第2話 思い直したけどクソゲーだった。

 ひとまず寮に戻ったサマリエは、もっと詳細なゲームの情報を思い出すため、机の前で唸っていた。とは言え、どの攻略対象のルートもクリアしていないとなると、思い出せることには限りがある。


(何人かの攻略対象は、見れば、なんとなくどんなクソ設定だったか思い出せるはず……)


 あな恋がクソゲーなのは、ミックスのキャラ設定の問題だけではない。攻略対象全ての設定がクソなのだ。


(攻略対象にはできるだけ関わらないのが吉)


 サマリエは悟った顔をして1人、目を閉じて頷いた。

 次はシナリオだ。あな恋は攻略対象と恋を育むのと並行して、大きなストーリーの流れがある。

 それは最終的に、モンスターたちが暴走して、街を破壊し、人々を襲うというものだ。

 主人公であるヒロインは、生まれた時に神から『モンスターに愛されし者』という能力を与えられている。という設定だが、転生したサマリエ自身にその実感はない。


「大体、『モンスターに愛されし者』って何? その能力でどうやって、街や人を救えって言うのよ?」


「愛されたい能力がなぁに?」


 背後から急に訊かれて、サマリエは飛び上がるほど驚いた。振り返るとそこには褐色の肌で、灰色の髪を三つ編みにした女子生徒が立っていた。

 服は例に漏れず、やぼったい作業着だ。


(このゲームがクソゲーな理由がまだあった……)


 三つ編みの女子生徒が着た、鼠色のツナギを見て、サマリエはため息をついた。


(乙女ゲームの学園もので、制服が作業着って……前代未聞だろ!)


「サマリエ?」


 様子のおかしい友人に臆することなく女子生徒が話しかけてくる。サマリエは慌ててコホンと咳払いして、にっこり笑った。


「なんでもないのよ、アルテミー」


 アルテミーはサマリエと同室の生徒だ。まだ入学したばかりで、このアカデミーで出会った2人だったが、気が合ったのかとっても仲良し! と、ゲームでは設定されていた。その通り、前世を思い出す前のサマリエもまだ入学してひと月だというのに、アルテミーとは既に親友のような関係だった。


「今日は早いのね、もうモンスターたちに餌はやったの?」


「モンスターたちに……餌……?」


 繰り返すように呟いて、サマリエの顔がサッと青くなった。

 アカデミーの育成科の生徒は入学時に必ず、1体のモンスターを与えられる。モンスターたちは寮に隣接されているモンスター舎で育成するのだが、日中は授業があるため、放課後にまとめてモンスターの世話をする生徒が多い。

 成績が良い生徒はアカデミー側から、追加でモンスターを与えられたり、また、自身でモンスターを捕まえに行ってもいい。


 サマリエはアカデミーから支給された水トカゲと、アカデミーに入る前から一緒に過ごしてきたマルモットの2匹を世話していた。

 水トカゲの給餌は1週間に1回でいいが、マルモットは毎日、餌をやらなければならない。

 前世を思い出したことでサマリエは混乱し、モンスターたちの世話をすっかり忘れていた。


「今から行ってくる!」


「夕食、始まっちゃうよ~?」


 アルテミーの呼びかけに、「今日は夕食はパス!」と華麗に言い残して、サマリエはモンスター舎に走った。

 この時ばかりは、動きやすい制服に感謝する。ブーツは重いが、モンスターに足を踏まれても怪我をしないように、鉄板が入った特別な靴だ。文句は言うまい。


 モンスター舎は簡素な木造りで、2階建てになっている。1つの寮に2つ、3つのモンスター舎があり、全寮制となっているアカデミーの生徒のモンスターが区分けされた部屋に入れられている。

 1階には陸や水辺のモンスターの部屋が、2階には空を飛ぶモンスターの部屋がある。


 モンスター舎に着くと、お腹を空かせたマルモットがプープーと泣き喚いていた。隣で水槽に体を浸している水トカゲは迷惑そうだ。


「ごめんごめん! 今、ごはんあげるから」


 サマリエはマルモットの背中を撫でてから、餌をやった。マルモットが餌を食べている間に、フンを片づけ、飲み水を入れ替え、寝床の藁を整えてやる。

 水トカゲの水槽も浮いているゴミを掬い、水が減っているようなら足してやる。ついでに水トカゲの鼻先を撫でるのも忘れない。


 水トカゲは青い鱗で、尻尾も含めて2メートルほどの体長のトカゲだ。泳ぐことが得意で、川や湖などで、船を引いたり、直接背中に人を乗せて運ぶこともできる。


 ふと、餌の牧草にがっつくマルモットの丸いお尻と、水槽に体を投げ出して浮かぶ水トカゲを眺めて、サマリエは思った。


(そういえば、モンスターたちに名前をつけてないわね)


 この世界では、モンスターたちは種族名で呼ぶのが一般的で、名前をつけている人間はごく少数だった。頭数確認のために識別番号を与えているところもあるが、それは名前とは言い難い。

 思い至ったが吉日。サマリエは早速2匹のモンスターに名前をつけることにした。


(そうね……マルモットは『マル太郎』。水トカゲは『トカゲ三吉』なんてどうかしら?)


 良い名前を思いついた! といった満足げな顔で、サマリエはマル太郎とトカゲ三吉を見た。

 前世でも動物が好きで、犬を飼っていた。


(犬とはだいぶ違うけど……)


 名前をつけてみると、マル太郎とトカゲ三吉にさらに愛着が湧いた。

 マル太郎が餌を食べ終わったのを確認してから、モンスター舎の灯りを落として、サマリエも寮に戻る。夕食の時間はとっくに過ぎていた。腹は減っていたが、どうと言うことはない。

 それよりも、何よりも、サマリエは強い責任を感じていた。


(この世界がゲームの世界だろうが、モンスターたちには関係がないわ。私にはあの子たちを立派に育て上げる責任がある……!

 とにかく、攻略対象たちには近づかず、いつ起こるかわからないモンスターの暴走の対策を考えないと……)


 ぐぅとなる腹を押さえて、サマリエは顔を歪ませた。


「腹、減ったなぁ……」


 その声は少し、涙声だった。


 翌朝、アカデミーに登校したサマリエをミックスが待ち構えていた。

 立派な石造の正門に寄りかかるように人待ちをする姿は流石、様になっている。が、サマリエは逃げ出したくて仕方がなかった。


「昨日はごめんね、体は大丈夫? これ、お詫びに受け取って!」


 目ざとくサマリエを見つけたミックスが言う。長身のくせに童顔なミックスが首を傾げて、バスケットを差し出した。バスケットの取っ手を握る手が萌え袖になっているのが憎い。


「いや、大丈夫っす。お詫びとか全然、大丈夫っす。身体、丈夫なんで」


 サマリエは早口でそう告げると、早足で門をくぐる。と、右手が掴まれて、後ろに振り向かされた。手を掴んだのはもちろんミックスで、少し頬を赤らめて、バスケットをサマリエに押し付ける。


「そんなに細いのに、丈夫な訳ないでしょ……! これでも食って、大きくなれよ」


 一方的に言って、ミックスは先に校舎に向かって行ってしまった。サマリエはズシリと重いバスケットを抱えたまま、立ち尽くした。

 ぐるぐると疑問が頭の中を回る。


(なんでだ……? なんでだ……!? なんでミックスルートが始まりつつあるんだ~~~!!??

 このクソゲーが~~~!!!!)


 抱えたバスケットには、チョコバーやパイ菓子など、古今東西の甘いものがこれでもかと詰められていた。

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