第17話 転生したらクソゲーだった。

 サマリエの涙が入った小瓶は、紐をつけて首にさげることにした。世界を脅威に陥れる鍵が、アクセサリーのように胸元で揺れる。サマリエは放牧場でモンスターたちを遊ばせ、自分は柵に背を預けて座っていた。胸元の小瓶を摘み上げ、ちゃぷちゃぷと鳴らしてみる。


「サマリエさん」


 サクサクと芝生を踏んで、ユーエルがやってきた。答えを伝えようと、サマリエが事前に呼び出していたのだ。授業終わりで学園長室に行ったが、ユーエルはいなかった。通りかかった教師に、言伝のメモを渡したのだが、ちゃんと届いたようだ。


「答えは出ましたか?」


 訊かれて、サマリエは立ち上がった。木の柵を隔てて、2人は向かい合う。ユーエルの視線はサマリエの胸元、小瓶に注がれている。


「学園長……私は」

「ちょ、ちょ……ちょっと待ったぁ!」


 突然、割り込んできた声に、サマリエもユーエルも驚いた。声の方を見ると、双眼鏡を片手にヒエラが立っていた。走ってきたのか、はぁはぁと肩で息をしている。


「ヒエラ先生?」

「な、なにかありましたか?」


 ヒエラは狼狽えるユーエルの横までずんずんと大股で歩いてきて、サマリエを見た。間に柵があるとは言え、サマリエは身構える。ヒエラが大きく息を吸った。


「騙されちゃいけません! こ、この人は、お飾りの学園長なんです! そんな人、サマリエさんに相応しくありません!!」


 何を勘違いしたのか、ヒエラはいつもと違って大声で、顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら言った。


「んな、なんのことだ……!?」


 てっきり、モンスターの凶暴化についての話かと思ったら、そうではないらしい。サマリエは虚をつかれて、混乱した。

 一方で、部下である教師から、お飾りと言われたユーエルは傷ついた表情を見せた。拳を握りしめている。


「確かに、わたくしはまだ若く、多くの教師の方から頼りないと思われていることでしょう。陰で顔採用と言われていることも知っています。けれど……わたくしは変えたいのです! 今のこの現状を! その為には」

「そう! それなんですよ!」


 ギリリと奥歯を噛み締めていたユーエルに、サマリエは勢い込んで言った。


「モンスターたちが無下に扱われる状況を変えるのは、凶暴化だけじゃないはずです!」

「え……」


 ユーエルは困惑した。話についていけないヒエラはやきもきした表情で、サマリエとユーエルの顔を交互に見ている。

 サマリエは柵に手をかけ、ユーエルの方に身を乗り出した。


「あなた! 学園長なんだからもっともっと、モンスターたちを大事にしましょうって発信しなきゃ! アカデミーにいて、そんな話、1度も聞いたことないよ!」

「それは、わたくしの発言はあまり重視されないから……」

「なに、言い訳してんの? そんな立場にいて、そんな泣き言とおらないよ」


 サマリエに冷たく言われて、ユーエルは、目に涙を溜めていた。大人のプライドか、涙を流さないよう踏ん張っている。


「私、このアカデミーで、本当に最低なやつらを見てきました。ただモンスターを太らせるやつや、モンスターが死にかけるまで繁殖実験を行うやつ。他にもそれが正しいと習って、モンスターをムチで打つやつ」


 言いながら、柵を掴んだサマリエの指に力が入る。が、サマリエは柵からパッと手を離して、くるりと体を反転させた。


「でもね、中には私と同じようにモンスターを大切に扱う人もいた。注意をすれば、扱い方を変えてくれる人も……時間はかかるだろうし、簡単なことじゃない。だけど、私たちまだ、ちゃんと抗ってないよ」


 サマリエの言葉は力強く、ユーエルの心を揺らした。否定しようとする言葉を飲み込んで、何をするべきか考える。と、サマリエはユーエルを振り返り、微笑んだ。


「大丈夫よ! あなた言ったでしょう? 私が一緒に戦ってあげる」


 サマリエが手を差し出し、それを握ろうと、ユーエルが手を伸ばした。


「てぇーい!」


 2人の手が触れそうになると、ヒエラがチョップで、ユーエルの手をはたき落とした。


「痛い! 何するんです?!」


 突然の暴挙に、ユーエルはヒエラに非難の目を向けた。叩かれた手をさすっている。

 ヒエラは俯いてぶつぶつと呟くと、分厚いメガネを外して、涙に濡れた目をサマリエに向けた。


「そんなの、ダメです! 学園長となんて……わたしが……わたしがサマリエを1番に愛しているのにぃ……!」


 ヒエラの整った顔が嫉妬に歪む。何をどう勘違いしたのか、サマリエとユーエルを恋仲だと思ったようだ。目からぼたぼたと涙を流し、ふーふーと息を吐きながら、歯を食いしばっている。異様な様子にサマリエは慄き、ユーエルはそっとサマリエに耳打ちした。


「サマリエさんとヒエラさんは、そういう関係だったんですか……?!」


 とんでもない誤解にサマリエは首をぶんぶん振った。


「違いますよ! 私は何も思ってません」

(気持ち悪いなとは思ってるけど、今、それ言ったら暴れ出しそうだし……)


 サマリエがそう考えていると、ヒエラは手に持っていた双眼鏡を地面に投げ捨てた。勢いで芝がめくれ上がる。サマリエの眉がピクリと動いた。


「な、なにをコソコソと、み、見せつけるように……! サマリエはわたしの、わたしのだ!!!」


 ヒエラがユーエルに襲いかかる。柵で隔てられ、サマリエには手出しができないからなのか、純粋に恋敵と思った相手を消そうとしたのか。ユーエルが目を瞑り、庇うように腕を上げる。と、澄んだ音が辺りに響いた。その瞬間、ユーエルの目の前にいたヒエラの体が突風に連れ去られた。衝撃で、ユーエルの体が吹っ飛び、地面に倒れ込む。驚いて見上げると、シロイロオオトリが太い足でヒエラを捕らえていた。


「ボイルドエッグ! 離しちゃダメよ!」


 サマリエが焦ったように叫ぶ。キューンと鳴いて、ボイルドエッグは空を大きく旋回した。


「全く……芝生って育てるの大変なのよ?」


 軽々と柵を越え、サマリエはヒエラの双眼鏡が抉った芝を整える。屈んで背を向けていたサマリエが急に振り返り、倒れたままのユーエルを見た。


「学園長、もしアカデミーの意識改革に失敗しても大丈夫ですよ! その時こそは、これを使いましょう」


 ニッコリと笑って、サマリエは首から下げた小瓶を持ち上げた。


「は、ははっ」


 ユーエルは口をひくつかせて、笑った。サマリエなら、本当にそうするだろう。そう思うと不思議と心が軽くなった。


「一緒に世界を変えましょう」


 サマリエは立ち上がり、ユーエルに手を差し出した。自信に満ちた顔が頼もしい。ユーエルはサマリエの手を取った。そのまま引っ張り上げられ、立ち上がる。その上空でヒエラが叫ぶ。


「いや~! 高い、怖い!!! おろして~~!!!」


 2人はそれを見上げ、顔を見合わせて笑った。


 ここから先のシナリオをサマリエは知らない。この先にシナリオがあるのかもわからない。この先に最悪な事態があっても、サマリエは驚かないだろう。なにしろここはクソゲーの世界なのだから。


 記憶を取り戻した時よりも、ずっと強くなった自分を信じて、サマリエは今日もこのクソゲーな世界を生きていく。

 愛すべき、モンスターたちと共に──。

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転生したらクソゲーだった。 とらとら @toratora___

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