第22話
「次タコ。 次ねぎ。 次天かす。 はい。ほな回していくで」
手際よく材料を入れながら指示を飛ばすのは、バンビの幼馴染の辰己だった。
「関西の人ってなんでこんなまどろっこしいもの食べるの?」
ブツブツ文句を垂れながらも指示通り竹串でたこ焼きを突くバンビの姿に、辰己はニヤニヤを抑えることが出来なかった。
「そのまどろっこしさがええねん。
ほんで今とがちゃんと俺、初めての共同作業してんねんで。気づいた?」
「うるさいな。ケーキ入刀みたいに言わないでよ」
「俺そこまで言うてへんで。まさか俺との結婚意識してんの?」
「バカじゃないの?さっさとひっくり返してよ」
「はいはい。それにしても、とがちゃん回すの下手くそやな〜」
「うるさい」
「かーわい」
「もう知らない!早くひっくり返して!」
辰己は竹串を置いてそっぽを向いてしまったバンビを横目に見ながら、内心では満面の笑みを浮かべていた。
わがままで気分屋な女王様気質のバンビは幼い頃から友だちが少なかった。しかし辰己は、そんなバンビの性格が愛おしくて仕方がなかった。
たこ焼き作りを放棄してやることがなくなっても、スマホを触ったり別のことをせず、ちゃんと構われる準備を整えているツンデレなところも、たまらなく可愛いと思うのであった。
「とがちゃん出来たで」
バンビが回したぐちゃぐちゃなたこ焼きも、辰己の手にかかれば綺麗な丸になっていた。
色と形が良いものを厳選しながら嬉しそうに皿に移していくバンビの姿を、辰己は机に肘をつきながら眺めた。
「1、2、3.........、10個!」
「もうええの?」
「うん」
落選したたこ焼きたちを自分の皿に移していく。しかしバンビの方を見て、ハッとなって勢いよく立ち上がった。
「ちょっと待って!何してんねん!」
バンビの手を握ればビクリと肩が上がった。
「あかんで!こんな食べ方したら!」
バンビは2枚の小皿にそれぞれソースとマヨネーズを入れて、ディップスタイルで食べようとしていた。
「別にいいでしょ!こっちの方が食べやすい」
「あかん。こんなんしてたら大阪のおばはんにどやされんで!?」
「えっ...そうなの...??」
軽い気持ちで言った嘘を真に受けるバンビに心を痛めながら、小皿を自分の方に寄せて、代わりに皿のたこ焼きをトッピングした。
売り物のように仕上がったそれを見てバンビは目を輝かせた。こういうピュアなところも彼の魅力だった。
「なぁ。とがちゃんまだあの子んこと好きなん?」
一通り食べ終わり、今はリビングのソファに並んで映画を観ている。
「辰己には関係ないでしょ」
「あの子たぶん鷹取さんのこと好きやで。一緒におる時間長いねんからわかるやろ?」
「うるさい」
バンビは図星を突かれ下を向いた。
「辛ないん?」
「別に」
「ほななんで泣いてんの?」
バンビの目からは知らず知らずのうちに涙が出ていた。どれだけ悔しいことや悲しいことがあっても、バンビが人前で泣くことはなかった。ただ一人、辰己を除いては。
「もうええやん」
そんな時、辰己はいつもバンビを抱きしめて背中を優しく撫でる。
「再三言うてるやん。俺にしとけって」
その言葉には力がこもっていた。
「俺あの子よりとがちゃんのこと200倍はよう知ってんで?」
「200倍は言い過ぎ」
「ほんであの子、どう考えても抱かれる側やろ。とがちゃんあの子抱く気やったん?」
「は?別にどっちだっていいでしょ」
「まぁ俺もとがちゃんにならええよ、抱かれても」
「気持ち悪いこと言わないでよ!大体辰己は!誰にでもヘラヘラ愛想振り撒いて、クラゲみたいにふわふわしてるくせに!どうせ可愛い女の子に笑いかけられただけでコロッと落ちるんでしょ!」
「それ学生の頃からずっと言うてるけど、ほんまにそうなったことあった?」
「.........。」
「いい加減信じてくれてもええんちゃうん?俺ずっととがちゃんのこと好きやからこの年でまだ童貞やねんけど。あ、でも...」
「なに、その物言いたげな目は」
「いや、とがちゃんは何回か女と付き合っとったなぁ〜と思てな。うざいわ。長続きもせんのにしょうもな。ずっと教えてくれへんけど、どうせそん時童貞捨てたんやろ?
あ、でも待って!後ろはまだやんな!?なぁッ!?」
「うるさい!!」
童貞がどう処女がどうとか言い争っているうちに、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
「うわ、もうこんな時間!?早いなぁほんま。 家まで送るわ」
辰己は恋心を自覚してからというもの、バンビを家に泊めることはなかった。もちろん相手の家に泊まることもない。
それは昔、まだ2人が高校生の頃、家に泊まると言ってきかないバンビに対して辰己からお願いしたことがあった。
『俺、とがちゃんのこと大事にしたいねん。絶対間違い犯したくない。だからとがちゃんが俺のこと好きになるまで、そんなこと言わんとって...』というものだった。
辰己は今もその言葉の通り、どれだけ遅くても家に泊まらせることはなく、必ず帰していた。
辰己が車のキーを持って待っていても、バンビはソファでクッションを抱きしめたまま一向に動こうとしない。腹でも痛いのかと思い顔を覗き込んだ。
「ふく く、いんだけど...そとでれ じゃん...」
顔がクッションで覆われているのでよく聞こえない。「ごめん、なんて...?」そう聞き返せば、バンビは顔を上げて辰己を睨みつけた。
「だから!服がたこ焼き臭いんだけど!こんなので外出られないじゃん...!」
だんだんと尻すぼみになり、みるみるうちに顔が赤くなっていく。呆気に取られて何も言えない辰己。恥ずかしさの限界を迎えたバンビは再びクッションに顔を埋めてしまった。見えるのは真っ赤に染まった耳だけ。
「それって、今日泊まってくってこと...?」
ようやく意識を取り戻した辰己が恐る恐る聞けば、クッションに埋まったままのバンビが小さく頷いた。
「昔した約束覚えてる?泊まりはとがちゃんが俺のこと好きになってからってやつ」
少し間を空けて、再びほんの少しだけ首が縦に振られた。
「.........。」
「.........。」
「.........。」
「.........は?」
(この沈黙はなに!?なんか言ってよ!)と、居たたまれなくなったバンビが顔を上げれば、辰己は間抜けな顔で棒立ちのまま、ただ部屋の隅を見つめていた。
「それって、つまり...。とがちゃん、俺のこと好きって、こと...???」
バンビは気づいていた。悲しい時も辛い時も、肩を抱き寄り添ってくれたのはいつも辰己だった。リーダーのことは大好きだが、彼の前で涙を流すことはできない。それができるのは辰己だけ。
あまりにも近すぎて、存在が当たり前すぎて、自分の気持ちに正直になることが出来なかったけど、いつもストレートに想いを伝えてくれる辰己と向き合う決意をした。
「そういうことでしょ!言わせないでよ!」
バンビらしいぶっきらぼうな告白に、辰己は声を上げた。
「あー!!なんやっけ!?こうなった時のために考えに考え抜いたキザな返し...!!あかん!ぜんっぜん思い出されへん!!!」
頭を抱えて床にしゃがみ込んだのも束の間、バッと顔を上げバンビの両肩を凄まじい勢いで掴んだ。
「なんか!全然予定と違うけど...!俺、とがちゃんのことめっっっちゃ!幸せにするから!!」
ファンから"国宝"などと言われている顔をこれでもかとくしゃらせて、思いの丈をぶつけた辰己。
「......ぷっ...!あははははっ!」
「ちょ!なんで笑うん!?」
バンビは「辰己のそんなとこ、初めて見たかも!」と言って楽しそうに笑った。
いつもヘラヘラと笑顔でなんでもこなす辰己も、バンビのこととなるとそうはいかないらしい。
笑い涙を拭いながら辰己を見れば、まだ少し不服そうだった。
「お待たせ」
「ほんまめっちゃ待ったわ。でも、その分めっちゃ嬉しい」
バンビの頬を大事そうに撫でる辰己は、その顔を見飽きているバンビでさえ見惚れてしまうほど美しく、幸せそうな表情をしていた。
「まだちょっとしか辰己のこと好きじゃないからね」
「"ちょっと"でも好きは好きや。いっつもギリギリなんとか家まで送り届けてたけど、今日は無理やわ...」
まだリーダーに多少の未練があることは辰己も理解していた。でも、バンビが完全にその想いを断ち切るまで待てるほどの余裕もない。
「なぁ。キスしていい?」
「そんなことわざわざ聞かないでよ」
顔を背けないのは肯定の証。2つの唇が重なろうとしたその時、バンビは不安げな目をして辰己に問いかけた。
「理想と現実が違ったからって、どっか行ったら怒るからね...」
「どっか行ったりするかいな。こっちはこの十数年で様々なシチュエーションの妄想してきてんねん。なんでも来いやで」
「ほんとバカじゃない」
「バカちゃうよ。とがちゃんのことがほんまに好きやねん」
いつもド直球に愛を伝える辰己だったが、これ以上言ってしまうと恥ずかしいを超えて拗ねてしまうため、今日はこの辺にとどめておくことにした。
「なぁとがちゃん。俺長いことお利口さんして待っててんから、ちょっとくらい無茶さしてもええよな?」
「え...!?ちょっと!待ってよ!!」
そしてこの夜、バンビはめでたく十数年分の愛を体に刻み込まれるのであった。
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