第28話 水産物の穴場
児童施設が運営を開始して、大人達は安心して仕事に出られるようになった。
運営を任されたのは大工のグラシオさんの奥さんであるエイダさんだ。
これがものすごい怖、いや。勢いがある人でグラシオさんも頭が上がらない。
なんでもグラシオさんが言うには肝っ玉かあちゃんらしく、教育や子どもの面倒を見る上では心配ないと言ってくれた。
その他、数人ほど児童施設で働いてくれるらしい。これで子ども達はのびのびと遊んで暮らせるはずだ。
と、安心してばかりもいられない。以前、見つけた大きな湖が気になっていた。
この湖、かなり広くて対岸がほとんど見えない。この前、試しに一周してみたら二日以上かかった。海かと思うほど広いけど、湖なのは確認済みだ。
「セレイナさん。湖に行きたいので一緒に来てくれますか?」
「水着を持っていけばいいのね」
「違いますよ。あそこは魚なんかの海産物が豊富なんです。だから何としてでも確保したいんですよ」
「お魚ね。じゃあ釣りでもする?」
「はい。もちろんユウラも一緒です」
あの湖では魚がたくさん元気に泳いでいた。かなり大きい規模だし、少しずつ手探りでやってみようと思う。
集落の食料に魚が加わるなら、食事事情がかなり豊かになる。何より栄養価が高い。
そのために集落の人達が持っていた釣り道具を借りてきた。昔は川で釣りをしていたらしいけど、魔物が増えたせいで誰もやらなくなったみたい。
川に魔物がいるなら、この広大な湖にもたくさんいるはず。
「ユウラは釣りをしたことある?」
「ない」
「セレイナさんはどうですか?」
「ないわねー。お魚って釣らないと食べられないし、よくやるわ。骨のせいで食べるのも面倒よねー」
「漁師に謝ってください」
相変わらずこの人はどうしようもない。それでも魔術の腕はあるから、いざという時には頼りにしている。
湖にはどんな魔物が生息しているかわからないから気が抜けない。
さっそく釣り道具を出して準備を始めた。教えてもらった通りに餌の乾燥肉をルアーにつけて、と。
「じゃあ、これを湖に投げ入れて……と」
「やってみようかしらね。それ!」
僕とセレイナさん、そしてユウラが釣りを始めた。これで魚が食いついたら竿を引けばいいと教わっている。
本当は経験者として集落の長あたりに来てほしかったけど、危険な場所だから遠慮しておいた。
しばらく経つとさっそく竿がぐぐっと水面に向かって引かれる。
「リオ君! きてるんじゃない?」
「えぇいっ!」
竿を引くと、一匹の魚が食いついていた。
元気よく跳ねるその魚を観察したけど、さすがに種類や名前まではわからない。
手頃なサイズで、食べられるとしたら一人分くらいかな?
「ふーん。この湖、本当に穴場ね。見て、この魚。毒もないし、栄養価も高いわ」
「セレイナさん、わかるんですか?」
「黒い靄が一切見えないから少なくとも毒ではないわ。害があるとそういうものがまとわりついてるからね」
「それって闇の魔術に関係してます?」
「鋭いわね。闇を扱う人間にそういう誤魔化しは効かないわ。もちろん適正にかまけず、がんばらないといけないけどね」
セレイナさんの話によると適正が【極】で尚且つ昇華させれば、属性に応じた特性が得られるらしい。
例えば風属性の適正が【極】なら風の動きで天気がわかったり、遠くにある生物の位置や建物の配置もわかる。
ただしそれにはきちんとした学びと修業が必要で、適正に恵まれてもそこが疎かだと身につかない。
聞けば聞くほどすごいと思った。セレイナさんが。普段はふざけていていい加減な人だけど、努力をしっかりとしている。
自分への評価や環境に腐らず、魔術を磨き続けたセレイナさんを僕は尊敬した。もちろん絶対に言わないけどね。調子に乗るからね。
「僕もがんばらないと……」
「リオ君は十分、がんばってるでしょ? 自分で気づいてないみたいだけど、メキメキと魔石術の腕が上がってるわよ」
「そう、かな?」
「たぶん魔力の総量だけなら私より上だし、何より大小問わずあれだけの建築素材を作り出せる集中力がすごい」
「確かにずっと集中してやっていたような? ティニーにも言われたっけ」
「魔術師の中で長時間、あれだけ魔術を行使できる奴なんてほとんど……いえ、まずいない」
セレイナさんが二の腕をさすった。寒いのかな?
セレイナさんほどの魔術師にこんなに褒めてもらえるなんて、それだけですごく自信がつく。
確かに僕は魔術適正に恵まれなかったけど、今は誇りにさえ思う。だって、この魔術があったから皆を助けられたんだから。
「さ、また竿が引いているわ」
「ホントだ。えぇいっ!」
今度はさっきとは違う魚だった。細長くてぬるっとした変な魚だ。
うねうねとしたその魚を掴もうとすると、ぬるっと手から抜ける。
「これは体の表面に微量な毒があるわね。でも中身は新鮮できっとおいしいわ」
「て、手を洗わないと!」
本当に色々な魚がいるんだなぁ。
釣りを続けていくうちに、セレイナさんによればここは宝の山だという。
これだけ色んな魚が生息していて、大量にとれる場所なんてなかなかない。
確かに湖というよりもはや海に見える広さだから、生息している魚の数や種類も多いはず。また一つ、いい場所を見つけてしまった。
と、感心しているとユウラが流れ作業のごとく次々と魚を釣り上げている。冷魔石ボックスが埋まるほどの勢いだ。とても初めての釣りとは思えない。
「また釣れた」
「ユ、ユウラ。連続ですごいね……」
「釣れた。釣れ釣れ釣れた」
「つれつれつれたんだ……」
リズムよく釣り上げるユウラに思わず見とれてしまった。
おっと、いけない。僕も負けてられないぞ。また竿が引かれるけど今度は重すぎてなかなか釣り上げられない。
「うぅううぅ……!」
「リオ」
「ユウラ、ありがとう……せーのぉッ!」
ほぼユウラの力だけで釣り上げたそれはグロテスクで巨大だった。
本で読んだ古代魚みたいな風貌だ。その巨大魚がぎょろりと瞳を動かして僕達を捉える。次の瞬間、信じられないことが起こった。
「手、手足が生えた!?」
「きもっ!」
巨大魚が地上に落ちる前に手足がずぼっと生えた。そして器用に動かして、僕達に迫る。
さすがのセレイナさんも気持ち悪がっているし、僕も気持ち悪いと思う。
ユウラが駆けだして爪の一撃を食らわせると、巨大魚はノックバック。
だけど後ろ足で体を支えて転倒を防いだ。なんなの、あの生き物!?
「ブラックホール!」
巨大魚が口から水鉄砲を放つと、セレイナさんが黒い靄みたいなものを出現させた。水鉄砲が黒い靄に吸い込まれていく。
それからユウラが側面から蹴りを入れて吹っ飛ばすそれでも。巨大魚はのっそりと起き上がる。
「タフねぇ……。ウィーク! アーンド! サクション!」
巨大魚が弱体化した後、セレイナさんのサクションでみるみるうちにしぼんでいく。
それでも地上にかじりつくように、しぶとく向かってきた。
「生成! 重魔石! ヘビージェイルッ!」
巨大魚にまとわりつくようにして重魔石を生成した。
巨大魚はさすがに重さに耐え切れず、重魔石に潰されるようにしてうつ伏せに倒れる。
ぴくぴくと痙攣した後、ようやく動かなくなった。
「リ、リオ君。すごいわね。あの魚に直接、魔石を生成するなんてねぇ」
「まぁ動いている相手に成功させるのは無理かなと思います。それに今のはちょっと自信ありませんでした」
「じゃあ、なんで成功したの?」
「セレイナさんに褒められて、僕も元気が出ましたからね。こう、やってやるぞって気持ちになりました」
「魔術の成長は心の問題でもあるっていうけど……。そうやってお姉さんを垂らし込んでぇ!」
セレイナさんが僕を抱き寄せた。悪い気はしないけど、なんだか恥ずかしい。それに柔らかい感触が。
なんだか冷たい視線を感じる。それも突き刺さって貫通しそうなほどの視線。これはまさか――。
「わっ! ユウラ!」
「ぎゅっ!」
「いだだだだだだっ!」
ユウラが僕をセレイナさんから引きはがすと、とんでもない力で抱きしめてきた。痛すぎて骨が折れる!
「ははは離して痛い痛い!」
「む」
「あぁ痛かった……」
離してくれたものの、ユウラのふくれっ面が収まっていない。
セレイナさんの真似をしたのかな? それにしてもすごい力だ。あんな万力なら、そりゃどんな魔物だって怖くない。
おかげで僕の体はあの細長い魚みたいにウネウネになったかも。
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