第11話 平和に見えてもクソゲーだった。

 2年生の間にあった事件らしい事件と言えば、シロイロオオトリのタマゴを入手したぐらいだった。サマリエは育てたられた経験がほとんどないシロイロオオトリの育成に忙しい日々を送っている。ハントの一件以来、信頼を寄せるようになったライミとは、シロイロオオトリの育成について相談に乗ってもらっている。ライミの方も、初めて間近に目にするシロイロオオトリに興奮気味だった。


 孵化するまでは心配で、サマリエはタマゴをシロイロオオトリの親よろしく、お腹に帯で巻き付けて、カイロを貼り付けて温めていた。異様な姿で授業を受けるサマリエに、クラスメイトも教師も奇異の目を向けてきた。ただ1人、同室のアルテミーだけは毎朝、サマリエの姿を見るとコロコロと楽しそうに笑い、サマリエの心を癒してくれた。


 ストーカーのヒエラは、表立って何かをする様子はなかった。時折、モンスター舎で視線を感じることはあるが、見ているだけならいいかと、放置している。


 それよりもサマリエには心配なことがあった。3年に進級すると、育成科はいよいよ、育成師としての将来を見据えて、調教科にモンスターの貸し出しを行うことになる。アカデミーを卒業して、育成師となれば、大体の卒業生が育てたモンスターを調教師に売って生計を立てることになる。調教師がどんなモンスターを求めているか、また育成師としてどんなモンスターを育てられるか、学生のうちに知られることで、将来の顧客獲得に繋がることになる。


(でも、調教科って、鞭を使うのよね……)


 サマリエはすくすくと成長するシロイロオオトリの柔らかな羽毛を撫でる。名前は、ボイルドエッグ。親を失うというハードな始まりだったが、強く逞しく生きていってほしいという願いを込めてつけた名だ。タマゴを守り、惜しくも命を落とした、あの日のシロイロオオトリとよく似た精悍な顔つきをしたオスだった。


 ボイルドエッグは、サマリエ以外には懐かず、検査をしたがるライミに何度も煮湯を飲ませてきた。毎月の健康診断では毎度のごとくライミの白衣に糞を落とし、体長を測るとなれば、分厚い翼を羽ばたかせ邪魔をした。

 1度、ボイルドエッグがライミの頭を齧ろうとしたことがあった。ライミの頭の上で、あんぐりとクチバシを広げ、お辞儀をするように頭を下げたボイルドエッグに気づき、サマリエが慌てて止めたが、あの時は生きた心地がしなかった。生態観察中にモンスターによって命を奪われる者は少なくない。まだ生態がわかっていないなら、その危険性は格段に高くなる。改めて、サマリエはモンスターの危険性を認識し、気が引き締まる思いだった。


 2年の終わりに、ヒエラとライミ、他にも数名の教師が各生徒のモンスター舎を回る面接が行われた。面接と言っても、生徒が受けるのではない。生徒の育てたモンスターがきちんと育てられており、調教科への貸し出しに適しているかを見るためのものだ。面接されるのはモンスターたちということだ。

 サマリエの元にも、教師たちが訪れ、1階のマルモットたちや、水トカゲ、2階のシロイロオオトリを面接していった。

 ドラゴンもどきのぷりぷり姫は、ブリード用のモンスターなので、調教科に貸し出すことはなく、面接を受けることもない。正に高みの見物といった様子で、ぷりぷり姫は毛並みや体調などを検査される仲間たちを、天井付近に作られた巣から見下ろしていた。大勢の人間がいて怖いのか、しきりに巣に挿した、飾りの羽をいじっている。


「大丈夫だよ、ぷりぷり姫」


 サマリエは背伸びをして、ぷりぷり姫の頭を撫でた。ぷーと鼻を鳴らして、ぷりぷり姫はお気に入りの青い羽を抱いて、丸まる。


「このマルモットは、ミックスから引き継いだものかね?」


 すっかり痩せて、標準体重になった、いましめ一郎と花子を見て、教師たちは素直に驚いていた。マルモットのダイエットに協力してくれたヒエラは何も言わなかったが、鼻が高そうに、密かに微笑んでいた。これで、ストーカーでさえなければなと、サマリエは思う。


 2階のシロイロオオトリを見た時は、教師たちは一様に歓声を上げた。


「見事なものだな、これは調教科から依頼が押し寄せそうだ」


 教師の1人が言うのを、ライミが止めた。


「いえ、ボイルドエッグはサマリエ以外には懐きません。貸し出しは控えた方がいいでしょう」

「ボイルド……? せっかく空飛ぶモンスターがいるのに使えないのか」


 明らかに不満そうな顔をして教師はサマリエを見た。


「君、育成師なら、モンスターが大人しく従うように育てないと」


 サマリエは、教師の言葉に目を細めた。

(お前たち、ボイルドエッグが大人しくいうことを聞いたら何に使う気だ?)


 肯定も否定もせず、サマリエはニコニコしながら教師を見る。沸々と怒りをたぎらせるサマリエに気づかず、教師は口惜しそうにボイルドエッグを眺める。一方でボイルドエッグは、サマリエの怒りを敏感に感じ取り、激しく翼を羽ばたかせた。室内に風が巻き起こる。1階でもサマリエのモンスターだけでなく、他の生徒のモンスターも騒ぎ声を上げて、落ち着きなく動いていた。

 教師たちは慌てて2階から避難して、建物を出る。


「シロイロオオトリは大変素晴らしいが、君以外のいうことも聞くように、育て直しなさい」


 そう評して去っていく教師たちの背中に、サマリエは舌を出して見送った。一行の姿が見えなくなってから、はたと考える。

 サマリエが怒ると、それに呼応するようにモンスターたちが騒ぎ出す。それには随分前から気付いていた。それが『モンスターに愛されし者』という能力の影響なのか、サマリエにはわからない。


(もしそうなら……)


 サマリエの頭に恐ろしい考えが浮かぶ。少し前から浮かんでは、否定してきた……もしもそれが、サマリエの能力ならば、この先に待っているモンスターたちの暴走の引き金は、自分なのではないか?

 今日のことで、ますますその疑いが強くなる。記憶を取り戻した時には、モンスターたちの暴走を止めなければと思っていた。けれど、モンスターたちがこの世界で受ける仕打ちを見てきて、サマリエの中には、モンスターたちの暴走を止めることは、正しいことなのだろうか、という疑問が出てきていた。

 いっそのこと、モンスターを迫害する人間には、酷い目に遭ってもらった方が、話が早いのでないのか。そんな考えを持ってしまうことが、自分が暴走の原因ではと考えてしまう理由の1つでもあった。


 数日後、面接の結果が出た。サマリエからはマル太郎、いましめ一郎、花子、トカゲ三吉の4匹が貸し出し可能になるようだ。面接時に暴れてくれたお陰で、ボイルドエッグは貸し出しを免れたようだ。

 モンスターの貸し出し中は、サマリエが関与できない。そんな中で、人間に危害を加えることがあったら、ボイルドエッグは殺処分されかねない。

 ひとまずの結果に、サマリエは胸を撫で下ろした。

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