第17話


2人が帰り静かになった部屋にノック音が響く。返事をすれば辻の秘書が入ってきた。


「いかがでしたか?」


辻は振り返ることなく外の景色を眺めながら小さく息をついた。


「人当たりも良いし感情に身を任せない、基本的には冷静でよく物事を見れている。でも、あの子はグループのリーダーには向いていないな」


「何故です?」


「うちに移籍すれば甥を優遇するとも解釈できることを言った途端、彼の顔つきが変わったんだよ。おそらく他のメンバーを蔑ろにされるのではと考えたんだろうね」


「グループ内格差があるのは当たり前ですが」


「その通り。みんなで仲良しこよしなんて不可能に近い。でも彼はそれを望んでる。優しすぎるんだよあの子は」


きっと今も、


「自分のことは二の次で、メンバーのことばかり考えているんだろうね」


辻は呆れたようにそう言った。


「そういう子はこの業界向きではありません」


「確かに君の言う通りだ。 でもね...」




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▷お久しぶりです


数日前、甥であるタカから連絡がきて辻は心底驚いていた。


タカの才能にいち早く気づき、本格的に芸能の道を薦めたのは他でもない辻だった。

元々辻の妹、つまりタカの母も息子の芸能界入りに前向きで、幼い頃からダンススクールやボイストレーニングに通わせていた。

特にやりたいことがなかったのか、元から歌や踊りが好きだったのかは定かではないが、高校を卒業する頃にはすでにプロの世界でも十分やっていけるほどの見た目とスキルを備えていた。


そんな彼に、辻は自分の事務所へ入るよう打診した。必ず売れるという確信があるからこそ、喉から手が出るほど欲しかった。しかし、辻の熱意に反してタカは返事をはぐらかした。


何故うちに来ないのかと問いても、『目指すものがない』などと言って逃げられる。


今は目指すものがなくても、業界に入ってから見つければいい。

親族だからといって優遇するつもりはさらさらない。それは単に、タカが自分の力で芸能界をのし上がれると確信しているからだ。

身内に事務所のトップがいるから売れているなどと、ありもしないことで批判するような世論は実力で捻り潰せばいい。

そう何度伝えても、タカが首を縦に振ることはなかった。てっきり芸能界に興味がないのだと思っていた。だからそこから数ヶ月後、妹伝いでタカが他のプロダクションに入ったと知り激怒した。


それ以来タカとは一切連絡を取っていない。半ば喧嘩別れをしたような状態でかれこれ3年が経っていた。



そしてそんなタカから突然連絡がきて、急遽会うことになった。辻も大人だ、わだかまりが残っているけれど門前払いすることはなかった。


久しぶりに会う甥は、3年前とは見違えるほど大人びており、色気があった。

やはりあの時、無理にでもここに入れておくべきだったか、などと考えていたが、


『お願いです。俺たちのグループを買ってください...!』


そう言って深々と頭を下げられ、あまりに突拍子のない話しに呆気に取られた。


『3年前この事務所に入る提案を一蹴した君が、今更よくそんなことが言えるね』


あえて意地悪な言い方をして相手の様子を伺うが、タカは至って冷静で、その件を謝罪した上で再度移籍の件を申し出た。衝動的にこの話を持ちかけたわけではないとわかる。


辻は、頑固とも言えるほど意志の強い性格をしたタカが、一度選択肢から省いた辻の事務所への所属を自ら願うのには何か大きな理由があると考えた。しかしタカは、所属プロダクションとの折り合いが悪いからとだけ言った。それだけが理由のわけがない。しかし彼からこれ以上聞き出すことは出来そうになかった。

何が彼をそこまで突き動かしているのか。タカが部屋を後にしてから秘書に、彼のグループとそのプロダクションについて調べさせた。




『やはり裏で色々やってますね』


秘書に渡された報告書を読みながら目に留まった項目を読む。


『枕か。一昔前ならまだしも、今の子には過酷だったかな』


昔ほどではないが現在でも枕営業はない話ではない。一通り資料を読み終わっても決定的な理由が見つけられなかった。


しかし今日、リーダーといるタカの姿を見て合点がいった。それと同時に、辻の誘いを蹴って他の事務所に入った本当の理由もわかった。



「出会ってしまったんだね、兎本君に」


リーダーを見るタカの眼差しを思い出し、心ともなく口角が上がる。


「辻さん、今なんと...?」


「いや、甥っ子も大人びてるようでまだまだ可愛いところがあるんだと思ってね」


「? はあ...」





優しすぎるリーダーと、そんな彼を支えるメンバー。彼らのことを知れば知るほど期待が膨らんでいく。


「あのグループが欲しいな。これから必ず伸びるだろうね」


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