第4話 集落の食事情

「こ、この獲物は!?」


 ハンターウルフとバーストボアの死体の前で集落の人達が目を輝かせている。

 僕はハンターウルフ一匹ですら運ぶのに息切れしているけど、ユウラはまとめて運んでも涼しい顔をしている。

 あの大きいバーストボアなんか両手で掲げるようにして運んでいた。

 たぶん誰に説明しても信じてもらえないんじゃないかな? そしておじいさんが僕たちの前にやってくる。


「ふ、二人は何者だ?」

「ユウラは強化魔術の使い手ってだけじゃなくて格闘の技術も高いんです。ね、ユウラ?」


 当然のように返事がない。僕が刃魔鉄で作ったナイフでひたすら解体作業をしている。

 その手際のよさも思わず見とれるほどだ。次々と部位ごとに解体されていく。


「あ、そうだ。焼かないとダメだよね」

「しかし、ろくな炊事場がなくてな。近頃は行商人もこないから、火魔石も仕入れられん……」

「火魔石ですか。わかりました」


 ボロボロの共同炊事場にいくと火魔石だけの問題じゃなかった。

 鍋なんかの炊事道具がボコボコになっていて、少し穴が空いている。もちろんナイフなんかも錆だらけだ。


「生成……刃魔石、ナイフ。生成……焼魔石、鍋。生成……火魔石レベル一」

「レベル一?」

「はい、魔石には段階があって、例えば火魔石のレベルが低いほど生み出せる火力も小さいんです。炊事場に使うものならレベル一で十分ですよ」

「ほぉー、そんなこと気にしたことなかったのう」

「ここに来るまでに町のレストラン裏口から厨房をちらりと見たことがあるんですが、レベル3の火魔石を使ってましたね。あれじゃ火事になってもおかしくないです」


 細かいことを言えば、全部の魔石に純度がある。ユウラに持たせたノコギリや爪はレベル5、つまりマックスの魔石だ。

 だけど調理だとか生活に関わる魔石なんかは気を使わないといけない。

 暖房の魔道具に高レベルの火魔石を入れたせいで、何度も火災が起きていると本には書いてあった。

 魔石は便利だけど、特性をきちんと勉強しないと大変なことになる。


「これでよし、と。これで肉が焼けるはずだよ」

「どいて」


 ユウラが肉をもってきて焼き始めた。

 焼魔石は熱伝導率が高く、持ち手の部分は熱伝導率が低い魔石で覆っているから安心だ。

 集落の人達がそれぞれ家から皿を持ち寄ってくる。


「い、いい匂いだ……」

「まさか肉が食べられるなんてなぁ」

「涎が……」


 焼き上がったハンターウルフとバーストボアの肉が配られて、全員がかぶりついた。

 無言で頬張っているし、よっぽどお腹が空いていたに違いない。なんだか僕もお腹が減ってきたなぁ。


「肉汁が口中に……たまらん!」

「も、もう何も言えねぇ!」

「うまぁーーーいぃぃぃーーーーーぞぉーーーーーー!」


 集落の人達が踊り出しそうなほど喜んでいる。ろくに栄養も足りてなかったと思うし、これで元気になってくれたらいいな。


「リオ」

「うん? あれ、これ僕の分?」


 こくりと頷いたユウラが差し出したのは僕の分の肉だ。集落の人が気を利かせてお皿を用意してくれたみたい。一口、食べて少しの間だけ何も考えられなくなった。


「どうなの」

「え?」

「どうなの」

「おいしい、おいしいよ!」


 家出してからも魔物を狩って肉を食べていたけど今日ほどおいしいと思えたことはない。

 なんでだろう? ふとユウラの顔を見ると、すごい近かった。


「うわぁっ! な、なに!」

「別に」


 そう言ってユウラはまた調理に戻る。

 ビックリしたなぁ。考えてみたら僕はろくに女の子と会話したことがなかった。

 貴族同士のお見合いみたいなのはあるけど、僕にそんな相手はつけてもらえない。

 フレオール兄さんはお姫様との婚約が決まっていると自慢していたな。

 本来、ロシュフォール家の人間ならそのくらい高貴な血筋を残せるはずだと父さんに何度も怒られた。


「あ、いやいや……。なんで今、そんなことを? あれ、涙が……」


 気がつけば僕は泣いていた。家では硬いパンと塩スープだけで、いつもお腹を空かせていたことを思い出す。

 カビが生えたパンなんか本当にひどかった。カビが生えてない部分をちぎりとって食べてもお腹を壊したっけ。

 それでも誰も気づかってくれるはずもなく、ノルマが遅れたら殴る蹴るは当たり前だ。


「リオ君! こっちで一緒に食べないか?」

「僕も?」

「当たり前だろう。君は功労者なんだ。それに食事は皆でしたほうがおいしいだろ?」

「あ、ありがとうございます!」


 なぜか僕はひょこひょことおぼつかない足取りで向かった。

 自分にこんな風に接してくれる人がいるとは思わなくて。

 そして皆で食べる食事がこんなにおいしいなんて知らなかった。

 ここは明かりさえ自分の魔石で用意しないといけなかった物置小屋じゃない。


「リオ」

「なに?」

「なんでもない」

「えぇ?」


 言いかけてやめたユウラだけど、僕の顔をジッと見ている。そして無表情で黙々と食べ始めた。

 僕もユウラの顔をしばらく見ていたけど、じろりと睨まれて目を逸らす。女の子はよくわからない。

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