第13話 目をつけられてクソゲーだった。

 相変わらず荘厳な作りのアカデミーの廊下を、サマリエとアルテミーが歩いていた。2人は昼食を中庭で食べようと向かっている途中だ。そこに、男が話しかけてくる。


 後ろ髪の長い、トゲトゲとした赤髪。勝気そうにつり上がった緑の目。筋肉質で高身長。調教科の制服であるジャケットが窮屈そうに見える。腰に下げた特製の金色のムチを揺らして、男は特徴的な大きな口を開いた。


「おい、女! お前がシロイロオオトリを育ててるやつだな!」


 大きな口から八重歯が覗く。他の生徒も行き交う廊下で、ビシリと指をさされたサマリエは、顔を引き攣らせた。

 サマリエはこの男の顔をよく知っている。ゲームのパッケージにも描かれている、制作側いちおしの攻略対象・ウルガだ。サマリエは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながら、ウルガと対峙した。


「それが何か?」


 腕を組み、顎を上げ、サマリエは威嚇するようにウルガを見た。アルテミーはそんなサマリエの後ろに隠れている。


「はっ! 噂通り、気の強い女だな!」


 ウルガは八重歯を見せて嬉しそうに言う。


(噂……? 噂ってなんだ?)


 サマリエが内心、戸惑っていると、2人を遠巻きに見る野次馬の声が聞こえてきた。


「うわ、すご……アカデミーの2大ドSの対決だ……!」

(2大ドS!? なにそれ!?)


 知らぬ間に、ドS認定されていることに、サマリエは驚く。ウルガはオレ様キャラとして設定されているから、ドSと言われるのはわかる。だが、モンスターを愛し、ただ堅実にアカデミー生活を送っているだけの自分が、ドSなどと誹りを受けるなんてとショックを受けた。


「お前の、シロイロオオトリ、オレ様に貸しやがれ!」

「アカデミーから貸し出し許可が出てないので無理です」

「は? そんなもん必要ねぇよ! シロイロオオトリがどんなもんか試してやるから、貸せって言ってんだよ!」

「アカデミーから貸し出し許可が出てないので無理です」


 サマリエは威圧を込めた笑顔で同じ言葉を繰り返した。腕は組んだままだ。

 ふっとウルガが下を向き、鼻で笑った。顔を上げると、ギラギラとした目でサマリエを見る。


「オレ様にそんな態度を取った女はお前が初めてだ」


 ペロリと八重歯を舐め、ウルガは腰に下げたムチに手を伸ばす。そこに、鋭い声が飛んできた。


「何をしているのですか!」


 声の方を見て、ウルガは舌打ちした。顔をしかめて両手を上げる。


「何もしてねぇよ! うるせぇな」


 ウルガはぶつぶつと文句を垂れながら、行ってしまった。ほっと胸を撫で下ろすと、ウルガを止めた声の主がサマリエのもとに歩いてくる。


「大丈夫ですか? 彼に何かされましたか?」


 丁寧な口調でそう言ったのは、短めの緑の髪をサイドになでつけた、上品な顔立ちをした男だった。アカデミーの校章のついた服を着ているが、他の教師と違い、白地に金の刺繍が施されたキャソックだ。先ほどの野生的なウルガとは正反対の雰囲気を漂わせている。


「いえ……大丈夫です」


 サマリエは身構えて応えた。そんなサマリエの様子を、男は光のない黒灰色の目で見つめた。


「彼は乱暴な性格なので、気をつけてくださいね」


 それだけ言うと、男も去っていく。ウルガの登場で、縮こまっていたアルテミーが、サマリエの後ろから顔を出した。


「ビックリした~! 今の学園長だよ、初めて生で見た」

「え、学園長だったんだ……!」

「うん、確か名前はユーエルだよ」


 学園長と言われて想像するのは、年配の人間なのだが、ユーエルは若く、見栄えのいい男だった。サマリエは、さすが乙女ゲームの世界、と妙なところで感心した。

 それよりも、問題はウルガだ。交戦的な男だけあって、シロイロオオトリに目をつけたようだ。今まで、攻略対象に碌な奴はいなかった。ウルガにも何をされるかわかったものではない。関わらずにいきたいが、これまでの経験上、どうにも攻略対象を避けることはできないようだった。


(ボイルドエッグは私が守る!)


 サマリエは決意して、アルテミーと連れ立って、昼食を食べるために中庭に向かった。

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