【後編】庭をよみがえらせた恩人は二人


 春が訪れた。

 庭のバラ、水仙、ブルーベル、チューリップなど春の花々が咲き乱れる。

 奥様も大変喜んでくれた。昔の娘さんの友達など、うれしそうにお客さんを招いては庭を見せていた。

 きっと、娘さんがいたころも、花が咲く頃に多くの友達が呼ばれていたのだろう。

 わたしは、自分のこの一年の仕事の成果に満足した。


 そして、春の訪れは、わたしとカルバート家との契約の終わりをも意味していた。



「はい、最後のサンドイッチ。今までのお礼を込めて、ハム厚切り」 


 二人とも最後の後片付けで、服のあちこちに土が付いて、まさに土まみれだった。

 ハリーは黙って受け取って黙々と食べた。やはり、最後となると彼も別れが悲しいのだろう。

 キスの件は、あれいらい、どちらからも触れることはなく、それまでのように一緒に庭仕事を続けていた。


「ねえ、ポピー」


 ハリーが思いきったように顔を上げて私を見た。

 なんだろう、なにを言うのだろう。胸が高鳴った。

 だけど、なにを期待しているのだろう。


「二人で園芸店でもやらない?、毎日、土いじって、花に囲まれて」


 それは、もしかしたらと期待したものだった。だけど、返事ができない。

 ハリーはまだ言葉を続けた。


「きっと、俺たち、幸せになれると思う」


 ハリーはじっと、わたしの目を見つめる。

 わたしも、そう思う。毎日、土いじって、花に囲まれて、ごはんをおいしそうに食べてもらって。きっと幸せな日々を送れる。

 だけど、そう簡単ではない。なんと返事すればいいかわからない。


 というよりも、全てを投げ打って、ハリーと暮らすという選択はあり得ない。

 父、母、弟たち。見捨てて自分の好きに生きることはできない。

 両親に言ったら、困った顔をしつつも、ポピーの好きにしなさい、そう言ってくれるとと思う。だからこそ、できない。

 

 思わせぶりな態度をとり続けた罰は受けなければならない。



 そんなとき、庭を見ていた女性が声を掛けてきた。


「あら、土まみれ姫!、ポピー、こんなとこでなにやってんの?」


 遠い親戚、知り合いの侯爵令嬢のグレースだった。何かにつけて身分差をひけらかす。我が家ではイヤミなグレースで通っている。


「子爵令嬢のあなたが、そんな服着て……。でも、そっちの汚い方とはお似合いね」


 イヤミな笑いが聞こえるが、立ち上がったハリーに気を取られる。


「子爵令嬢だって!?」


 ハリーがガク然として目を見開いているのがわかった。

 口元にゆがんだ笑みが浮かんだ。


 きっと、怒っている。直感的に感じた。

 下男の自分が貴族にプロポーズ、もてあそばれた。そんな感情だろうか。

 想像するだけで胸が痛くなる。そんなつもりは全くなかったが結果は同じか……。


 わたしは、あわてて言い訳しようと立ち上がった。


「ちがう!、だましたんじゃなくて……」


 ハリーはわたしを置いて、足早に歩き去って行った。

 それがハリーを見た最後となった。




 日々は以前に戻った。

 毎日、自宅の庭の手入れをし、日銭稼ぎ用の鉢植えを栽培するという単調な日々。


 カルバート家の奥様から、庭のお披露目のパーティーの招待状をもらっていたが、着ていくドレスもないし、つらいことを思い出しそうなので欠席にした。

 なにより、ハリーにバッタリ会ったりでもしたら……。



「主役に欠席されては困るのですが」


 パーティーの当日、メイド長のアイラさんが自宅に訪ねてきた。

 ドレスもアクセサリーもないことを説明したが……。


「こちらで準備いたします」


 はんば強引に連れて行かれてしまった。



 カルバート家では奥様が、亡くなった娘さんが着ていたドレスやアクセサリーで、わたしを着飾ってくれた。

 レースのフリルがついた華やかなドレス、宝石で輝くティアラ。アップにセットされた髪型。

 今まで見たこともない自分の姿が鏡に映っていた。


「エミリーとだいたい同じ背格好だから、似合うと思ってたんですよ」


 奥様が満足そうにわたしを眺めた。

 きれいに見える人たちには、きれいに見せる方法があるのだと感心した。


「どこに出しても恥ずかしくない姫様ですよ」


 アイラさんもそう言ってくれた。

 姫様……、『土まみれ姫』としては、これほどうれしい言葉はないだろう。




 庭でパーティーが始まった。三十人ぐらいの参加者が、わたしとハリーが手入れした庭を眺めている。

 みんな、咲き誇る花々をほめてくれている。庭の基本的なデザインは亡くなられたエミリーさんなのだから、彼女もきっと喜んでいるだろう。

 そう思うと、つらい思い出を作ってしまったが、この一年、この仕事をやって良かったと心から思う。


 奥様が大きな声で、私の紹介を始めた。


「なくなった娘、エミリーの庭をよみがえらせてくれた恩人が二人います」


 二人?、わたしとハリーだけど、ハリーはどこかにいるの?

 会場を見渡しても、それらしい人はいない……。


「一人は、クライトン子爵のご令嬢、ポピー・クライトン。こちらのお嬢さんです」


 奥様に指し示されたわたしは拍手を浴びた。


「もう一人は、エミリーの兄、つまり私の息子、ハロルド・カルバートです」


 奥様の傍らから、金髪をきれいになでつけた礼装の男性が一歩進み出た。


 その顔を見て、アッと思った。ハリーそのものだった。

 ハリーは拍手を浴びながら、わたしに近寄ってきた。


「俺も、だましたわけじゃないんだよ」


 ハリーは少し照れたようにわたしに言った。


 わたしはもう一度、頭から足までハリーを見た。

 たしかに、あの作業服が似合うハリーだった。もちろん、礼装も似合っている。


「だ、だけど、アイラさんは呼び捨てにしてた……」


「彼女は俺の乳母だから、二人の時は、いまだにハリーって呼ぶんだ。まだまだ子供扱いだよ」


 ハリーがわたしのそばに立っている、イヤミな侯爵令嬢グレースに気づいた。

「今日も俺とポピー、二人はお似合いでしょう?」


 グレースはポカンと口を開けただけだった。



 奥様がニコニコしながら、わたしに声を掛けてきた。

「ポピーさんと園芸店やる、と言われたときは頭抱えましたよ。本気なら仕方ないと許しましたけどね」


 ああ、本気でそんなことまで考えてくれていたなんて。

 伯爵業と園芸店の両立?、ハリーなら、きっとなんとかやっていくのだろう。

 それにくらべて……、自分の優柔不断が恥ずかしくなる。


 そんなことをボーと考えていたら、ハリーに手を握られて我に返った。


「あらためて、ポピー」

 わたしの目はハリーにジッと見つめられた。


「この庭をずっと、守ってくれないか」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「……契約の延長ですか?」


「……いや、プロポーズのつもりなんだが」


 ハリーは苦笑しながら答えてくれた。



                完

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