第10話 2年生になってもクソゲーだった。

 2年生になると、育成科の授業にフィールドワークが追加される。極、少数ではあるがフットワークの軽い生徒は、1年の時から、授業時間外に近くの野山に向かい、自分でモンスターを捕まえたりしていた。

 育成師にとって、自分でモンスターを捕獲するフィールドワークは重要だ。育成師は育てるモンスターを自前で調達しなければならない。もちろん、商人から買ってもいいのだが、捕まえにくいモンスターほど値段が高くなり、出費もバカにならない。良い育成師は捕獲も上手くなくてはならないのだ。


 授業では、初心者向けの平原から始めて、プロも出入りする珍しいモンスターがいる険しい山に登ったりもする。その過程で、生徒に怪我人が出ることもざらだ。フィールドワークでは成熟した個体ではなく、幼体やタマゴの捕獲をする。気性の荒いモンスターを相手にするときは、調教科の生徒と協力して、親個体を殺したり弱らせたりしてから、幼体やタマゴの捕獲する。


 2年生になって半年が経ったがサマリエは、いまだにモンスターの捕獲していなかった。サマリエのモンスター舎には、マル太郎、いましめ一郎・花子、トカゲ三吉、ぷりぷり姫と変わらないメンツが暮らしている。


(無理やり親から引きはがすってのが、どうもな……)


 サマリエはマル太郎たちの世話をしながら、フィールドワークについて考える。生活の中で、モンスターたちがいて助かる場面はたくさんある。けれど、それを無理やり、親を殺してまで強要するのは、間違っているとサマリエは思うのだ。


 今日は『シロイロオオトリ』が住む森にフィールドワークに来ている。生徒たちは捕まえることの難しい空飛ぶモンスターを手に入れようとグループを作って、意気込んで森の探索に出かける。サマリエはそれを横目に、1人で森の中に入って行った。


 羽の森と呼ばれるこの森は、杉のような高い木が多く生えている。翼のあるモンスターが多く生息しており、時折、群れになったモンスターたちが落とす羽が雨のように降ってくることから、羽の森と言われるようになった。


 サマリエは早速、足元に落ちる黒い羽を見つけて拾い上げた。死肉に群がる『トリエナ』の羽だ。

 鳥型モンスターで、体長は50センチほど。モンスターとしては小さい部類に入る。ただ、30匹からなる群れで生活しているので、遭遇すると厄介だ。普段は死肉を漁っているが、弱い生き物を見つけたり、群れが襲われた時などは、鋭いクチバシや、爪を使って攻撃してくる。厄介なのが、クチバシによる攻撃で、死肉を食べていることで、口の中で毒が発生していると言われている。トリエナに突かれて傷を負うと、そこから肉がどんどん腐り始めるのだ。

 刺激しなければ、人間には攻撃してこないので、そこまで危険ではないが、毎回、トリエナのタマゴを手に入れようと無謀な挑戦をする生徒が現れ、巻き込まれた生徒共々、怪我を負うことになる。


 サマリエは今回は、そんな被害が出ないことを祈りつつ、作業着の胸ポケットにトリエナの羽を入れた。ぷりぷり姫へのお土産だ。

 初めてフィールドワークに出た際、珍しい羽見つけて持ち帰った。それをぷりぷり姫がいたく気に入り、以来、サマリエはフィールドワークに出かけると必ず、羽を持ち帰るようになった。

 消毒してぷりぷり姫に渡すと、短い手で羽を持ち、慣れた足取りで天井近くに作った巣へと持ち帰り、編んで作られた巣に刺して飾る姿が見られる。


(これで7本目だな)


 サマリエはぷりぷりと尻尾を振って足場を登っていく、ぷりぷり姫の姿を思い出して笑った。と、空をごうと音を立てて飛ぶモンスターの姿があった。木々の先端を掠めるほどに低く飛ぶのは、シロイロオオトリ。大きなワシのようなモンスターで、この森の生態系ピラミッドの頂点に君臨している。

 そのシロイロオオトリが羽を撒き散らしながら、超低空を飛んで行く。巨大な影がサマリエの上を過ぎ、その後を小さな影が鋭く追う。


「トリエナだ!」


 シロイロオオトリを追って飛ぶトリエナの群れに、サマリエは驚きの声を上げた。トリエナが自身の何倍もあるシロイロオオトリを襲っているなんて、見たことがない。50はいそうなトリエナの群れが、上昇しようとしたシロイロオオトリの翼をついばむ。サマリエは夢中で、群れを追いかけた。むしられた羽がパラパラと降ってくる。ポケットに入れるには大き過ぎる羽を拾うのは諦めて、サマリエは走った。頬に滴が当たり、手で拭うと赤い血だった。


(トリエナについばまれたか……!)


 墜ちていくシロイロオオトリを横目に見ながら、サマリエは気が立っているであろうトリエナにみつからない様に、周囲に気をつけながら走った。

 ずんと地響きがし、シロイロオオトリが地面に墜ちたのを知る。ぎゃわぎゃわと騒ぐ鳴き声の方に、屈みながら小走りで近づくと、地面に伏したシロイロオオトリがトリエナの群れに囲まれていた。

 トリエナが矢のように、シロイロオオトリに突進していく。シロイロオオトリも大きな翼を奮って反撃するが、多勢に無勢で逃げることができない様子だった。


(何か変だな……トリエナがシロイロオオトリを襲っているのもおかしいけど、シロイロオオトリの動きが……変だ)


 薮に身を隠して、サマリエは目を凝らした。シロイロオオトリは何かを庇っているようで、動きが制限されているようだ。サマリエはシロイロオオトリの膨らんだ腹を見て、気づいた。


(タマゴを守ってるんだ!)


 シロイロオオトリの子育ては変わっている。卵生だが、メスは産み落としたタマゴをお腹の窪んだ部分にはめて持ち運ぶことができる。そうして、温めながら移動や狩りをし、タマゴの孵化を待つ。

 決まった巣を持たないシロイロオオトリは、巣での子育てはしない。孵化した幼体はすぐに空を飛ぶことが出来る、根っからの空の王者だ。そうしてすぐに親子で空を飛び、狩りを教え、親離れの時まで育てる。

 親と同じ姿をした幼体は、中型犬くらいの大きさだ。それが半年ほどかけて、親と同じくらいの大きさになる。


 残念だが、襲われているシロイロオオトリは助からないだろう。トリエナにクチバシで突かれ、すでに毒に蝕まれているはずだ。


(これが自然か……)


 サマリエは目の前で繰り広げられる死闘に釘付けだった。シロイロオオトリも傷だらけだが、トリエナの群れもすでに20は数が削られている。地面に黒い亡骸が点々と落ちていた。

 ふと、サマリエの耳に人の笑い声が聞こえた。見ると、少し離れた薮に、サマリエと同じように身を隠したアカデミーの生徒が数人いる。その中には調教科の生徒の姿もあった。作業着の中に赤いジャケットを着た生徒が2、3人いる。


 耳を澄ませると、荒ぶるトリエナの鳴き声の合間に、生徒たちの会話が聞こえてきた。


「よし、うまくいったな」

「このままじゃ、タマゴまで襲われて……」

「トリエナを追い払うには……」


 会話を聞いて、サマリエの頭にカッと血が上った。どうやら、シロイロオオトリにトリエナを仕掛けたのは、あの生徒たちらしい。トリエナをどうやって追い払うか話しているということは、調教科の生徒の使うモンスターはトリエナではないようだ。

 サマリエは辺りを見回して、握り拳大のどんぐりのような木の実を見つけた。それをいくつか拾い、ポケットからマッチを取り出す。いつ、どんな困難に襲われるかわからないこともあり、サマリエはマッチを持ち歩くようになっていた。


 木の実に火をつけ、それを隠れる生徒たちめがけて投げる。4つほど投げたところで、破裂音がし、生徒たちが薮から飛び出した。

 サマリエが投げた実は、火をつけると破裂し、中からドロっと甘い果汁が飛び出してくる。火を吐くモンスターもいる中で、森が燃えて無くならないのは、この木の実がそこここに自生しているからだと言われている。燃えても果汁で火を消してしまうのだ。


 突然の爆発に混乱した生徒たちがバラバラと薮から飛び出し、トリエナにその姿を捕捉された。逃げ惑う生徒たちが弱く見えたのか、興奮したトリエナは蹲って動かなくなったシロイロオオトリから、ターゲットをアカデミーの生徒たちに変えた。生徒たちは血相を変えて逃げ出す。サマリエはその光景を冷静に眺めていた。


(トリエナをけしかけたのだから、返り討ちに遭う危険性もわかっていたわよね? 調教科の生徒もいるし、自分たちで解決できるでしょう?)


 トリエナの群れは生徒たちを追い、去っていった。嵐の後のような静けさが辺りを占めた。サマリエは薮から出て、動かなくなったシロイロオオトリに近づく。地面にトリエナの死骸が転がっている。中には、まだ息のある個体もおり、噛み付かれないように気をつけながら、サマリエは歩みを進めた。


 近くに立つと、シロイロオオトリの息がまだあることに気づく。ゆっくりとした呼吸に、白い巨体が上下していた。


(ごめんね、助けられないの)


 サマリエは心で呟き、眉間に皺を寄せた。そっと翼に触れると、シロイロオオトリがのっそりと顔を上げた。傷ついてもなお、精悍な顔つきをしている。

 しばらく見つめ合い、シロイロオオトリが目を細めた。クルルと喉を鳴らし、自身の腹の辺りをクチバシで示す。

 コロリと腹に引っ付いていたタマゴが地面に転がった。激しい戦闘にも傷一つついていない。綺麗な空色のタマゴだ。


 また、クルルと鳴いて、シロイロオオトリはクチバシでタマゴをサマリエの方に転がした。


「え……?」


 シロイロオオトリの行動に驚きつつ、サマリエは恐る恐るタマゴに手を当てた。


(温かい……)


 確かな拍動を手のひらに感じる。サマリエはシロイロオオトリの穏やかな眼を見上げた。


「この子は、私が大事に育てるわ。だから、安心して」


 キューンとひと際大きな声で鳴いて、シロイロオオトリは翼を広げた。地面に血がパタパタと落ちる。シロイロオオトリは頭を高く上げ、そして、力尽きて倒れた。土煙が舞う。

 サマリエは反射的にタマゴを抱きしめ、衝撃から守った。ぷりぷり姫よりも一回り大きいタマゴを、慎重に持ち上げる。重さはぷりぷり姫と同じぐらいで、驚いた。

 もう一度、倒れ伏したシロイロオオトリを見てから、サマリエは唇を噛み締め、その場を去った。


 その日のフィールドワークで怪我人は出ず、モンスターの捕獲が出来たのは、シロイロオオトリのタマゴを持ち帰ったサマリエだけだった。

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