第2話 限界集落にて

 どれくらい走ったのか。どれくらい移動したのか。あの町にいたら父さん達にすぐ見つかっちゃう。だから僕は町を離れて、遠くに逃げた。

 物置小屋に放り投げられたわずかなお金を使って、魔道列車を乗り継ぐ。

 お金は移動費だけでなくなった。どのくらい移動したのか、自分でもよくわからない。

 地図がないから自分がどこにいるのかもわからず、気がついたら人気があまりない村にいた。

 いや、これは集落? 家がボロボロで、廃墟と見間違うほどひどい。


「おや、また流れ人かい?」

「え、あの。ここは?」

「名もない集落だよ」


 話しかけてきたおじいさんは体が細かった。まともなものを食べてないのがよくわかる。僕も最後に食べたのはいつだっけ。

 

「おじいさん、またっていうのは?」

「あぁ、先日もどこからかここに辿りついた子がいてな。ほれ、あそこだ」


 おじいさんが指したところを見ると、僕と同じ歳くらいの女の子が家の修繕をしていた。

 だけど道具がさびているせいで、なかなか捗らない。木を切るのも苦労している。


「吹けば飛ぶ家ばかりでな。ああやって修繕してもらっている」

「あんな道具じゃダメですよ。ちょっといってきます!」


 女の子のところへ行くと、僕に気づいてちらりと見る。だけど何事もなかったように作業に戻った。

 眠そうな目にグレーのショートカット、見た目も華奢で力仕事に向いているようには見えない。

 だけど隣には丸太が山のように積まれていることに気づいた。

 どの断面もボロボロでやっとのことで切ったんだろうけど、それにしてもこの量はすごい。村の人達で運んだのかな?


「こんにちは。僕はリオ、よかったら手伝わせてもらえない?」


 女の子がまたちらりと見て、そして無視された。理由はわからないけど、あまり人と話したがらない子なのかな。

 それにしても周りの大人達はなんで手伝わないんだろう? こんな女の子だけにやらせるなんて。

 しょうがない。微力ながらお手伝いしちゃおう。


「魔石、刃魔石。生成……ノコギリ」


 両手に魔力を込めて魔石術を使った。淡い光と共に、僕が望んだものが出てくるのが魔石術だ

 これは僕が知る知識の範囲なら、どんな魔石でも生成できる。そして加工できる。

 女の子が振り向いて、魔石術で生成される過程をジッと見つめていた。


「……今のなに」

「僕の魔石術ならこういうのも作れるんだ。よかったら使ってみて」


 女の子は黙っていたけど、ノコギリを受け取ってくれた。

 そして木に刃を当ててから使い始めると一回、そして二回目のスライドで木が切れる。


「なにこれ」

「刃魔石という魔石で作られたノコギリだから切れ味がいいでしょ?」

「じんまてつ?」

「【斬】属性の強化に使われて、魔術社会以前は武器そのものにも使われていたんだよ。だけどものすごく硬いから加工が大変で、腕がいい鍛冶師じゃないと仕上げられない」


 呆然とする女の子の下に集落の人達が集まってきた。さっきのおじいさんも驚いた様子で、僕の後ろに立っている。


「……これは驚いた。まさかこの歳でここまで精巧な魔術を拝めるとはのう」

「せ、精巧だなんてそんな……」

「ワシが若い頃はここにも多くの魔術師が立ち寄ったものだが、攻撃以外に特化した魔術など久しく見ておらん。魔石術、か。ぼうや、名前は?」

「リオです。修行の旅をしている途中、たまたま立ち寄りました」

「ふむ……」


 話を聞きながらも、僕も驚いた。

 いかに高威力の魔術を放てるか、それが優れた魔術師の条件のはずだ。

 おじいさんが若い頃はそうじゃなかったと聞いて、心にかかっていた霧が少し晴れた気がした。


「どいて」

「え? あ、仕事の邪魔だったね。ごめん」


 少し離れると、女の子がノコギリで次々と木材を切断し始めた。

 僕はまた驚かされる。とても華奢な女の子とは思えないほどのスピードで、丸太なんかも両手で持って移動した。

 それから小屋に板を張り付けて、柱を補修。僕はその様子を見て確信した。


「ねぇ、君も魔術を使うんだよね? たぶん強化魔術だと思うけど……」


 返事はなかったけど、きっとそうだ。

 僕も魔術師の端くれ、魔力を感じたり魔術を見ればすぐわかる。

 小屋の修理が終わると、汗をかいた女の子が僕のところへ来きた。


「これ、返す」

「いや、君にあげるよ。できればこれからも仕事に役立ててほしい」

「……変なの」

「え?」

「お金ないから」


 一瞬わからなかったけど、お金を払えないって言いたかったんだと思う。

 女の子はぷいっとそっぽを向いたようにして、今度は別の家の修繕に取りかかった。

 

「君、名前は?」

「ユウラ」

「ユウラ、トンカチも作るからよかったら使ってみて。あ、釘も足りないよね?」

「……うん」


 ちょっとだけとっつきにくいけど、悪い子じゃないと思う。

 ボロボロの集落だけど、ユウラのおかげで次々と家が修繕されていく。

 おじいさんが僕の魔石術にずっと注目している。

 

「釘なんかも作れるのか?」

「はい。釘は突魔石、こっちは武器なんかに使うと【突】属性強化に使えるんだ。トンカチは打魔石、と……生成! あ、かんなも必要か」

「むぅ! やはり一瞬で……!」


 生成した釘とトンカチをユウラのところへ持っていくと、受け取ってくれた。突っぱねられたらどうしようかと思った。


「……ありがと」


 ユウラが顔を向けずにお礼を言う。そのうち、周りの大人達も手伝おうとしたんだけど――。


「めっ」

「ユ、ユウラちゃん。道具さえあればワシらも手伝えるぞ」

「フラフラだからダメ」


 フラフラという言葉で僕は気づいた。

 この集落の人達はガリガリにやせ細って、とても力仕事ができる状態じゃない。だからユウラが一人で引き受けていたんだ。

 そうか。やっぱりユウラは優しい女の子だった。なんて感心してる場合じゃない。

 こんなところに村があって、こんな状況なのに全然知らなかった。国は何もしてくれないのかな? だったら僕が何とかするしかない。

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