第5話 悪役令嬢 vs 地味おさげ眼鏡 

「山田さん。あなた最近、狩野くんに色目使ってるでしょ」


 流行りのチェック柄のリボンに、ブルーのワイシャツ。

 おしゃれに制服を着崩した、二年A組のカースト最上位の女子生徒、西園寺カレンは腕を組んでみかんの前に仁王立ちしていた。


 筋金入りのお嬢様且つ、その美しい容姿で学園内では一目置かれている彼女だが、とんでもなく性格が悪いことでも有名だったりする。


「いや、ないから」


 今日の朝、みかんの下駄箱に、差出人不明の手紙が差し込まれていたのだ。

 内容は、「昼休み体育館裏に来い。来なければ殺す」という物騒なもの。


 待ち合わせ場所に来てみれば、西園寺と彼女の取り巻き二人がみかんを待っていた。


「カレン様に口答えするなんて、良い度胸してるじゃない。うちのクラスの生徒が、あんたがおしゃれして狩野くんと歩いてたって言ってたの。しらばっくれんじゃないわよ」


 取り巻きの女子生徒が、みかんの胸ぐらを掴む。

 西園寺は意地悪そうに笑うと、みかんに近づいた。


「あなた、お昼の食事もオタ活のために節約しているそうね。可哀想だから、おにぎりを作ってきてあげたわ」


「……それは」


 西園寺がカバンからラップに包まれたおにぎりを取り出す。しかしそれはひどく汚れていた。顔を顰めてみかんが西園寺を睨むと、彼女は妖艶に笑う。


「便所に落ちたおにぎりよ。あなた好きでしょう?」


「……!」


 みかんの両腕を、取り巻きが掴む。

 するとそこへ、遠方から叫び声が飛んできた。


「やめろおおおおおおお!」


 輝くような茶色の髪を振り乱し、長身の男が全速力で走ってくる。

 声の主は、狩野健斗だった。


 狩野の声に怯む女生徒たち。その一瞬の隙をついて、みかんは女子生徒たちの拘束から逃れ、近くの水場にあった散水用ホースを手にとり、思い切り蛇口をひねった。


「これでも食らえ!!!」


 みかんの持ったホースから勢いよく水が飛び出す。

 撒き散らされた水は、西園寺カレンと取り巻きたちに見事に命中した。


「ちょっ、やめなさいよ!」


「キャアアアア!」


「ふごああああああ」


「あ、狩野ごめん」


 あまりに勢いよく走り込んできて、いきなりは止まれなかった狩野も巻き添えを食ってしまったが。水責めに根を上げた西園寺たちは、走り去っていった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げていった西園寺たちの背中を見送りながら、みかんは仁王立ちをする。


「おとといきやがれ! ってか、まったくの誤解でこんなことされても困るっつーの!」


 清清したといった感じで、胸を張るみかんの逞しい姿を見て、びしょびしょに濡れた髪を書き上げながら狩野は息を漏らす。


「俺の出る幕はなかったな……」


 水浴び後のボーダーコリーのような狩野の顔を見て肩を顰め、みかんは慰めるように声をかけた。


「いやいや、狩野が来てくれたおかげであいつら怯んだし。助かったよ。つかごめんね。狩野までびしょ濡れにしちゃって」


 みかんはポケットからタオルハンカチを出し、狩野の顔に投げつけた。


「ぶっ! ちょっ、渡し方ってもんが……」


「ふは。ってか、それじゃ拭ききれないか。保健室でタオル借りれないか聞いてくる。そこで待ってて」


 普段の仏頂面からは想像もできないようなみかんの眩しい笑顔に、狩野は体温が急速に上がるのを感じる。


「……相変わらずメガネで、引っ詰めたおさげ髪なのに……!」


 投げ渡されたハンドタオルは、桃のような甘い香りがした。


 理想的な恋愛ができそうな相手だから、と、みかんのあとを追いかけ始めた狩野だったが。地味な見た目と対照的な気の強い彼女の一面や、年相応の無邪気な笑顔に、振り回すつもりが逆に振り回され始めている。


 熱くなった頬に手を当てたまま、みかんの後姿が見えなくなるまで、狩野はその場に佇んでいた。


 ……のだが。狩野はそのままひっくり返るようにしてアスファルトに倒れた。

 なんと風邪をひいて高熱を出していたのだった。

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