第16話


ビルに入るなり受付の女性に連れられ、来客用とは別の少し奥まった所にあるエレベーターに案内された。階数が刻まれたボタンたちの中でも一番大きい数字が書かれたものが押され、リーダーは息を呑んだ。

そして案の定、"社長室"のプレートが貼られた扉まで連れて来られた。


「タカ!どう言うつもりだよ!」


「後でちゃんと話す」


そう言ってタカはドアをノックして、返事が返ってきたかと思えば一切物怖じせずドアを開けた。




「やぁ、よく来たね」


分かってはいたが、そこにはこの会社の長である男性が座っていた。彼はわざわざ立ち上がり2人を迎え入れた。


まさかこんなとんでもない人物に会うとは思っておらず、リーダーの頭は混乱していた。

リーダーはこの男性を知っていた。何故なら雑誌で何度も見たことがあるからだ。


大手芸能プロダクションのやり手社長で、名前は辻。写真ではダンディーで優しそうなおじさんというイメージだったが、実物は写真で見るより少し近寄りがたいオーラがあり、只者ではない感じが溢れ出ていた。しかし何故だか、親しみを持つこともできた。



応接間に案内され言われるがまま席につく。その隣をタカが、向かいに辻が座った。


「君が兎本君かい?」


「はい!△△プロダクション所属、THE ZOONというグループで活動している兎本と申します!

......彼はメンバーの鷹取と言います!宜しくお願いいたします!」


一向に自己紹介しようとしないタカに代わって、リーダーが慌ててフォローを入れる。

なぜ自分の目の前にあの名の知れた芸能事務所の社長がいるのか、なぜタカがそんな人物とのコネクトを持っているのか。未だ理解が追いつかないが、なんとか言葉を振り絞る。とにかく粗相のないよう注意を配った。


「そんな気を張る必要はないよ。私は辻と言う。一応ここの社長をしているよ」


「はい、存じ上げております」


「そうかい、ありがとう。それと、隣にいる彼の伯父でもある」


「ッ!?」


リーダーは目を大きく見開き固まった。そのリアクションを見て辻は「面白い反応だね」と楽しげに微笑んだ。その顔が少しタカに似ていた。親族だから当たり前かもしれないが、辻から感じる親近感はそういうことだった。


「甥っ子がいつもお世話になっているね」


「あ、い、いえ!こちらこそ!いつもお世話されてばっかりで...!!」


ますますパニックになる。何故先に言っておかないんだと、辻にバレないようタカを睨んだ。



「先に言っておくが、今の時間は仕事だと思わないでくれ。私と君が個人的に話しているだけだからね」


「? はい...」


「兎本君。君に話したいことを単刀直入に言うよ?」


突然真面目な声音になった辻の、その先に続く言葉に、リーダーはいよいよ思考が停止してしまった。




「...ぇ??」


「だからね、うちに来てくれないか? 欲しいんだよ、君たちのグループが」


まさかそんな話だと思っていなかったリーダーの頭は遂に真っ白になってしまった。


「まずはリーダーである兎本君の意見が聞きたくてね。君のオーケーが出たらメンバーの子達も呼んで勧誘しようと思う」


「それは、事務所を通して話し合うことではないでしょうか...?」


「そうかもしれないね。ただ例外はある。今回は身内がいるグループのことだから、あくまでプライベートのていでこうして話している。

それに最初から事務所同士で話すより、事前にある程度タレントの意見を聞いておいた方が、移籍交渉の時君たちの希望を叶えやすいんだよ」


「そうですか...」


納得したのを確認して、そこから辻は移籍した場合のメリット・デメリットについて話し始めたのだが、リーダーはまだ夢心地で聞くことしかできなかった。



「悪い話ではないと思うよ?」


「はい...。そう、だとは思います...」


芸能人にとって事務所の後ろ盾はとても大きいもので、バックが強くなれば強くなるほど売れる可能性も芸能人生が安定する確率も高くなる。

リーダーは昔このプロダクションのオーディションにも応募したことがあった。結果書類選考で落とされてしまったが、所属タレントに対する考え方や対応、雇用条件は、他の芸能事務所に比べて群を抜いて良いと当時のリーダーも思っていた。それに、メンバー同士で話し合ったTHE ZOONの方向性とこのプロダクションの活動方針は、非常にフィットしているとも思う。



「僕たち既にデビューしていますし、ファンクラブや不定期出演させてもらってる番組のこととか...。移籍後も今の形のまま活動できるんでしょうか?」


「絶対できるとは言い難いがおそらくできる。私も君たちの希望を極力叶えられるよう尽力するつもりだ」


辻は自信に満ち溢れていて、嘘を言っているようには見えなかった。


「無駄に大きくなってしまったこの会社には不自由なことが多い反面、色々と都合のいいことも多くてね」


そう言って涼しげに微笑んでいるが、要は金や人脈を使った裏工作など、あまり表立って言えないことをするのだろう。


「そうですか...」


リーダーは先ほどとは打って変わって頭をフル回転させていた。その姿を見て辻はあともう一押しで答えが出るところまで来ていると感じた。



「返事は今すぐにとは言わないが、まだデビューしたてで知名度の低い今の方が私としてもやり易いからね」


直接的ではないが、"早く返事をよこせ"と言われていることはリーダーにも理解できた。



「まぁ私としては、才能溢れる甥っ子が来てくれればそれで良いのだけれど」


辻は深く背にもたれかかり、リーダーに聞こえるか聞こえないか程度の音量でひとりごとを言った。その瞬間、ほんのわずかだがリーダーの眉がピクリと動いた。



「どうかな?兎本君」


時間にしてほんの数秒ではあるが、リーダーは深く考えた。手は無意識に左耳へと行き、ウリがプレゼントしてくれたピアスを撫でた。



「僕は...。 僕の一存で決めていいとするなら、お断りします」


リーダーは辻の目をしっかりと見据えてそう言った。


「ほう。それが君の答えだね? ではこの件は...」


「でも...!」


辻を遮りリーダーは力強く言葉を続けた。


「メンバーの意見を聞きたいです。勝手なお願いとは思いますが、少しだけ時間をいただけないでしょうか」


立ち上がり深々と頭を下げた。


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