転生したらクソゲーだった。
とらとら
第1話 思い出したらクソゲーだった。
紺碧の空にバランスよく浮いた雲の群れ。
それがマルモットに追突されたサマリエが、意識を失う前に見た最後の景色だった。
次に目を覚ました時、サマリエは最後に見た青空に負けじと、青い顔をしていた。
彼女は気づいたのだ。自分のいる世界が、前世でプレイしたことのあるゲームの世界だということに。
(嘘でしょ……これって『あな恋』の世界なの?
しかも、私……)
サマリエは窓ガラスに写った自分の顔を見て、唾を飲み込んだ。
柔らかな黒髪に、大きな青い瞳。ぷっくりとした小さな唇。とても愛らしい顔立ちをしている。見下ろす体は、やぼったい作業着を着ているがすっきりと細い。
黒髪は日本人だった前世と変わらないが、容姿も体型も日本人離れした均整のとれたものになっている。
(やっぱり……私、ゲームのヒロインに転生してる……!)
サマリエは頭を抱えた。と、不意にベッドを仕切るカーテンが勢いよく開かれた。
「あ! 目が覚めたんだね! 良かったぁ~~!!」
大きな声で、大袈裟に言う男。この男にサマリエは見覚えがあった。
長身で、ふわふわの金色の髪。男っぽい体つきとはギャップのある垂れ目の童顔。動きやすさ重視のアカデミーの制服である作業着も彼がまとえば、何がしかのブランド品に見える。
(この男……! 攻略対象の……)
サマリエは硬い表情で男を見上げた。
「僕はミックス。ごめんね、僕の育てたマルモットが君に当たっちゃって、医務室に運んだんだけど……どこか痛いところある?」
(全身、痛いわ! けど、それはこの際、どうでもいい……!)
サマリエはミックスを無視して、自分の状況を確認した。
(ここは医務室、今はベッドの上にいる。
ミックスの育てたモンスターに激突されて身体中痛いけれど、なんとか無事。
そうだ、モンスターだ……!)
前世と現世の記憶がごっちゃになって混乱する頭で、サマリエはゲームの詳細を思い出した。
『
通称・あな恋は、剣と魔法が失われた世界で、モンスターを育てる育成師や、モンスターを使って戦う調教師を育てるアカデミーを舞台に、さまざまな男性と恋を育んでいくゲームだ。
前世を思い出すきっかけになった、サマリエにぶつかってきたマルモットもモンスターで、前世で言うところのモルモットに似た生き物になる。ただし、大きさはモルモットとは違い、牛ほどにでかい。
サマリエはプレイしたことはあるが、クリアには至っていない。どの攻略対象とも恋を育てぬままにゲームは棚の奥にしまわれることになった。
その理由は……
(このゲームがクソゲーだから!!!!!)
サマリエは拳を握りしめ、ベッドに叩きつける。
「え? ど、どうしたの! 大丈夫?」
ミックスはかがみ、サマリエと目線を合わせるようにして訊いた。
ピクリと、サマリエの瞼が動く。
(お前の顔には騙されん! ゲームをクリアしてなくても、お前のことは知っている!
お前が、極度のデブ専だと言うことは!!!)
そう、ミックスは自分はすっきりとしたモデル体型のくせに付き合う相手や育てるモンスターはデブでなければ許せないという性癖の持ち主だった。
ビジュアルに負けて、クソな設定を我慢してプレイした友達曰く、ミックスルートの最後はヒロインが太るデブエンドだという。
サマリエは、サッとベットから降り、薄っぺらい笑顔を浮かべて立った。
「大丈夫です!
右手を上げて、ゴキブリならばカサカサというオノマトペが付け足される速さで、医務室を飛び出した。
石造りの荘厳な廊下に出ると、目の前を小型のドラゴンっぽいものを肩に乗せた男子生徒が通り過ぎ、廊下の先の立派な噴水のある広場では、水を吐き出す巨大なカエルのようなモンスターがいる。
(本当に、ゲームの世界なんだ……)
夢遊病者のように、映画にでも出てきそうな廊下をふらふら進み、実感する。
紺碧の空を見上げれば、バランスよく浮いた雲の群れ……ではなく、綿胞子のようなモンスターの群れ。
サマリエも前世ではオタクの端くれだった。感動しないわけがない。なのに、その感動を邪魔するものがある。そう、このゲームが……
(このゲームが、クソゲーでさえなければ……!)
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