第27話 フレオールの屈辱

「フ、フレオール様だ……」

「純度が低い魔石を納品して王様を怒らせたんだって……?」

「シッ! 聞こえるぞ!」


 俺、フレオールは久しぶりに王立エイクラム学園に登校した。

 以前であれば女子生徒が黄色い歓声を上げて俺に群がってきたものだが、今はどうだ。

 なぜかわからんが、ロシュフォール家の失態が学園にまで広まっている。

 ここは多くの貴族が通う国内でも屈指のエリート学園だ。

 高貴な血筋と高い適性を持って生まれて当たり前の貴族が、更に己の魔術の腕を磨くために入学する。

 魔術師の地位として最高峰の宮廷魔術師となるための登竜門であり、卒業がステータスとなるのだ。

 当初はあのリオも入学させる予定だったが、父さんの意向で取りやめになった。

 当然だ。ここは選ばれた一部の人間のみが立ち入ることが許される、いわば聖域に等しい。あんな愚弟に足を踏み入れる資格などないのだ。

 そんな場所で俺達が噂になっているということは、王族から漏れたに違いない。

 情報源はあのメルティナ姫か? いや、今はそんなことはどうでもいい。

 問題なのは誰一人として俺に近寄ってこないことだ。どいつもこいつも、まるで害虫を見るかのような目だ。俺がそいつらに顔を向けると散って逃げていく。

 まぁいい。どこへ行こうと結局は実力の世界。俺の力を見せつければ、奴らも考えを改めるだろう。


「よう、お前ら」

「あ! お、おはよう、ございます……」


 俺が教室に入った途端に静まり返りやがった。

 いつもは群がるようにして俺に挨拶をする奴らがなんて態度だ。顔を反らしやがって。少し頭にきちまったかな。

 ここは成績分けによって最上位となった中等部二年のAクラスだ。

 実力こそがすべてのこの学園において、その中でも俺はトップクラスの成績を誇る。

 つまりこの俺をないがしろにしていいのは俺以上の実力を持つ奴だけだ。それをこいつらもわかっているはずなんだがな。


「おい。声が小さいんだよ」

「すみません! おはようございます!」


 冴えないクラスメイトの男がようやく元気よく挨拶した。だが他の奴らは席に着いたままだ。

 こいつら、何か勘違いしてないか? 確かにロシュフォール家は国王を怒らせた。

 だが、それでこいつらがロシュフォール家より上に立つかとなればそんなわけない。

 ついこの前まで俺にすり寄ってきたブスども。俺にヘコヘコしてきた男ども。いい度胸してるな。

 まだ国王からは何の処分も下っていない。つまりロシュフォール家は健在なんだ。


「あーあ、なんか辛気くせぇ朝だな。ところで今日は術戦の実戦授業があったよな?」


 俺がそう言うと、クラスメイトの何人かがビクリと体を震わせた。

 それはそうだ。俺に逆らったり気に入らない奴はすべて痛めつけてきた。

 つまり今、俺をないがしろにすればどうなるか。


「ま、覚えとくわ」


 そう呟いて席に着いた時だ。


「おはようございます!」

「フレオールさん! 今日も素敵です!」

「私、今日はフレオールさんとお昼をご一緒したいです!」


 次々とクラスメイトが立ち上がって俺に群がってくる。そうだ。最初からそうすりゃいいんだよ。

 お前らの役割は俺のようなエリートを持ち上げて、引き立て役になることだ。

 それが生まれた時からのお前らの宿命なんだよ。人は生まれでほぼすべてが決まる。

 それを教えてくれたのが父さんと母さんだ。同じ貴族でも下級となれば、ほぼ平民と変わらない。

 パーティでは必死に俺のような上級貴族に媚びへつらって、なんとかしがみつかなきゃいけない。

 そうだ。何も恐れることはない。俺はロシュフォール家の人間だ。

 国王も処分がどうとか言っていたが、ロシュフォール家が国にとってどれほど大切かはわかっているはずだ。

 一時的な怒りに身を任せてあんなことを言ったに違いない。

 その証拠に未だ処分なんてされてないじゃないか。そう考えると段々と自信がついてきたな。

 朝のホームルームが終わり、一時限目の魔術式学とかいう下らない授業が終わった後はいよいよ術戦だ。

 魔術師同士が腕を競うために、己の魔術をぶつけ合う。これが術戦と呼ばれている。

 学園内にはいくつか訓練場があり、今日はその一つで術戦の実戦授業をやることになっていた。

 担当教員がやってきて、咳払いをしてから話し始める。


「術戦のルールは把握しているな? 先行、後攻を決めて交互に魔術を放つ。この時、回避したり防御するのも自由だ。そして審査員によって加点される」


 その通りだ。昔は芸術点だの美しさだの加点要素があったが今は威力重視。

 高威力の魔術をぶっ放せる奴が勝つ。それこそが魔術における重要な要素だ。


「今日は私が審査員を行う! いいか! これは授業だ! 高威力の魔術は控えてもらう! 許可するのは下位魔術のみだ! 更に魔術結界により、威力がかなり抑えられているから安心したまえ!」

「はぁ!?」

「フレオール君、何かね?」

「授業でも本気でやらないと意味ないだろ!」

「これは授業だ。怪我人を出すようなことはさせられんよ」


 このクソ教員、だからお前は適性が【上】なんだよ!

 まぁ大半が【中】以下だから偉そうにしていられるけどな?


「怪我人が怖くて宮廷魔術師になれるかよ。温いこと言ってんじゃねぇ」

「フレオール君。君の適性は【極】だが、それ以前に多くを学ばないといけないのだよ。わかってくれ。それに君がいつもやりすぎるから対策は当然なのだ」

「うるせぇな。ガタガタぬかすならお前が相手しろや」

「そ、それはダメだ。私は教員だからな」


 怖気づきやがって。炎属性の適性が【極】の俺が何を学ぶって?

 どうも今日は朝からイラつくことばかりだ。このままじゃ俺の気が収まらねぇ。


「フレオール君。わかったら大人しく……ん? な、何をする気だね!」

「威力が抑えられてるんだろ? だったら思いっきりやれるよなぁ! フレアボォーーーール!」

「ぐああぁぁぁぁッ!」


 教員に俺の炎球が直撃した。威力が抑えられてるとはいえ、この教員程度なら十分だ。教員が焼け焦げてうずくまり、悲鳴が上がった。


「うわあぁ! 先生!」

「う、うぅ……」

「フ、フレオールさん……いや! フレオール! お前、いい加減にしろッ!」


 俺は面食らった。こいつは今、なんて言った? 朝、オドオドしながら挨拶をしてきた冴えない男だぞ?


「貴様……! 誰に向かって口を利いている!」

「あんただよ! フレオール! 今まではあんたが怖くて仕方なかったが、もうたくさんだ! 皆もそう思うだろ!」


 こいつの呼びかけを皮切りに、クラスメイト全員が俺を非難した。誰も俺を称えない。誰も俺を恐れない。なんだ? 何が起きている?

 この騒ぎが大きかったのか、聞きつけた他の教員達がやってきた。


「なんの騒ぎだ!」

「そこのフレオールが先生に魔法を!」

「なっ……!」


 教員、そしてクラスメイトが一斉に俺を睨んだ。

 こいつら、ふざけやがって。この俺に万が一にでも勝てると思ってるのか?

 教員の一人が呆れたようにため息を吐いて、俺の前へ来る。


「フレオール。あなたの退学が決定した」

「な、なんだと!」

「フレオールが何か問題を起こせば、即退学とする。陛下の命令だと、学園長がそう仰っていた」

「へ、陛下、が……」


 やられた。陛下は俺達の処分を考えていたのだ。

 陛下はすでに学園長と通じていた。退学だと? この俺が?


「フレオールの学園内での振る舞いに改善が見られた場合、処分を不問とすることも考える。ただし問題行動があれば即退学。それに伴ってロシュフォール家の処分を決定する、とな」

「クソ……クソォ! ふざけるな! 俺を、俺達をなんだと思っている! ロシュフォール家だぞ!」

「残念だ。しかし、あなた達のような魔術師が国の品格を貶めるのであれば、致し方ない判断だろう」

「そんな……ウソだ……」


 膝をついた俺の両脇を教員達が抱えるようにして訓練場の外へ連れ出す。この後、俺は正式に退学処分となった。

 ひどく事務的な対応であり、入学当初はあれだけ俺を持ち上げていた学園長ですらこれだ。

 学園を退学となれば、宮廷魔術師への道など完全に断たれる。

 後日、ロシュフォール家に下った処分はあまりに残酷なものだった。

 魔術伯の爵位返上及び一部商会との取引禁止。父さん、ランバルトは第三魔術師団の団長の任を解かれた。母さん、エリザは学園の理事長を解任。

 今まですり寄ってきた連中も手のひらを返してロシュフォール家とは距離を置く始末だ。

 なぜ、どうして。俺はもう何も考えられなかった。目の前が真っ暗となり、どうやって帰路についたかも覚えていない。

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