第20話


リーダーとトラが店に戻り、改めてメンバー全員で話し合って意思確認を行った。結果は満場一致で「移籍」。


その数日後にはプライベートというていで辻に会いに行き、自分たちの希望を伝えた。5人は『今まで通り活動できること』が第一の希望で、それさえ叶えられたらあとはオマケ程度に思っていた。

すると辻は、『もっと欲張りになりなさい』と叱ったが、まだ大した実績もないグループを受け入れてくれるだけで感謝しかない。


そこからは事務所間でのやり取りが始まり、メンバーは必要な時のみ形式的に話し合いに参加するだけだったが、辻の言っていた通り、事前に自分たちの希望を伝えていたこともあって、トントン拍子に話が進んでいった。

何よりも辻が手腕家であった為あっという間に話をまとめて、契約期間を迎えたタイミングでめでたく5人全員で辻の芸能プロダクションに移籍することができた。




「改めて自己紹介いたします。社長秘書の二木です。本日辻社長は入用のため、私が代わって説明いたします」


二木とリーダーたちは今までにも何度か会ったことがあるが、こうして腰を据えて話すのは今日が初めてだった。


「以前にも辻社長から話があったと思いますが、皆さんが気にしておられた事項を再度説明いたします。

グループ名の権利は当社に移譲されていますので今後も使用して問題ありません。今までのテレビ番組やラジオも引き続き出演いただきます。

ファンクラブは承諾を得た会員のみデータを移行し、専用サイトとグッズは皆さんからいただいた案を元にリニューアルいたします。加えてサービスを厚くする予定で---...」



「以上です」で締め括られた説明に、みな納得の表情を見せた。

5人が一番に望んだ"今まで通りの活動"ができるよう、辻は各方面へ手回ししてくれていた。移籍交渉の最初の頃、前事務所の社長および幹部は渋って話を遅らせようとしていた。しかし、それがほんの数週間で決着したのだから、裏で何かが行われていたのは確かだった。何をしていたか辻が話すことはなかったが、金が絡んでいることはリーダーたちにも察しがついた。


「最初は風当たりがきついと思いますが、皆さんの頑張りで挽回してください」


話の最後に二木は淡々とそう述べた。言われるまでもなくメンバー全員その気でいたが、気持ちが伝わるよう力強く返事をした。


これから新生THE ZOONの活動が始まる。5人は期待と不安を抱えながら新しいスタートを切った。



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「今日はこれにしよう」


タワーマンションのとある一室に辻と二木はいた。辻の手には数十万円するグレートヴィンテージのワインが握られており、部屋から望む夜景には一切目もくれず、ワインをグラスに注ぎ込んだ。


「高いのでは?」


「いいんだよ。今日はとても気分がいいからね」


"超大手芸能プロダクションに電撃移籍"と見出しが打たれた記事を横目に辻は笑みを深めた。


「兎本君たちですか?」


「そうだよ。まさかあんな安くで手に入るとはね」


「相手の社長はしてやったり顔でしたし、双方にとってとても良い取引だったかと」


「あの社長も見誤ったね。彼らはダイヤの原石だよ。それをあんな金額で手放すとは」


「ダイヤを美しくカットする能力もなければ、見る目もないのです。だから弱小事務所のままなんでしょう」


「やめなさい葵君」


辻は二木を制止して一口ワインを飲み、その香りと味に思わず幸福のため息をついた。



「でもまさか、彼らと話したいと君から頼まれるとはね」


「興味があったんです。あなたがそこまで見込んだグループがどんなものか」


「で、どうだった?」


「素直でいい子たちです。特に鷹取君はしっかりしていました。物怖じせず意見を言うし、それも的を得ている。抜け目のない子です」


「そうかい。でも甥はやめておきなさい。すでに想い人がいるようだからね」


辻の言葉に二木は眉間を寄せた。


「そう言って僕を試しているんですか?」


「なんのことかな?」


辻はダウンライトの光にワイングラスを重ねて色を楽しみながら、とぼけたようにそう言う。二木は立ち上がり辻の元へと向かった。


辻が座る椅子に片膝をつき、相手の首に両腕を回す。


「僕にはあなたしかいないんです」


鼻先同士が触れそうな距離で見つめ合う。

余裕の辻に対して二木はどこか縋るような目をしていた。


「あなたに捨てられたら僕は死んでしまう。あなたに生かされているんです」


「知っているよ、少し冗談が過ぎたね。

さぁ飲み直そう。このワイン、君も好きだろ?」


ただの社長と秘書にしては異様なほど妖艶な雰囲気を放つ2人。その関係については彼らのみぞ知ることであった。


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