第29話 養殖は難しい?
「こ、これはウヌギ! こんな珍しい魚が生息しておったとは!」
集落の長に釣ってきた魚を見せると大騒ぎだった。
ほとんどが貴重な魚ばかりで、中でも黒くて細長い魚はウヌギという名前らしい。
セレイナさんが言った通りで体の表面には毒があるけど、きちんと捌けば油が乗っていておいしく食べられる。
それを専用のタレに付け込めば更に濃厚な味わいになるらしくて、聞いているだけで涎が出そうになった。ユウラはすでに僕の隣で一筋の涎を垂らしている。
「ワシに任せろ。プロには及ばんが経験がある」
そう言って集落の長が腕をまくり、皆の前で裁いて見せた。
専用のタレは職人じゃないと作れないから、そのまま火で炙る。漂ってきた香りは生臭さがあるものの、この野性的な匂いがたまらない。
じっくりと焼き上げたウヌギを皿に取り分けて一口、食べると衝撃が走った。
「濃厚! 僕、これ大好きです!」
「そうじゃろ、そうじゃろ? 今ではすっかり捕れなくなった高級食材じゃからの。それにこれを食べれば精がつく」
「精がつくって?」
「暑い日もばてずに乗り切ることができる。遠い島国では夏にこれを食べるのが習慣になっているそうじゃな」
そんな夢みたいな国があるんだ。確かにこの独特な味はどこか力強い印象がある。
焼いただけでこんなにおいしいんだから、専用のタレがあったらどんな味になるんだろう?
それからウヌギを試食した皆が口々に絶賛する。ドルファーさん達やティニーも気に入ったみたい。
「リオ、俺も行くからさ。もっと釣ってこようぜ」
「ティニー、あそこは結構危ないんだよ。手足が生えた魚が襲ってくるし、釣りも命がけだからね」
「なんだそりゃ?」
「たぶん魔物だと思うんだけどね。あんなの見たことも聞いたこともないよ」
ドルファーさん達に聞いても、そんな魔物は知らないと言う。似た魔物はいても手足なんか生えていないし、そこまで強くないという話だった。
あの巨大魚の魔物はユウラの攻撃にも耐えていたし、かなり強い。
そこでセレイナさんが紙にさらさらっと描いたのは、あの巨大魚だ。
「これ、誰も知らないでしょ? たぶん突然変異か何かだと思うのよ。長年、誰も手をつけてなかった場所だから独特の進化を遂げたんだと思う」
「セレイナさん。それじゃ他にもあんな魔物がいるかもしれないんですか?」
「否定できないわね。あの湖を使いたいなら、確かに命がけよね」
「うーん……。僕も何度もあんなのと戦いたくないなぁ」
ウヌギをほおばりながら僕は考えた。あんなに大きな湖にたくさんの資源がありながら、そこには凶悪な魔物がいる。
森にも魔物はいるけど今のところ、そこまで強いのはいない。
だけどあそこは湖、釣りをしている時に襲われて水の中にでも引きずり込まれたら終わりだ。
それどころか手足を生やして地上でも戦えるメチャクチャな巨大魚がいる。
考えている最中、ふと遠くを見るとウォータースライダーが目に入った。滑り降りた先にあるのは水が溜まったプール。あ、これはもしかして?
「あの、長さん! ウヌギって育てて増やせないんですか? 鳥や牛だってそうしてますよね?」
「む? それはどうじゃろうな。いやしかし、魚の養殖か……」
「あの湖だって水だし、同じ環境を与えてあげれば育つと思ったんです」
「確かに同じ環境であれば繁殖するかもしれん」
プールを作ってそこにウヌギを放流して餌を上げれば育つんじゃないかな?
でもいきなり実践するのは怖い。もっと知識を深める必要がある。
「セレイナさん。知恵を貸してくれませんか?」
「え? さすがにお魚さんの養殖はどうかしらね。私、お魚って骨が多くて食べにくいから好きじゃないし……」
「そうでしたね。聞いてすみませんでした」
「ごめん! 真剣に考えるから!」
食べにくいとか言いながら、この人はウヌギをもりもり食べている。
きちんと骨抜きをされているからだろうけど、言った傍からどの口で食べてるんだろう。
「じゃあさ、そういうことに詳しい人を招待するしかないわね」
「魚の養殖に詳しい人ですか。確かにそれがいいかな……。でも来てくれるかな?」
「リオくーん。今、この集落にいる人達はどこからきたのかなー?」
「えーと……。確か他の町から……」
「そっ! だったらそのうちまた現れるわよ!」
ティニーが元々いた町では大きい治療院が出来て、小さい治療院に人が来なくなった。
ドルファーさん達は魔術師達が台頭したせいで仕事がなくなった。
この国の至る所で何かしらの事情で町にいられなくなって出ていく人がいる。
セレイナさんはそういう人達を招待すればいいとアドアイスしてくれた。そのためには住む家や土地、食料がもっと必要だ。
漠然としたプランだけど、何も焦る必要はないはず。その時がくるまでやれることをやろう。
そうと決まったらまずは土地を広げるために森林伐採してからの開拓だ。今回は民家を数件、建てられる土地を確保する。
ユウラやドルファーさん達にも今日から手伝ってもらった。
ユウラは相変わらずものすごいバイタリティで木を切り倒していく。ドルファーさん達は倒木をまとめて木材へ運んでいくという流れだった。
襲ってきた魔物はしっかりと討伐して、食材や素材にできるものはしっかりと確保。
忙しい日々だけど、太陽の光を浴びながら汗を流すのはとても気持ちいい。
日が落ちる前に作業を終えて、それぞれ家に帰っていくのだけど――。
「ドルファーさん達、どこへ行くんですか?」
「おっと、いけねぇ。道を間違えちまった。こっちだったな」
ドルファーさん達が一瞬だけ集落とは違う方向へ向かおうとした。
おかしいなと思いつつも、しっかりと家に帰っていくのを見届けたからまぁいいかな?
でも気になる。信用していないわけじゃないけど、僕に何か隠してるような気がした。
「怪しい……」
「リオ」
「わっ! ユ、ユウラ」
「怪しい」
ユウラが指した方向を見ると、コソコソとどこかへ向かおうとするドルファーさんがいた。
他にも副隊長のハーデルさんを始めとした大人達が同じ方向へ向かう。もうすぐ夜がくるのに何をするんだろう?
ドルファーさん達には悪いけど、つけてみよう。
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