第16話 ドMがいるクソゲーだった。
ユーエルから小瓶を預かって数日が過ぎていた。サマリエはまだ答えを出せずにいる。
今日はライミが、ボイルドエッグの往診に来ていた。ライミは、特製の止まり木で休むボイルドエッグの足を触診している。ボイルドエッグは迷惑そうな顔をしているが、サマリエの手前、大人しく診察を受けていた。
「問題はなさそうだな」
サマリエから、ウルガとの一連のあらましを聞いていたライミは、ホッとした様子で言った。
「先生」
「なんだ?」
「先生は、モンスターたちが今よりも凶暴になって、人間たちを襲ったらどうしますか?」
「ん? なんだその質問」
ライミは往診用のバッグに道具をしまいながら、眉間に皺を寄せた。
「いいから考えてくださいよ」
「うーん……ま、仕方ないと思うな。俺からしたら、今もモンスターたちが大人しく人間の言うことを聞いてるのが信じられないくらいだからな」
「どういうことですか?」
「前に、モンスターは元は魔物だったって話したよな? 力が弱まったって、モンスターたちは人間なんかひとたまりもないくらいの力を持っている。ぷりぷり姫だって、本気を出せば、お前を噛み殺すくらいわけないだろうさ」
ライミは恐ろしいことを言って、バッグを閉じた。
「ボイルドエッグを見ても、勝てるなんて思いもしないだろう。それがなんでこうも大人しく、俺の診察を受けてんのか、正直、訳わかんねぇよ」
確かに、とサマリエは思う。ボイルドエッグの大きく鋭いクチバシは、人の頭を一口で齧りとることができるだろう。太く逞しい鉤爪は、腹の肉を裂き、内臓を引き摺り出すことも簡単だ。
それなのに、サマリエが手を伸ばすと、ボイルドエッグは自分から首を垂れ、気持ちよさそうに目を細めて頭を撫でられている。
「俺はさ、魔法が失われた時に、約束をしたんじゃないかと思うんだよ」
「約束、ですか?」
「ああ、失ったものを補い合おうと、人間とモンスターは、一緒に暮らしていこうって約束したんじゃないかって」
ライミはゴツい見た目で、ロマンチックなことを言う。が、サマリエは笑わなかった。モンスター医療の現場で、ライミはさまざまな辛い現実を見てきたはずだ。そのライミが、それでもモンスターたちが人間と共に暮らしてくれることへの答えを真剣に考えた答えなのだ。サマリエもライミの答えを信じたくなった。
ライミが入院するモンスターたちが快適に過ごせるように、檻の中にマットやぬいぐるみを入れていることをサマリエはつい最近、ようやく知った。人間には冷たいくせに、モンスターには甘い男なのだ。
「ま、だから俺は、モンスターたちが凶暴化して人を襲うなら、大人しく襲われるさ」
あっけらかんとして、ライミが言う。サマリエは寂しく笑った。
(そうだ……モンスターが凶暴化したら、無差別に人を襲うんだ。クソなやつはいいけど、私が大切に思っているアルケミーやライミも襲われてしまう可能性があるんだ)
今更ながらそんなことに気づいて、戸惑いが生まれた。
(私の他にも、人間は報いを受けて当然だと思っている人がいる)
サマリエは何か大切なことに気づけたような気がした。
また、別の日には、ヤーレがわざわざ、貸し出し依頼書を持ってモンスター舎を訪ねてきた。普通、依頼書は、アカデミーの職員がまとめて配達してくれる。
「トカゲ三吉、借りたいんだけど……」
そっぽを向きながら、ヤーレが依頼書を差し出す。サマリエは片目を細めて、鼻で笑った。
「人と話すときは、ちゃんと目を見て話しなさいよ」
「は、はいー!」
ヤーレは会う度、1度はサマリエに文句を言われなければ、気が済まないようだった。注意すれば止めることを、毎回してくる。
サマリエは依頼書に目を通しながら、何気なく訊く。
「あんた、なんで私からモンスター借りるの? こう言っちゃなんだけど、ムチを使って言うことをきかせた方が楽でしょう?」
日毎に飾り羽が増えるぷりぷり姫の巣を見上げていたヤーレは、キョトンとした目をサマリエに向けた。
「え……それは、あの」
思いもしなかった質問なのか、ヤーレはしどろもどろになっている。
「そりゃ、ムチを使えば、楽だけど……お前にビンタされて目が覚めたって言うか……目醒めたって言うか……」
最後の方はモニョモニョと聞き取りずらかったが、サマリエは察した。前々から怪しいとは思っていたのだ。
(こいつ……ドMだな。ビンタされて目醒めちゃってんじゃん……)
アカデミーの生徒の間で、サマリエがドSと噂されているのは、間違いなくヤーレのせいだろう。けれど、それによってサマリエのモンスターを借りる生徒が増え、中にはサマリエの考えに賛同して依頼してくれる人もいる。
モンスターは暴力で支配するのではなく、愛を持って接する。そうやってモンスターと向き合ってくれる人は間違いなく増えているのだ。始まりはSM目的だったとしても……
「ふふ……っ、くだらない理由!」
堪えきれず、サマリエは腹を抱えてケタケタと笑った。ヤーレは口を尖らせて不満を表していたが、やがてサマリエに釣られて一緒に笑っていた。
人間は案外、単純な理由で、モンスターに優しくなれるらしい。
サマリエは、貸し出し依頼書にサインして、ヤーレはモンスターを傷つけないという誓約書にサインし、トカゲ三吉を託した。
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