第14話 案の定、クソゲーだった。
授業が終わり、モンスター舎にやってきたサマリエはとんでもない光景を目にした。モンスター舎の2階、テラスにウルガがおり、勝手にボイルドエッグを連れ出そうとしていたのだ。
ボイルドエッグは知らない人間を警戒して、なかなかテラスに出ようとしない。足に付けられたリードを引っ張られ、ボイルドエッグがバランスを崩す。
「なにしてるのよ!?」
サマリエが驚いて叫ぶと、その声に気づいたボイルドエッグが、鋭く鳴き、テラスを飛び出した。サマリエに向かって飛んでくるが、それをウルガがリードを引いて止めた。
思いのほか強い力で引っ張られたのか、ボイルドエッグはモンスター舎の壁に体をぶつけた。キュンと鳴いて、地面に墜ちる。
「ボイルドエッグ!」
サマリエは慌ててボイルドエッグに駆け寄った。リードに繋がれた足を痛めたのか、ボイルドエッグは片足でぴょんぴょん飛んで、サマリエに近づいた。これ以上、ボイルドエッグの動きを邪魔されないよう、サマリエはボイルドエッグの右足につけたリードを外した。
普通、空飛ぶモンスターは片足をリードに繋がれ、飛べる範囲を制限されている。リードを外してしまうと逃げ出してしまうこともあるので、それを外すことは滅多にない。
「お前! 何してんだ!」
ウルガが怒鳴って、テラスから飛び降りた。
(それはこっちのセリフよ!)
サマリエが指笛を吹くと、ボイルドエッグは体を低くしてから、翼を羽ばたかせ、飛び立った。リードを外され、制限がなくなったボイルドエッグはぐんぐんと速度を上げ、モンスター舎から離れていく。
「なんで逃した!?」
ウルガがサマリエの胸ぐらを掴み、怒鳴る。サマリエもウルガのジャケットの襟を掴んだ。
「あんたに乱暴されるくらいなら逃した方がマシだからよ!」
「なんだと!?」
ウルガは顔を髪と同じくらい真っ赤にして、腰につけた金色のムチを手にした。ピシリと地面を叩く。
(こんな近距離でムチが効くか、このバカ)
頭の中でウルガをなじり、サマリエは拳を握った。振り上げて殴りつけようとしたところに、またしても鋭い声が飛んでくる。
「2人とも離れなさい!」
ウルガと共に眉を顰めて振り返ると、またしてもユーエルの姿があった。
「チッ、またあいつか……」
呟いて、ウルガはサマリエから手を離した。
「大丈夫ですか?」
ユーエルは落ち着いた足取りでサマリエに近づき、そっと首元に手をやった。彫刻のような美しい顔が近づいて、サマリエはドキリとした。
「大丈夫じゃねぇよ! そいつ、モンスターを逃しやがった!!」
聞かれてもいないのに、ウルガが答える。ムッとしてサマリエも言い返す。
「それはあんたが勝手にボイルドエッグを連れ出したからでしょう!!」
「ボイ? 何言ってんだ!?」
言い合う2人の間に入り、ユーエルはウルガに向き直った。サマリエの視界には広い背中しか映らない。
「モンスターが逃げたのは、ウルガ……あなたの過失が大きいと思います。あなたには、停学処分を言い渡します。今すぐ、寮に戻りなさい」
アカデミーの最高権力者に言われたからか、目的のシロイロオオトリがいなくなったからか、ウルガは舌打ちしつつも、あっさりと引き上げていった。
ユーエルは大きくため息をついた。大きな背中が上下する。
「学園長?」
「すみません、彼のせいでモンスターを逃してしまったのですね」
振り返ったユーエルは目を伏せて、悲しげに言った。
「彼は問題の多い生徒で、何体もモンスターをダメにしているんです。それで、わたくしも見張っていたんですが……遅かったですね」
「そうなんですか」
学園長に見張られるとは、ウルガはどれだけのモンスターを傷つけてきたのか、サマリエは先ほど殴れなかったことが残念でならなかった。
サマリエが俯いて拳を握っていると、ユーエルの驚いた声が聞こえてきた。
「え、どうして……」
目を上げると、空の遠くを見つめるユーエルの横顔があった。ユーエルの視線の先を見ると、1羽の鳥がこちらに向かって飛んできていた。近づくにつれ、姿がはっきりする。鳥と思われたのは、シロイロオオトリだった。ボイルドエッグが戻ってきたのだ。
サマリエは指笛を吹き、ボイルドエッグに向かって腕を振った。キューンと鳴いて、ボイルドエッグはサマリエの前に降りてくる。その様子をユーエルはあんぐり口を開けて見ていた。整った顔が台無しだ。
バサバサと音を立てて、ボイルドエッグが着地する。風圧にサマリエの髪や地面のチリが舞い上がった。
キュルキュルと喉を鳴らし、ボイルドエッグはサマリエの顔に頭を擦り付けた。人間の頭より大きなシロイロオオトリの頭が大迫力で眼前に迫る。それをサマリエは両腕で包み込むように撫でた。
「大丈夫だった? ボイルドエッグ」
よしよしと撫でながら、異常がないか全身をくまなく見て回る。特に、飛び立つ前におかしな挙動をしていた足を重点的に。足の上げ下ろしをさせていると、ユーエルが恐る恐る声をかけてきた。
「も、戻ってきたのですか?」
(おっと……ウルガはボイルドエッグを逃したから停学になるんだっけ……戻ってきちゃまずいか)
実は、以前から、サマリエはボイルドエッグを運動不足にさせないため、しばしばリードを外して、自由に空を飛ばせていた。この辺りにはシロイロオオトリの天敵になるようなモンスターはいないし、安全だ。万が一、ボイルドエッグがそのまま逃げ出したとしても、それを探すつもりはない。立派に育ったボイルドエッグが自由に生きたいと願うなら、それを叶えてやりたい。人の手で育てられたが、ボイルドエッグなら野生の世界でも十分やっていけるだろう。
そう考えているものの、ボイルドエッグは散歩に出ても、毎回きちんと帰ってくるのだった。
「いやー、よっぽど怖かったんですねー、逃げ出すなんてねー、混乱してこの辺りをぐるっと回って、奇跡的に戻ってこれたのかなー。しかし、全く、ウルガの奴、許せないわ!」
サマリエはユーエルに見えないように、ペロリと舌を出した。
「サマリエさん、ですよね? あなた、モンスターに名前をつけてるんですか?」
どうやら立ち直った様子のユーエルが訊く。思いもしなかった質問にサマリエは首を傾げた。
「はい、つけてますけど。この子はボイルドエッグ。他にもマル太郎とかぷりぷり姫とか、うちの子にはみんな名前つけてますけど」
なんの気なしに言ったが、サマリエの言葉に、ユーエルは感動しているようだった。フルフルと肩を震わせて、唇をきゅっと結んでいる。その様子がなんだか可愛らしかった。
「あなたはモンスターが好きなのですね」
「当たり前じゃないですか! だから、ウルガみたいなやつは許せないんです」
暗にウルガの停学を取り消さないでくれよと伝える。サマリエの言葉にユーエルは深く頷いた。
「こうしてあなたと知り合ったのは、何かの縁かもしれませんね」
ユーエルはフッと笑って言う。ピーン! とサマリエの頭に直感が働く。
(しまった! こいつ攻略対象か!?)
身構えたサマリエに対して、ユーエルは左手を差し出した。
「一緒に、モンスターのために戦ってくれませんか?」
いつもは光のないユーエルの瞳が、その時だけギラリと怪しく光った。
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