第13話 行き倒れの魔女

 ゴブリン討伐以降、僕達は定期的に集落の周辺をパトロールした。

 とはいってもそんなにすぐ魔物が襲ってくるわけでもなく、いつもただの散歩で終わっている。

 それでもこの辺りは自然が溢れているし、空気もいいから歩いてるだけで気持ちいい。

 ユウラも機嫌がいいし、平和が一番だなぁ。と、大きく背伸びをしたところで何かに気づく。


「ユウラ、あそこに誰か倒れてない?」

「いる」

「行ってみよう!」


 茂みに隠れるようにして、そこには人が倒れていた。

 金髪の女の人だ。魔術師のローブを羽織っていて、被っていたと思われる三角帽子が脱げている。そして片手に持っていたらしきビンが落ちていた。


「うっ!? な、なにこの匂い!」

「くさい」

「この人、どうしたんだろ!?」

「水」


 ユウラが集落まで走って、水を持ってきた。倒れている女の人の口に注ぎ込むと途端にせき込む。


「うげっ! ゴホゴホッ! ちょっとぉ、いきなりなにするのよぉ」

「い、生きてた……」

「あらぁ、かわいらしいお二人さん。どうしたの?」

「どうしたのってこっちのセリフですよ。なんでこんなにところに倒れてるんですか?」


 金髪のロングヘアーで、明らかに僕達より年上だ。集落のお姉さんと歳は同じくらいかな? だとしたら二十歳くらいか。


「んー、なんでだろ? 覚えてない」

「覚えてないって……。すぐ近くに村や町なんてないはずですけど……」

「あらぁ! 私、気がついたらこんなところに! やぁねぇもう。ところでボウヤ達はどこ住み?」

「僕達はあそこの集落に住んでます」


 頭をボリボリとかいた女の人がぼんやりとした様子で集落を見る。なんかまだフラフラしてるけど大丈夫かな?

 どうしてこんなところまで歩いてきたのかな? どういう人なんだろう?


「へぇ、こんなところに集落なんてあったんだぁ」

「とにかくここじゃなくて、集落に行きましょう」

「やーだぁ、こんな小さい子にエスコートされちゃったぁ」

「えすこーと?」


 言ってる意味はわからないけど、なんとなくよくないことを言ってるのはわかる。

 ユウラが面白くなさそうな顔をして、ジットリとした目がよりジットリとしてるんだもの。


                * * *


「へぇー! こんな田舎なのに家の中はまともねぇ!」


 思ったことをズケズケと言う人だ。きゃっきゃとはしゃいで、キッチンや風呂なんかを見て回っている。

 そして冷蔵庫を勝手に開けて中身を観察した。


「あの、お姉さんの名前は?」

「んー? セレイナ。ボウヤ達は?」

「僕はリオでこっちの子がユウラです。冷蔵庫はもういいですからこっちにきて話しましょう」


 セレイナさんが冷蔵庫からパッと離れて、テーブルの前に座る。

 あぐらをかいてるし、目のやり場に困るなぁ。女の人って皆、割とこんな感じなのかな?


「お姉さんはどうしてあんなところに倒れてたんですか?」

「それがねぇ、覚えてないのよ。確か酒場でオールで飲んでたところまでは覚えてるんだけど……」

「オール?」

「徹夜よ、徹夜。ムカつくことがあってね、それでやけになって酒場でお金をばらまいて客全員に奢ってやったの。それから私、どうしちゃったのかしら」


 言ってることのほとんどがわからなかった。

 徹夜で? お金をばらまいて奢った? この人、そんなにお金持ちなの?

 そもそもここから一番近い町でもだいぶ距離がある。徹夜でここまで?

 となると、この人の魔力と魔術は――。


「今度はボウヤのことを教えてね?」

「え? 僕ですか?」

「そうそう、ゆっくりとねぇ」

「ちょ、くっつきすぎ」


 セレイナさんがしなだれかかってきたと思ったらユウラに引きはがされた。

 ジットリとした目でセレイナさんを睨んでいる。空気を変えようとして、僕はこれまでの経緯を話した。ただしロシュフォール家のことは濁して。


「じゃあ、この家もリオ君達が建てたのねぇ! あの冷蔵庫とかキッチンとかお風呂も?」

「はい。少しでも住みやすくなればいいなと思って……」

「魔石術ねぇ……」


 セレイナさんは考え込んだ後、表情が明るくなる。


「こんな辺境の田舎ですごい魔術に出会ったもんだわ! おもしろっ!」

「お、おもしろっですか?」

「おもしろよ、おもしろ! 魔石を作り出せるなんて最強じゃないの!」

「さいきょーって!」


 セレイナさんが子どもみたいにはしゃいでる。

 僕の魔術を最強だなんて言ってくれる人がいるなんて。お世辞かもしれないけど、ちょっとだけ嬉しい。


「しょうもない魔術師と魔術ばっかりで嫌になっていたところなの。私の実家もそんな感じで、頭きて家出してやったのよ」

「家出!?」

「そーそー。私の闇魔術を認められないものだからさ。不吉だの悪魔だの散々罵られたわ」

「闇魔術……」


 それからセレイナさんの愚痴が凄まじかった。

 セレイナさんは自分なりに認められようとがんばったみたいだけど、家は光属性の家系だった。

 闇属性の適性が極だったせいで、セレイナさんは次第に両親から相手にされなくなる。

 それからは自分なりに稼いで遊びまわっていたらしい。

 そして酒浸りの日々を送っていたところでついに両親が怒り出したと話してくれた。


「あいつら妹ばっかり可愛がってるしさ。私は私であんな家でお世話にならなくてもやっていけるからさ。大体、魔術なんて色々あったほうが面白いでしょ? 

持て囃されるのはロシュフォール家の雷獅公とかそんなのばっかりだし……あれ? どうしたの?」

「い、いえ。確かに僕もそう思います」

「でっしょー! 『お前の闇魔術は不吉だ』と告げられた私、実はすべての属性を凌駕する最強の魔術師だった。って、思うんだけどねぇ」

「は、はぁ……。それでもう家には帰らないんですか?」

「うん」


 すごいキッパリと言い切った。それはいいんだけど、これからどうするつもりなのかな。もしよければ――


「んー……」

「どうしたんですか?」

「家の中、もう少しカスタマイズできると思ったのよねぇ。リオ君、私と付き合わない?」

「つき、あう?」

「めっ!」


 ユウラがものすごい速さで割り込んできた。元々よくわからない子だったけど、さっきからどうしちゃったんだろう? 

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