第4話 山田の「好き」を知りたい

「待て! 山田みかん! 待つんだ!」


「うわっ! なんでついて来んのよ。あんたしつこすぎ!」


 緑のワンピースにかかとのあるヒールという出立ちで、全力疾走するみかんだったが。やはり慣れない靴ではスピードが出ず、すぐに狩野に追いつかれた。


「はあ、はあ、もうっ、なんなのよ」


「どこへ向かっているんだ?!」


「もう目的地は目の前だけど……」


「よし、俺もついていってやろう」


「え、フツーにやなんですけど」


「まあまあ」


「あんたってほんと強引なんだね……」


 みかんと狩野の前に聳えていたのは。デカデカと乙女ゲームのポスターが貼られたカフェだった。


「なんだ……これは」


「コラボカフェだよ。アニメとかゲームとかとコラボしたメニューを提供してるとこ」


「はあ……」


「推しの限定ステッカーが欲しくて。キャンペーン開始日の今日にどうしても来たかったの」


 黙ったまま入り口を繁々と観察する狩野を前に、みかんはため息をつく。


(狩野もどうせ馬鹿にすんでしょ。オタクキモいとか言いながら)


 みかんは狩野に背を向け、店の方へ一歩を進める。が、左手首をガッチリと狩野に掴まれた。


「おい待て」


「は……今度はなに?」


「俺も行く」


「え、なに言ってんの? 乙女ゲームのコラボカフェだよ? あんためっちゃ浮くと思うよ?」


 狩野は鼻を鳴らし、胸を張った。


「山田が好きなものは、知っておきたいからな!」


 みかんは思わず唇を噛んだ。

 実はみかんもコラボカフェに来るのは初めてで、本当はひとりで心細かった。

 陰気で一匹狼な彼女は友達も少なく、誘う相手がいなかったのだ。

 だからみかんの趣味をバカにせず、狩野が一緒に来てくれたのは、純粋に嬉しくて。


「……勝手にすれば」


 このとき密かにみかんの狩野に対する好感度が上がったのを、本人は知る由もなかった。



 *



 狩野と森は校舎裏で、弁当を広げていた。

 最近の話題の中心はもっぱら、「山田みかん」だ。


「で、どうだったんだよ狩野。山田さんとのデートは」


「フッ、これを見ろ」


 狩野が得意げに差し出したスマホの画面を、森は覗き込む。


「おお、二人写ってんじゃん……ってなんだこれ」


「聞いて驚け、コラボカフェだ」


「あー山田さん、そっち系なのかー。つかさぁ、昨日の昼も二次元にしか興味ないって言われたんだろ? お前無理じゃね?」


「そうなんだ……憎らしい二次元……」


 狩野曰くコラボカフェに入ったみかんは、狩野には向けないようなキラキラとした双眸でお気に入りのキャラクター「ユキト」のコラボメニューを拝み、グッズを手に入れ、ユキトの等身大パネルに大興奮で。狩野は主に撮影担当と化していたらしい。


「ただ……」


「ただ?」


「学校では見られない表情が見られて……それはそれで、よかった。楽しそうだったしな」


「ほぉ。なるほどねえ、徐々に山田沼にハマってはいるわけだ」


 二人で写った写真に狩野は視線を落とす。この写真は店員が気を利かせて撮ってくれたもので、滞在中写真を撮っている時以外、狩野は他の女性客に絡まれていたのだという。


「なんとかして俺に興味を持たせられないものか……おい、森。なにか良い案はないか」


「そうだなあ……。せっかく山田さんの好きなものを知ったんだから、そこから話題を広げるとか。あとはまあ……ピンチを助けるとか?」


「いいな! ピンチを助ける! めちゃくちゃ少女漫画っぽいな!」


 目を輝かせて賛同する狩野に、森は苦笑する。


「いやいや、そっちは冗談だって。まずはコラボカフェから話題を広げろよ。それに、そんなに都合よく山田さんが困ってる場面に遭遇するなんて……」


「おお! 見ろ森! あそこで山田みかんがいじめられているようだ! 早速行ってくる!」


「おいおい。漫画みてえなタイミングの良さだなあ……」


 こうして森はふたたび取り残されたのだった。

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