第12話 3年生になってもクソゲーだった。
サマリエが3年生になると、早速、マルモットの貸し出し依頼が来た。
アカデミーでは、一般の人から格安で依頼を募り、それを生徒に斡旋している。調教科の生徒は、その依頼を受け、適したモンスターを育成科から借り受け、依頼をこなすのだ。もちろん報酬も出る。
依頼書にはマル太郎の貸し出し要請と、依頼内容と報酬に関する記載がある。今回は木材の運搬にモンスターが必要なようだ。調教科の生徒は育成科3名の生徒からマルモットを1匹ずつ借りることになっており、報酬は4人で分けることになる。
誰がどんなモンスターを育てているのか、自分に合った育成師を見つけるために、複数人に依頼を出すのはよくあることだ。
「マル太郎、頑張ってくるんだぞ~!」
サマリエは、マル太郎のアゴをわしゃわしゃと撫で、笑顔で送り出した。1日が過ぎ、マル太郎が戻ってきた時、サマリエの顔から笑顔は消えていた。ふるふると震えるマル太郎のお尻の毛に乾いた血がついている。
「君のマルモット、作業中に列を乱したから、ムチで打ったら、暴れ出して大変だったよ!」
依頼をした調教科の生徒が怒って言う。真っ赤なジャケットを見せびらかすように、胸を反り、尊大な態度だ。が、サマリエはそれよりも怒っていた。
「育成師なら、モンスターをムチに慣れさせておいてくれないと困る……」
バチン──!
サマリエは調教科の生徒の頬にビンタを喰らわせた。突然のことによろけた生徒は、頬をおさえて信じられないといった顔をサマリエに向ける。
「それが人にものを頼む態度なのかしら」
怒りに燃えるサマリエの瞳が、生徒を睨みつける。生徒は口を開いたまま言葉を継げずにいた。
「頬を打たれたくらいで何も言えなくなるの? 社会に出すなら、あんたの母親はあんたをビンタに慣れさせておいてくれないと」
大袈裟な身振り手振りでサマリエは話し、最後に、赤いジャケットの胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せた。
「あんたが言ってるのは、こういうことよ? モンスターだろうが人間だろうが、暴力を振るわれたら、そうなるでしょう。モンスターは暴力で言うことをきかせるんじゃないのよ!」
サマリエは掴んでいた襟首をぐんと押した。生徒は尻餅をついて倒れる。驚きに見開かれた目はサマリエを見つめ続けていた。サマリエは腕を組み、体を斜めにして、生徒を見下す。
「そんなこともわからないなら、1から調教科をやり直した方がいいわよ」
言いたいだけ言って、サマリエはモンスター舎の扉をばたりと閉めた。閉めた途端、マル太郎に駆け寄り、ぽろぽろと涙をこぼす。
「ごめんね、マル太郎! あんなやつの依頼なんて断れば良かった!」
マル太郎はぷーと弱々しく鳴き、サマリエの涙を舌で舐めとった。その優しさに、また涙が込み上げてくる。
軟膏を傷口に塗り、マル太郎をゆっくり休ませる。よほど酷く打たれたのか、お尻の毛がちぎれ、擦ったような傷口が見えていた。
サマリエは、もう2度と、モンスターをムチで打つような人間の依頼は受けないと決めた。そんな人間が大半のアカデミーだから、今後、依頼を受けることはなくなってしまうかもしれないが、大切に育てたモンスターを傷つけられるのは許せない。
いましめ一郎と花子が、マル太郎に寄り添ってプイプイ鼻を鳴らしている。可哀想なマル太郎を慰めてくれているのかもしれない。
アカデミーでは、噂話などはすぐに回ってしまう。サマリエは今回、手酷く追い返した生徒が悪い噂を流すだろうと思っていた。それにより、サマリエに貸し出し依頼をする生徒はいなくなるだろう。そう予想していた。
(なのに……なんでだ)
サマリエのもとに届く貸し出し依頼はなくならなかった。それどころか、数が増えてさえいる。無下に断ることもできるが、話し合いの余地がある場合は、絶対にモンスターを傷つけないという誓約書にサインした者にだけモンスターの貸し出しを許した。
「なんでモンスターごときにそんなことを? バカバカしい!」
そう言われたことも1度や2度ではない。が、中には、納得してサインをしてくれる生徒もいた。そんな時は、ムチを使わずにモンスターを誘導する術や、懐かれ方を丁寧に教えたりした。この行いが、将来、モンスターを大切に扱う人間が増えることに繋がると信じて。
「ふ、ふん! 今日もモンスターを借りに来てやったぞ」
「は? 何偉そうにしてんのよ、またぶつわよ」
「あっ、すいません!」
初めてサマリエに貸し出し依頼を出し、マル太郎を傷つけた生徒が顔を赤らめて謝った。姿勢をピシリと正し、敬礼せんばかりの勢いだ。
彼はサマリエにビンタされたにも関わらず、サマリエへの貸し出し依頼を続けている。最初はサマリエも断っていたが、あまりにもしつこいので、とうとう根負けして、誓約書の話をした。彼は誓約書にサインし、以来、モンスターを傷つけることはしていない。名前をヤーレという、調教科の生徒だ。
しつこく貸し出し依頼を出されていた時、サマリエはヤーレを攻略対象かと疑っていたが、彼はミックスやハント、ヒエラのように突出してイケメンではない。いかにもモブといった風体で、坊ちゃん刈りの黒髪に、塩顔であまり印象に残らない顔をしている。
ゲームの世界だからか、シナリオに関わる重要キャラほど、容姿が整っている。その点ではわかりやすい。が、主要キャラでも無いのに、ヤーレがサマリエにしつこく関わってくることが解せない。
シナリオが変わろうとしているのか、それとも、ゲームに描かれていないだけで、主人公であるサマリエの日常はこんなものなのか、頭を働かせて考えてみるが、答えは出なかった。
一時は、モンスターが暴走することも良しとしようとしたが、貸し出し依頼を通じて、モンスターを乱暴に扱うことをやめさせる活動ができているような気がした。少しずつだが、未来を担う若者たちの意識を改善していけるような兆しが見えていた。
そんな時だった。サマリエの前に新しい攻略本対象が現れたのは──。
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