第7話 嘘つきがいるクソゲーだった。

「このドラゴンもどきだが、お前が引き取らないか?」


 日課になったドラゴンもどきのお見舞いに行くと、待ち受けていたライミが言った。ドラゴンもどきは全快とは言えないものの、自分で餌を食べれるほどに回復していた。一時はすり潰した果物を注射器に入れて、喉の奥に流し込まないと、食べることもできなかった。今は短い両手で果物を掴み、水分を吸うように食べている。ドラゴンに似ていることから肉食と思われがちだが、ドラゴンもどきの主食は果物で、ほとんど水を飲まない。必要な水分は果物で補っているそうだ。餌の用意がしやすく、糞尿も少なく臭いもほぼない。ドラゴンもどきが観賞用として拡まっているのはそういった面も大きい。


 ライミの申し出に、サマリエは感動を禁じ得なかった。

(最初は私のこと、犯人じゃないかって疑ってたのに……)


「はい! 私でよければ!!」

「じゃあ、頼んだぞ。変人」

(ん? 変人? 今、この人、私のことの変人って言った?)


 サマリエはそこはかとない違和感を覚えつつ、ドラゴンもどきを抱き上げた。初めて抱いた時よりも重いドラゴンもどきの体重に、じんと胸が暖かくなる。教師から変人呼ばわりされたことも許せそうだ。


(しかし、なぜ変人……)


 ライミからドラゴンもどきのお世話の注意点を聞きながら、サマリエの頭からはその疑問がなかなか消えなかった。


 ドラゴンもどきを捨てた犯人と思しきハントだが、罰則が下された様子は全くと言っていいほどなかった。

 ライミから説明は受けたが、自分でもドラゴンもどきの生態を調べるべく専門書を借りに図書室を利用したサマリエは、いつも通り呑気に女生徒と連れだって、図書室を利用するハントの姿を見かけている。相変わらず図書室の利用には向かない、大きめの声でいちゃついた会話を繰り広げていた。


 サマリエはドラゴンもどきを引き取ってからは、授業が終わるとまっすぐにモンスター舎に、向かうようになった。ドラゴンもどきの専門書を片手に、巣作りをする。ドラゴンもどきは飛べないが、飛ぶことに憧れているのか、高い場所が好きらしい。サマリエは部屋の隅、天井近くに棚を取り付け、そこに蔦などを編んで作った鳥の巣状の寝床を設置した。落ちないように、きちんと固定する。寝床の中におが屑を敷くと、木のいい香りがした。作業を見守っていたマル太郎たちも鼻を上に向けて、木の匂いを楽しんでいるようだ。

 最後に寝床に自力で行けるように、階段状に角を取った棚を設置する。青い鱗のドラゴンもどきは、短いが太い足を使って、よじよじと寝床に向かって棚の足場を上り始めた。怪我で寝たきりになってた分、鈍った体を動かすのに、ちょうどいい運動かもしれない。


(このドラゴンもどきにも名前をつけなくちゃな~)


 ウキウキとしながら、名前を考えていると、モンスター舎の外が騒がしくなった。なんだろうと思い、外に出ようとしたところに、ハントと黒いキャソックに身を包んだ数名の教師が通路に入ってきた。

 ハントはいつもは改造した制服を着ているのに、今日は何の手も加えられていない普通の制服を着ていた。


「な、なんですか?!」


 突然の来客に困惑していると、ハントがサマリエの後ろを指さす。


「あ! いました! あれです、あのドラゴンもどきがオレのとこから逃げ出したやつです!」

「は?」


 サマリエが呆気に取られている間に、教師の1人がずかずかと部屋に入ってきて、ドラゴンもどきを掴んだ。首根っこを掴まれたドラゴンもどきはピーピーと激しく鳴いている。


「やめて! そんな掴み方しないで!!」


 サマリエはせっかく元気になったドラゴンもどきがまた傷つくのを心配して教師を怒鳴った。サマリエのあまりの剣幕に、ドラゴンもどきを捕まえた教師は、首は掴んでいるものの、もう一方の手でお尻を支えた。首の負担は少なくなったが、ドラゴンもどきはパニックになって鳴いたままだ。サマリエの方を向いて、ピーピーと激しく鳴き、助けてと言っているようだった。その姿にサマリエの心にぐるぐると黒いものが渦巻いた。


「このドラゴンもどきは君のじゃないだろう」


 責めるように言われたが、サマリエは怯まず反論した。


「その子は、血だらけになって、道端に捨てられてたんです!」

「捨てられてたなんて、そいつは他のモンスターに襲われて、パニックになってオレのとこから逃げ出したんだ」


(何言ってんだ、こいつ!?)


 ドラゴンもどきの出血は、出産のさせ過ぎだとライミが言っていた。優秀だと言われるライミが診断を誤るとは思えない。サマリエもドラゴンもどきを発見した時、他のモンスターに襲われたような外傷はなかったと記憶している。

 ドラゴンもどきは卵生なのだが、美しい鱗の色を求める悪質な育成師によって異種交配が行われることがあった。そうなると体のサイズに合わないタマゴを産むことになり、母体が傷を負ったり、酷い時は、死んでしまったりする。同じ種での交配でも、タマゴの産ませすぎは、カルシウム不足になったり、骨密度の低下や、卵巣や卵管の病気を招くことになるという。


(こいつ、嘘ついてる……)


 サマリエの中に沸々と怒りが湧いてきた。それに呼応するように、マル太郎たちマルモットは毛を逆立て、トカゲ三吉は水中から顔を出し、口を開けて鋭い牙を見せた。別の部屋にいる他の生徒のモンスターたちも騒ぎ出し、モンスター舎の中は騒然とした。


「なんなんだ……?」

「早く、ここを出よう」


 モンスターたちの異様な騒ぎ方に教師たちは、顔を引き攣らせた。


「このドラゴンもどきは本来の所有者に渡す」


 教師はそう言って、ドラゴンもどきを悪魔のもとへ連行していく。


「ちょっと待って」

「オレのドラゴンもどきを保護してくれてありがとう! 傷も治って……本当に良かったよ」


 サマリエの抵抗も虚しく、ハントが教師からドラゴンもどきを受け取る。長い指が、ドラゴンもどきの丸い腹に添えられた。その手つきが怪しい。金の混ざった茶色い瞳が片方だけ閉じられて、サマリエに向かってウインクした。


(こいつ……!)


 明らかな挑発に、サマリエは頭から湯気が出そうだった。が、ここで騒ぐのは得策じゃない。サマリエはグッと拳を握って、ドラゴンもどきを連れ去ってしまうハントの姿を睨んだ。バチバチと視線から火花が出ているような錯覚を起こす。


(絶対に、絶対に助けるからね……ぷりぷり姫!!!)


 瞬時に名付け、心に誓う。サマリエのいるモンスター舎はしばらくの間、モンスターたちが落ち着かず、騒がしいままだった。

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