第30話 それは百薬の長

 ドルファーさん達がコソコソと集落から離れていく。門を抜けてから森の中へ入り、近づくにつれて変な臭いが漂ってきた。

 なんていうか鼻から頭の中まで熱くなりそうな強烈な臭いだ。一瞬だけクラクラしちゃった。

 これはいよいよ怪しい。ドルファーさん達のことを信じたいけど、こんな変な臭いに釣られて歩いているように見える。


「リオ、あれ」

「建物がある……」


 森の中にポツンと立つ木製の小屋があって、屋根からはいくつかの煙突が突き出している。

 臭いはあそこから漂っていた。あんな小屋に何があるんだろう?

 ドルファーさん達、あそこで何をする気だろう? 隠れて見ていよう。


「いらっしゃい。来たわね」

「おう、今日も頼むぜ」


 小屋から出てきたのはセレイナさんだ。

 ドルファーさん達を温かく迎えた上に、顔が赤くなっている。

 うっとりとした表情で見つめられたドルファーさん達はごくりと生唾を飲んだように見えた。


「ユ、ユウラ。僕、ちょっと怖くなってきちゃった。セレイナさんって実はどういう人なんだろう?」

「行く」


 僕と違ってユウラは狼狽えない。

 ドルファーさん達が小屋に入っていったところで窓に近づいた。

 僕も急いで追いつくけど、窓の位置が高すぎて見えない。仕方ない。


「生成……重魔石」


 別に魔石の種類は何でもよかった。踏み台として作った重魔石に乗ると、中の様子が見える。

 小屋の中ではドルファーさん達がセレイナさんを囲んでいた。ドルファーさん達の目を見た時、僕は思わずゾクリとしてしまう。

 虚ろで視点が定まらないように見えた上に、顔が赤くなっていた。床に座り込んで笑っている。


「な、なに、あれ……。ドルファーさん達、どうしちゃったんだろう?」

「飲んでる」

「ホントだ……」


 ユウラが指した通り、ドルファーさん達はカップに口をつけて何かを飲んでいる。

 それを飲むたびにより顔が赤くなり、ゲラゲラと笑う。

 やっぱり僕には不気味に見える。あのカップの中に入ってる液体が得体のしれないものとしか思えない。

 一つ確かなのは、あれを飲むと顔が赤くなっておかしくなってしまう。

 しかも今、ドルファーさんが立ち上がってついに踊りだした。大声で歌まで歌っているし、しかもオンチ。

 いや、オンチなのは元から? そんなのどうだっていい。セレイナさんは一体何を飲ませたの? ここで踏み込むべきかな?


「そこで何をしてるのぉ?」


 窓から覗いている僕達の下へセレイナさんがやってくる。踏み台から下りて思わず後ずさってしまった。

 ドルファーさん達も気づいて、赤ら顔でふらつきながら歩いてきてなんだか不気味だ。そしてこの臭い、やっぱりクラクラする。


「リオ君じゃない。ついに見つかっちゃったわねぇ、ドルファーさん? あれほど言ったのに……」

「すまねぇ! ハッハッハッ! 仕事終わりで気持ちよくなっちまってなぁ! ハッハッハッ!」

「できあがっちゃってるわねぇ」


 できあがってる? セレイナさんは何を言ってるんだ?

 どうしよう。ここにきてこの人が信じられなくなってきた。

 セレイナさんは得体の知れない何かをドルファーさん達に飲ませている。

 ドルファーさんの様子も明らかにおかしいし、さっきからずっと笑っていた。

 しかもこの小屋だ。奥に見慣れない大きなタンクがある。

 そういえば思い出した。初めてセレイナさんと会った時もこんな臭いがした。

 つまり、あの時からすでに変なものを飲んでいた?


「セ、セレイナさん。一体何をしてるんですか?」

「はぁ……見つかっちゃったならしょうがないわね」


 セレイナさんがよっこらっしょとばかりに窓から出てきた。

 僕は距離を取って構えた。まさかセレイナさんと戦う? 嫌だ。嫌だけど、この人がそうするというなら。


「僕は……集落を守る!」

「はぁ?」

「セレイナさん、あなたが何を作っていて何を企んでるかはわからないけど……僕は」

「ちょ、ちょっとやめてよ。リオ君、あんまり笑わせないで……ププ……」


 セレイナさんがお腹を抱えて笑い出した。この人はどこまで僕を馬鹿にすれば――


「お酒よ」

「え?」

「ここでね。お酒を造っていたの」

「おさけ?」


 セレイナさんの発言に合わせてドルファーさん達が笑った。

 お酒ってあのお酒? あれ? それなら別によくない? 何してるの、この人?


「リオ君にちょくちょく製作依頼をしたでしょ? あれはここでお酒を造る装置に必要な部品だったの」

「あ……そういえば。包みたいな断魔石とか色々頼まれてましたね」

「あれを組み合わせて私がここに酒造所を作ったのよ」

「それだけですか?」

「それだけよ?」


 お酒って飲んだらあんな風になるの? ロシュフォール家のあの人達も飲んでいた気がするけど、詳しくは知らなかった。

 飲んだらドルファーさん達みたいにゲラゲラ笑ったり踊ったりするようになるのも知らなかった。

 気がついたらドルファーさん達が、お腹を出していびきをかいて寝ている。さっきまで起きていたのに。

 そこでセレイナさんがお酒を一杯、持ってきた。


「はい。これがお酒よ」

「うっ……! 鼻がツーンとします!」

「子どもは飲んじゃダメなのよ。お酒は二十になってから、ね」

「そんなものをセレイナさんが作っていて、ドルファーさん達も毎晩のように飲んでいたんですか?」

「ずっと前から建てていたんだけど、ドルファーさん達がお酒好きと聞いて張り切っちゃった」


 そこでセレイナさんは僕に酒造所を建てるのに必要なパーツを頼んでいた。

 ただ子どもの僕にお酒作りの手伝いをさせるのは気が引けたから、何を作るかは内緒にしていたらしい。

 事情はよくわかった。これは悪いことじゃないし、大人が好きなら作っていいと思う。

 でも僕は大人になっても絶対にこんなものは飲まないと言い切れる。そのくらい臭いがひどいし、クラクラするからね。

 僕はこれを作るなとは言わない。むしろ作ってほしい。


「セレイナさん。疑ってすみませんでした」

「ホントね。こんな素敵なお姉さんがナニをしたって言うのかしらね」

「は?」

「ごめん」


 少し気を許すとすぐこれだ。

 セレイナさんがコップに入った酒をちびちびと飲んでいる。

 ドルファーさん達のいびきが聞こえる中、僕は酒造所の中を見渡した。

 これだけの設備をセレイナさんが一人で作ったことに今更ながら驚く。


「セレイナさん。引き続きお酒作りをお願いします。ドルファーさん達も楽しそうに飲んでいたし、楽しみが一つ増えるのはいいことです」

「まっ! 嬉しい!」

「ただし、やりすぎないでくださいね? どうもそれを飲むとドルファーさん達みたいにおかしくなりそうですから」

「これが気持ちいいのよ。でも、ありがと」


 セレイナさんへの誤解が解けてよかった。

 いい加減な人だけど、害があるようなことはしない人だと改めて思う。

 お酒を造るのに必要なものはこの集落にあるものでいいらしくて、発酵させて作っていると教えてくれた。

 もしこの集落が有名になったら、一つの産業になるかもしれない。そのためにはやっぱり養殖なんかもできるようにしたい。

 あともう少し人が集まれば、集落から村と呼べる規模になるはず。


「う……飲みすぎちまった……」

「ドルファーさん。大丈夫ですか?」

「お、ボウズ……見つかっちまったのか……。なんだか気分が……うっ!」

「え?」


 その時、大惨事が起きた。僕はまだお酒の恐ろしさを知らなかったんだ。飲み過ぎると、どうなるか。

 翌日、ドルファーさん達は二日酔いとかいうものになって訓練は中止になった。

 こういうことになるなら、やっぱり禁止にしたほうがいいのかな?

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