんだ!」
王国の柱団。
セレイナさんによれば何らかの理由で王国魔術師団にも入れず、それでも愛国心を捨てられない人達が結成したならず者の集まりだ。
国の為と言いながら正義が暴走して過激な行為を平然とする集団として有名らしい。
ローブに王国のシンボルを刻んでいるから、人によっては本物の魔術師団だと間違えることがある。
なんて人達なんだと思うけど、セレイナさんは舌なめずりしていた。
「よかったわぁ。あなた達、すんごい懸賞金がかけられてるんだもの。稼いじゃおうかしら」
「おーおー! 冷めるようなこと言ってくれんなぁ? グンダム!」
「これが若さか……。クルート、難民以外は始末するぞ」
難民達から悲鳴が上がった。
僕達が殺されたら何をされるかわからないんだから当たり前だ。
僕はこの状況を打開するために、とある魔石を生成した。こっそりね。
「おーおー! すでにお前らは身動き一つとれねぇんだからよ! 大層な口を利かないほうがいいんじゃねえか?」
「クルート様、ここは私にお任せください」
「おーおー! 冷めてないねぇ! よし、カキーユ! お前の水の魔術を見せてやれ!」
「ハッ! ウォーターフォールッ!」
カキーユが頭上に水球を生成して、そこから勢いよく水が滝のように放たれた。まずい。流される前に――。
「練度が低いんだよ」
それはより大きな滝のような水にかき消されてしまう。
イルミーアさんだ。あの人の周囲に、竜のごとく水がまきつくように流れている。
カキーユが放った滝のような水がすべて飲み込まれて、イルミーアさんが自在に操っていた。
「はぁ……。あんた、適正はたぶん【中】だけど全然なっちゃいないよ」
「なっ! あの女、この俺の適正を当てただと!」
「水の魔術の強みは何さ。敵にぶつけるだけなら地属性だって同じことができる。やるならせめてこれくらいはね」
「はっ……!」
カキーユの周囲に飛び散った水滴が次第に一か所に集まる。
水の塊がカキーユの口と鼻をふさいで、一気に体の内部に流れこんだ。見えない水しぶきを一ヶ所に集めるなんてすごすぎる。
「がぶぶぼぼぼぼぼががっ!」
「あんたを黙らせるだけなら、これだけの水で十分さ」
「が、ごぼ、ぼ……」
「ま、殺したりはしないよ。あんたみたいなのでも、裁かれた上で無期限労働者として役に立つだろうからね」
そう言ってイルミーアさんはセレイナさんにウインクした。セレイナさんも親指と人差し指でグーと意思表示している。
この二人は歳も近そうだし、もしかしたら仲がよくなるかもしれない。
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