第15話 黒幕がいるクソゲーだった。
ボイルドエッグの足に問題はなく、モンスター舎の2階に繋ぎ直した。後日、ライミに診てもらうが、今はユーエルの話を優先させるべきだとサマリエは判断した。
ユーエルの言葉の真意がどこにあるのか、サマリエは確かめなければならない。
「一緒に戦うって、何をするんですか?」
そう訊いたサマリエを、ユーエルは学園長室に連れてきていた。豪奢な応接セット、デスクや書棚などが並ぶ学園長室に圧倒される。
「こっちです」
ユーエルは怪しく手招きして、サマリエと共に、書棚の前に立った。ガラス戸を開け、並んだ本の背表紙を押すと、書棚がスライドして、扉が現れた。
古い木の扉で、高そうな家具が並ぶ学園長室にあって、それは異質だった。ユーエルの白い手がドアノブを回し、扉を開く。生臭いような風が扉の隙間から吹いてきた。
扉の中は狭い空間だった。ユーエルが入ってしまうと、サマリエが入る場所はない。何だ?と思って視線を下げると、下に続く階段があった。ずいぶん下まで続いているのか、明かりがないせいで、階段の先は見えない。
「これって……」
小部屋には燭台が置かれており、階段室に入ったユーエルは蝋燭に火をつけた。左手に燭台を持ち、右手をサマリエに差し出す。
「さぁ、手を」
サマリエは恐る恐る、ユーエルの手を取った。ひんやりと冷たい手を握ると、ユーエルは階段を燭台で照らしながら、階段を降り始める。ギシギシと木の板が鳴く。
足を踏み外さないように気をつけながら、長い階段を降り、やっと地面に足をつけた。床は土が剥き出しで、ユーエルの手のようにひんやりと冷たい空気が溜まっていた。
「少し、待っていてください」
そう言ってユーエルは手を離した。見ていると、部屋の四隅にも燭台があるらしく、蝋燭の火をうつしている。
全ての燭台が灯ると、部屋の全貌があらわになった。ここはアカデミーの地下にあたるようだ。2人でいても息苦しくない広さの部屋、壁にはモンスターが人間を襲っている絵が何枚も貼られており、部屋の床の中心に魔法陣のようなものが描かれている。
魔法陣の上にはいくつか金の小皿が置かれ、その中にモンスターの毛や爪と思われるものが入れられていた。怪しい魔術師の部屋の様子にサマリエは緊張した。
「これは、わたくしが研究の末に作り上げた、モンスターを魔物に戻す魔法陣です」
唐突なユーエルの説明に、サマリエは拳を握った。
(モンスター凶暴化の犯人、お前か!!!!)
サマリエは今まで探していた最悪のシナリオを実現させる人物を前にして、鼓動が高まった。一時は、自分が犯人なのではないかと疑ったこともあったが……
(犯人自ら名乗り出てくれるなんて……!)
サマリエは、はっしと口を手で覆い、感動を飲み込んだ。その反応をどう受け取ったのか、ユーエルがふっと目を伏せる。
「これを使えば、モンスターたちは、人間に虐げられる世界から解放されます。それと引き換えに多くの人の命が奪われるでしょうが……」
ユーエルの言う通り、モンスターが凶暴化すれば、アカデミーは崩壊し、近隣の街や村も襲われ、多くの死者が出る。
そのことをサマリエは知っている。
「どうして、私にそんな話を?」
恐らく、これは正規ルートではない。本来のゲームなら、この時点でサマリエは攻略対象との愛を深めているはずだ。それが、ミックスとハントを退学に追い込み、ウルガは停学、ヒエラにいたっては、放置している。誰も攻略しないことで、シナリオの細部が変わっているのかもしれない。が、モンスター凶暴化という、大きなシナリオの流れは変わらないようだ。
「この魔法陣は、まだ完成していないのですよ」
ユーエルは魔法陣の中心に立って、サマリエを見た。冷めた顔をしたユーエルに、サマリエは身構える。
「最後のピースは、モンスターに愛されし者の涙。逃げ出したシロイロオオトリが戻ってきた時、わたくしは、あなたがそうであると確信しました」
(え……そんなことで……?)
サマリエが思っているよりも、逃げ出した魔物が戻ってくるのは稀なことのようだ。
「それで……どうしようって言うんです?」
ユーエルは懐に手を入れてゴソゴソした。ヒエラといい、教師はキャソックの内側に何かを忍ばせるものらしい。ユーエルが取り出したのは、親指ほどの大きさの小瓶だった。
「ここにあなたの涙を入れてください」
思いのほか丁寧に言われてサマリエは拍子抜けした。もっとナイフとか、凶器が出てくるのだと思っていた。
「まぁ、いいですけど」
「いいんですか!?」
自分で言ったくせに、ユーエルは大袈裟に驚く。てっきり、サマリエが断るものと思っていたらしい。
「私だって、モンスターの扱われ方には思うところがあるんですよ」
言いながら、サマリエは魔法陣に近づき、ユーエルから小瓶を受け取った。コルクで栓をされた透明な瓶にはまだ何も入っていない。
「賛同してくれるのですか?」
「いえ、まだ迷っています。本当にこれでモンスターたちが幸せになれるのか、わからないんで」
手の中で小瓶を転がしながら、サマリエは言った。ユーエルはそれを不思議なものを見るような目でみつめた。
ゲームでは、モンスターが凶暴化することは悪いことのように書かれていた。人が死ぬのだから、いい事ではないだろう。だが、モンスターの側から見たら、どうなのだろう。モンスターの中には、マル太郎や、トカゲ三吉、いましめ一郎、花子やぷりぷり姫、ボイルドエッグのように人間を好きになってくれるモンスターもいる。凶暴化した時、彼らの意志はどうなるのだろう。自分の意思に反して人間を攻撃することになって苦しんだりはしないだろうか。
そして人間は、凶暴化して人類の脅威となったモンスターたちを放っておいてくれるだろうか。
「学園長」
サマリエに呼ばれて、ユーエルは首を傾げた。
「なんでしょう」
「魔物に戻ったとして、モンスターたちは幸せに暮らせますか?」
サマリエの澄んだ青い瞳にみつめられ、ユーエルは怯んだ。魔法陣を見下ろし、自身の体を抱くように腕を組む。
「それは……わたくしにも、わかりません」
2人の間に沈黙が流れた。
サマリエは手のひらに乗せた、小瓶のコルクを抜いた。ユーエルがギョッとしていると、サマリエの瞳から涙が溢れて瓶の中に吸い込まれるように入っていった。
ぽたりぽたり、数滴が小瓶の中に入ると、サマリエはきゅっとコルクの栓を閉めた。それを、親指と人差し指で挟み、ユーエルにかざした。
「これ、私が預かっておきますね。ちゃんと考えたいんで」
ユーエルは気の抜けたような顔をして、ほうっと息をついた。
「そうか……そうですね」
ユーエルは1人で納得するように何度も頷く。
サマリエは寒々しい地下室から出て、モンスター舎に戻った。魔物に愛されし者の涙がキーアイテムとなるなら、サマリエが凶暴化の原因は自分と思ったのもあながち間違いではなかったようだ。
サマリエは道々、ポケットに入れた小瓶を取り出しては、どうするべきか頭を悩ませた。小瓶の中の涙は、素知らぬ顔で澄んだ水面を輝かせていた。
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