「お前の魔術は最弱だ」と告げられた少年、すべての属性と効果を作り出せる最強の「魔石術」で自覚なく辺境開拓する。実家は魔石を侮ったせいで崩壊に向かった模様。

ラチム

第1話 家族から追放される

「リオ、お前には失望したよ」


 十歳の誕生日、突然お父さんからそう言われた。

 やっぱりか、と僕は落ち込む。これまでがんばって魔術の勉強をしたけど、成果がほとんどなかったからだ。

 僕にはあらゆる魔術に適性がなく、ようやく使えるとわかったのは魔石術。

 これは魔石を生成するだけの魔術で、僕も今日まで本当にがんばった。本を読んで、魔石の勉強をしていろんな魔石を作れるようになった。

 だけどお父さん達、家族は認めない。ランバルト父さん、エリザお母さん。そしてフレオール兄さんの全員が僕を嫌っている。


「父さん、そう突き放してやるなよ。リオだってがんばってるんだからよ」

「フレオール、庇う必要はない。これまでリオの訓練に付き合って苦労させられているんだろう?」

「まー、確かに術戦で何回かボコボコにしちゃったけどさぁ。クククッ!」

「あまりやりすぎるなよ? ワハハハッ!」


 僕はいつも涙が出そうだった。膝が震えて、何か言いたくても言い出せない。


「私もとんだ役立たずを生んだものだわ」

「母さん、お前は悪くない。悪いのはあの出来損ないだ」

「あなたは雷、私は水。そしてフレオールは炎……それぞれの属性の上位適正があるというのに。リオとかいう私の子どもらしきガキは魔石術……」

「こうなってはリオに我が一族として活躍する見込みなどないだろう。私に考えがある」


 僕はビクリと体を震わせた。父さんが冷たく僕を見下ろして、そして肩に手を置く。


「お前は今日から家族のために働け。その下らない魔石術なら魔石の生産はできるんだろう?」

「う、うん……」

「だったら決まりだ。寝る間も惜しんで魔石を量産しろ。それを売って少しは家に金を入れるんだ。それが生んで育ててやった親への恩返しになる」

「わ、わかった、よ……」


 嫌だなんて言えない。追い出されなかっただけでもマシだと思うことにした。

 魔術は高威力じゃないと意味がない。そうじゃなければ剣や槍を持って戦うのと変わらないからだ。

 ずっとそう教えられてきたし、僕も高威力の魔術を使えるようになりたいと思っていた。

 でもそれができないんじゃ嫌われてもしょうがない。

 僕は今日から家族のために働くことにした。そうすればいつかきっと認めてくれる。そう信じて。


                * * *


 僕の家、ロシュフォール家は代々優秀な魔術師を生んだ名家だ。王家から魔術伯の爵位を与えられて、国防や治安維持に貢献している。

 この国でもロシュフォール家の名前を知らない人はいない。そんな家に生まれた僕だけど、家族みたいな優秀な魔術師にはなれなかった。

 いくら謝っても許してもらえない。父さんと母さんは僕のせいで、お茶会で散々嫌味を言われたと怒っていた。

 ロシュフォール家の名に傷をつけたと怒鳴られて思いっきり叩かれた。


 そんな僕に与えらたのは埃っぽい物置小屋だ。そこで僕は仕事に打ち込んでいる。

 一日中、ずっと魔石を生成していて食事は一日一回だけ。噛むのに苦労する硬いパンと塩スープじゃお腹が膨れない。それでもノルマをこなさないと何度も殴られた。


「よう、リオ。精が出るな」

「フ、フレオール兄さん……」

「仕事ばかりじゃ気が滅入るだろ? 気分転換させてやるよ。ついてこい」

「え、で、でもまだノルマが」


 そう言いかけたところで、兄さんが握り拳を作った。

 諦めてついていくと、そこは術戦場だ。魔術師同士が訓練するために用意された特別な場所で、僕はここで嫌というほど痛めつけられている。そして今日も。


「安心しろよ。怪我したら適度に回復してやる。そこにうち専属の治癒師がいるだろう?」

「あ、あの、お手柔らかに……」

「びびるのも無理ないよな。俺は炎属性における適正が【極】、対してお前は一切の属性の適正なし。【下】ですらない」


 【極】は適正の中でも最高だ。

 ロシュフォール家は代々、『上』以上だったと聞かされた。僕みたいなのは初めてのことらしい。


「じゃあ、かるーくいくぜ! うまく逃げろよォ!」

「うわぁっ!」


 それからは最悪だった。手加減しているとはいえ、僕がフレオール兄さんの炎魔術から逃げ切れるはずがない。熱で呼吸ができなくて、体のいろんなところを火傷する。

 その火傷はロシュフォール家専属の治癒師が回復してくれるけど、僕からは目を逸らしていた。

 この人も僕を庇えばどうなるかわからない。だから恨まなかった。


「うぅ、うっ……もう、もうやめて……ください……」

「あっれぇ? おっかしいなぁ? 昔は俺に大怪我させてくれちゃったよねぇ?」

「あれは、本当に、ごめんなさい……」


 そう、あれは僕が六歳の時だ。フレオール兄さんと術戦をして、大怪我させちゃったんだ。

 あれは本当に偶然だった。無意識のうちに反射的に、とある方法で攻撃しちゃったんだ。だけどあの時――。


――フレオール! 大丈夫か!

――とうさぁん……痛いよぉ……リオが、リオがぁ……

――リオッ! お前はなんてことをッ!


 父さんに初めてビンタされた日だった。あの日以来、僕は兄さんに逆らえない。

 こうして何度も術戦で痛めつけられるしかなかった。体が反射的に逆らえなくなっているから。

 父さんと母さんは昔から僕よりもフレオール兄さんをかわいがっている。

 それでも僕は魔石術を違う形で活かせないか、勉強した。成果があればいつか認めてくれると信じていたから。


「あー、つっかれたわ。おい、そこのクズをちゃんと治しておけよ」

「は、はい……」


 ようやくフレオール兄さんがいなくなった時にはすでに立てなかった。

 熱でやられて、火傷もひどくて体が動かない。治癒師の治療のおかげで助かったものの、次こそは殺されるかもしないと思った。

 そして魔石のノルマもこなさないと、また怒られる。この日も物置小屋に戻って寝ないで魔石の生産をがんばった。回復してもらったけど、まだ体が痛い。


「あ、あと四個……作らないと……」


 何度も瞼が重くなる。手が動かなくなって、意識がなくなりかけた。

 ダメだ。起きて働かないと。働かないとボクは追い出される。


                * * *


「で、できた……」


 与えられたノルマを達成した時には夜中だった。

 魔石を箱に詰めてから屋敷にいる執事のラバトのところに持っていく。あの人が魔石の管理をしているからだ。

 遅れたら父さん達に何を言われるかわからない。僕は大急ぎで支度をして離れにある物置小屋を出た。

 庭を通って屋敷に入って、ラバトさんの部屋へ行こう。毎回、気が重いけどしょうがない。

 廊下を歩いて、この先がラバトさんの部屋だ。

 

「リオの奴、なかなかしぶといな」

「えぇ本当に」


 歩いていると、リビングから父さんと母さんの声が聞こえてくる。何の話をしているんだろう?

 リビング手前の壁に隠れて、話を聞いてみよう。


「あれが我が家にいるだけで虫唾が走る」

「使えるだけ使おうと提案したのはあなたでしょう?」

「ハハハ! そうだったか?」

「そうよ。忘れないでほしいわね」


 父さん、母さん? ボクのことを言ってるの?


「リオがいるだけで、喉に何かが引っかかったような気になるからな」

「せめて育てたコストの元はとってほしいわ」

「フフフ……。せかせかと頑張っているようだがどうせあのガキのことだ。いつか認められると思っているのだろうな」

「一生奴隷よ。あんなガキ、家族と認めてないもの」


 頭の中が真っ白になった。僕を一生奴隷にする、確かにそう聞いた。

 今までどれだけひどい扱いを受けても我慢していたのに。

 いつか認めてくれると心のどこかで信じていたのに。

 やっぱりフレオール兄さんさえいればいいんだ。あの日、術戦をした時からわかっていたことなのに。


「ん? 誰かいるのか?」


 父さんがソファーから立ち上がった気配がして、僕は咄嗟に逃げた。屋敷の外に出て、持っていた魔石を庭に放り投げる。

 屋敷の高い塀の前に立って、僕はさっきの出来事を思い出した。


「ひどい……ひどいよ……」


 僕は手の平を塀に向けた。


「ま、魔石……生成……!」


 塀にできたのは魔石で作られた梯子だ。昇り終えた後はバレないように消しておく。無事、塀の外に降りた後は迷わず走った。


「僕は、僕は……ッ!」


 夜の町を走り、風が冷たい。どこへ逃げればいいのかわからないまま僕は走り続けた。

 どこか両親に見つけらない場所に逃げるしかない。

 父さんと母さん、いや。あの人達の下で一生働かされ続けるなんて絶対に嫌だ。

 せっかく自分の魔術を好きになったのに、奴隷なんてひどすぎる。僕はまだやりたいことがあるんだ!

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