第19話


タカは仕事終わり、個室居酒屋にメンバーを集めた。


虎「タカから飲みに誘うの珍しいね。なんかあった?」


鷹「兎本から話がある」


虎「なになにリーダー!」


鹿「黙りなよ。どう考えてもそんな空気じゃないでしょ」


バンビの言う通り、リーダーにいつもの笑顔はなく、どこかぎこちなかった。

ドリンクと料理が届いてなんとなく話しをする雰囲気が整ったところで、リーダーは口を開いた。



兎「事務所を変えたいと思ってる...」


元より静かだった部屋から呼吸の音すら聞こえなくなるのを感じる。


そんな中、沈黙を割いたのはバンビだった。


鹿「それはグループを抜けるってこと?」


兎「違う、みんなで移りたい」


鹿「あっそう。って言うか、タカは前々からこのこと知ってるんでしょ?」


タカが「あぁ」と返事をすると、バンビは一際大きなため息をついた。



兎「ちゃんと全部話す。聞いてくれるか?」


返事をする者はいなかったが沈黙を肯定と捉え、移籍を考えることにした経緯と、移籍した場合のその後について話した。枕営業のことは伏せて、内容には触れず"接待をしていた"、とだけ伝えた。そして最後に、「これからもみんなと一緒にやっていきたい」と言葉に力を持たせた。


メンバーは必要最低限の相槌だけで、終始リーダー一人が話すような状態だったため、みんながどう思っているのか不安で仕方がなかった。

もし移籍賛成と反対で意見が割れて関係修復ができなくなったら、最悪の場合解散になることだってあり得る。それが回避できたとしても、わだかまりが生まれる可能性だってある。


全てを話し終え、リーダーは祈る思いで返事を待った。



鹿「まぁ、僕は別にいいけど」


兎「ぇ...」


猪「俺も」


兎「ほ、ほんとか...!?」


鹿「こんな時に冗談言うわけないでしょ。僕も今の事務所に思うところはあるし、なんだかんだこのグループに愛着がないわけでもないし」


猪「みんなとずっと 活動するのが、俺の夢 だから...」


リーダーは2人の言葉に肩の力がフッと抜ける感覚がした。しかしあと一人、答えを聞けていないメンバーがいる。


いつもは誰よりも饒舌なトラが先程から一言も話さない。


兎「トラはどうだ...?」


恐る恐る質問した。



虎「いやだ...」


リーダーは思わず声を詰まらせた。返ってきた言葉に食ってかかったのはバンビだった。


鹿「は?理由は?」


虎「嫌だから嫌だ!! 俺帰る!」


そう言い走って出て行ったトラを咄嗟にリーダーが追いかけた。個室から出る際店員とぶつかりそうになり、時間を取られている間にトラの姿は見えなくなっていた。

リーダーは店を出て周りを見渡した。右が明るい繁華街。左は暗い夜道。


(トラが行くのはきっと...)





「トラ...」


街灯も照らさない暗い裏路地でしゃがみ込む人影に歩み寄る。


「いきなりのことで、驚かせてごめんな」


相手は腕に顔を埋めたままピクリとも動かない。もちろん返事もない。リーダーは肩と肩が当たりそうで当たらない距離にしゃがんだ。


「トラ...」


もう一度名前を呼んで頭を撫でた。



「リーダー、違う...」


体勢はそのままで、トラは絞り出すような声でそう言った。


「俺、事務所が変わるのが嫌なんじゃない...」


「うん」


「リーダーが悩んでたことに気づけなかった自分が嫌...」


「そうだったんだな」


「リーダーはいつも俺の味方なのに...。俺はリーダーに何もしてあげられない...!」


ようやく顔を上げたトラは、ボロボロと涙を流して泣いていた。


「そんなことない」


リーダーはトラを抱きしめた。


「トラの笑顔にいつも救われてる。トラはよく人を見てる。俺がしんどい時一番に声をかけてくれるのはトラだよ」


リーダーの頬にトラのふわふわの髪の毛が擦れて、こそばゆくも気持ちいい。


「そりゃ空回りする時だってあるけど、いつも場を和ませようとしてくれてすごく助かってる。そんなトラが、"何もしてない"なんて言うな」


トラを励ますつもりで言ったわけではなく本心から出た言葉だったが、トラはうえうえと嗚咽を混じらせ更に泣いてしまった。リーダーはそんな背中を優しく撫で続けた。



時間にして数十分が経った頃、トラの呼吸が落ち着いたところで体を離した。

リーダーが涙を拭きながら「帰ろう」と言えば、頬と鼻を赤くしたトラはコクリと頷いた。




手を引かれ歩くトラは、少し前をいくリーダーの横顔を見つめた。間違っても恵まれているとは言えない暗い人生を歩んできたトラにとって、リーダーは"太陽"だった。今日もまた、優しい光で身体を暖めてくれる。


(リーダーありがとう...。大好きだよ...)


心の声が夜風に乗って届いたらいいのに、と思わずにはいられなかった。


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