第8話 正体がわかってもクソゲーだった。

 ぷりぷり姫を連れて行かれ、サマリエが頼ったのはライミだった。モンスター舎から治療科まで全速力で駆けていく。記録的な速さで、治療科に駆け込んだサマリエを目の下にクマを作ったライミが不機嫌に迎えた。


「何慌ててんだ、変なやつだな」

(また、変って言われた……)


 ライミの言い草に、何か返したいサマリエだったが、全力でかけてきたせいで、呼吸が荒く、言葉がつげない。膝に手を当て、犬のように舌を出し、大きく息をする。サマリエが息を整えている間、ライミは椅子に座り、呑気にあくびをしていた。


「先生っ、ぷりぷり姫が……」

「ぷり……? なんだって?」


 サマリエは先ほどの出来事をつっかえながら話した。なかなか呼吸が落ち着かない。ライミはドラゴンもどきにつけられた『ぷりぷり姫』という名前に顔を顰めていたが、ハントがドラゴンもどきを連れ去ったと聞いて、眉間の皺を深くし、舌打ちをした。


「しまったな……お前に預ければ大丈夫かと思っていたが」


 ライミの言葉に、サマリエは落ち込んだ。見込まれて任されたのに、このザマだ。サマリエも1度捨てたモンスターをハントが取り返しに来るとは思っていなかった。アカデミーがハントの嘘に騙されたのも信じられないことだ。


(いや……ミックスを放置していたアカデミーをまだ信じようとしていた私がバカだった)


 サマリエは猛烈に反省した。


「すみません……」


 しょげたサマリエに、ライミは首を振る。


「いや、監査が入れば、退学処分になると思ってたんだが、まさか監査をすり抜けるなんてな。どこかで情報が漏れていたのか」

「……どうしましょう」

「ぷりぷ……ドラゴンもどきの状態からして、ハントは異種交配に手を出している可能性が高い。無茶な交配をしている証拠があれば、やつの嘘も暴かれるんだが」

「証拠……」


 呟いたサマリエは、ハッとして目を大きく開いた。青い瞳がギラリと怪しく光る。


「先生、ぷりぷり姫の治療記録はありますか?」

「あるが、それだけじゃ弱いぞ」


 はっきり言われて、サマリエの決意が固まった。ぐずぐずしている時間はない。ぷりぷり姫は見た目には完治したように見えるが、まだ薬を服用しているし、無理は禁物な体だ。だが、そんなこと、ハントは知らない。知っていたとしても、出血するぷりぷり姫を無惨に捨てたハントが、適切な対応をするとも思えない。


(早く助け出さなきゃ)


 サマリエはライミにぷりぷり姫の治療記録をアカデミーに提出してもらうことを約束して、寮に戻った。


「そんなに息を切らしてどうしたの?」


 寮の部屋に飛び込むと、先に帰っていたアルテミーが驚いて駆け寄ってきた。今日も灰色の三つ編みが可愛らしい。

 アルテミーは俯いて、はあはあと息をするサマリエの背中を優しくさすってくれる。


「大丈夫?」

「だ、大丈、ぶ」


 全く大丈夫ではない様子で、サマリエは自分の机に寄りかかった。引き出しから、封印した封筒を取り出す。

 これは呪いの手紙……ではなく、ヒエラがしたためた報告書だ。酸素が足りず、痺れる手で書類を取り出し、サマリエは内容に目を通す。文字が小さく読みにくい。

 報告書を読み解くと、ハントは夜中にモンスター舎を訪れているようだった。そんな時間に行っても、まともにモンスターたちの世話ができると思えないが、報告書には使われていないはずのモンスター舎の2階に灯りが移動すると書いていた。


(ここに何かあるのかも)


 サマリエは報告書を握りしめ、部屋を出て行こうとする。それをアルテミーが引き止めた。


「サマリエ、どこ行くの?」


 振り返った、サマリエはフッと影のある笑い方をして、斜め下を見た。


「ちょっと、姫を助けに」

「え……」


 呆気にとられる友人を残して、サマリエは部屋を出て行った。


 太陽が沈み始めていた。橙色の空と、黒を纏う木々や建物。世界は影絵のようだった。寮を出て、男子寮に向かう道に来たサマリエは、大きく息を吸い、呼吸を整えた。そんなサマリエに黒い影が話しかける。


「どこに行くんですか? サマリエさん」


 聞き慣れた声に、サマリエは驚かなかった。


「ヒエラ先生」


 影から出てきたヒエラは結んだ青い長髪を揺らして、メガネを怪しく光らせていた。今ならわかる。ヒエラのクソ設定が。


(こいつは、ストーカーだ)


 ターゲットに知られることなく、詳細に行動を調べ、いつも絶妙なタイミングでサマリエの前に現れる。これまでの、ヒエラとのやりとりを思い出し、サマリエはヒュッと肝が冷える思いがした。


「どうしたんですか? サマリエさん」

(たぶん、全部知っているんだろうけど……)


 サマリエはそう心の中で前置きしてから、話始める。


「大変なんです! ぷりぷり姫が、ハントのところに連れ戻されちゃって! このままだと、ぷりぷり姫がまた酷い目に遭わされちゃいます!!」

「えぇ!? それは大変ですね! 早く助けに行かないと!!」


 ヒエラは『ぷりぷり姫』という名前を今、初めて聞いたはずなのだが、妙にすんなり受け入れ、それが誰のことかもわかっているようだった。


(話が早くて助かるぜ!)


 サマリエはヒエラを連れて駆け出す。ハントのモンスターがいる男子寮のモンスター舎にたどり着く前に、サマリエはヒエラに確認する。


「ヒエラ先生、ハントの行動を調査してた時、どこから見張ってたんですか?」

「あぁ、それならこちらですよ」


 ヒエラは隠す風でもなく、率先して、道案内した。

(おぉ、おぉ……悪びれもせず、恐ろしいやつだ)


 内心、慄きながら、サマリエはヒエラの後に続く。ヒエラが案内したのは、モンスター舎が見渡せる生垣の裏だった。見つかりにくいよう、枝を継ぎ足した工作の跡も見られる。


「ここなら絶対に見つかりませんよ」


 とんと胸を叩いてヒエラが補償する。日が暮れ、あたりは闇に包まれていた。モンスター舎には明かりが灯っている。


「ハントがいるのかしら?」

「ちょっと待ってくださいね」


 サマリエの呟きに、ハントは懐から双眼鏡を取り出した。


「どれどれ……んー、そうですね、明かりが灯っているのは右から3番目……ハントのモンスターがいる場所ですね」

(うわ、怖っ)


 ヒエラは1部屋につき1つだけある小さな窓の明かりを見て、判断しているようだ。こうして、自分も監視されていたのかと思うと、サマリエの腕に鳥肌が立った。


「ハントが出て行くまで、ここで待機します」

「それなら、これに座ってください」


 またまたヒエラの懐から、今度は折り畳みの椅子が出てくる。ごく小さいものだが、服のどこに収納されているのか謎だ。まさか教師の制服であるキャソックには内側に収納ポケットがたくさんあるのだろうか。

 頭の中でさまざまな疑問が飛び交うが、一先ず、サマリエは恐る恐るヒエラから差し出された折り畳み椅子を受け取り、座った。クッションなどなく、長く座っているとお尻が痛くなりそうだが、足は楽だ。


 はぁはぁと荒い呼吸が聞こえ、見上げると、ヒエラがものすごい目つきで、サマリエを見下ろしていた。整った顔をしているのに、真顔で目を血走らせている姿は見るに堪えない。カチャリとメガネを掛け直す仕草も、異様に見える。


(なになになに!? なんでそんな興奮してんの!?)


 サマリエは状況がよくわからず、パニックになりかけた。が、ここで騒ぐわけには行かない。サマリエはヒエラからものすごい視線を向けられるのを我慢して、じっとハントがモンスター舎から出てくるのを待った。


 ヒエラの呼吸が落ち着き、感じる視線もおさまってきた頃、ハントがモンスター舎から出てきた。時刻は寮で夕食をとる時間だった。

 ハントが寮に入るのを見届けてから、サマリエは動き出す。ヒエラも椅子をたたみ、懐に仕舞うと、後に続いた。椅子を仕舞うとき、密かにヒエラが座面を嗅いでいたのをサマリエは見逃さなかった。


(こいつと2人で潜入して大丈夫だろうか……)


 そこはかとない不安を抱きながら、サマリエは柵を越え、暗いモンスター舎の扉を開けた。

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