第11話

遠くの方からシャワーを浴びる音が聴こえる。

リーダーは浅い意識の中、先程までの出来事を思い返して涙を流していた。


(こんな汚い仕事を大切なメンバーにさせるつもりはなかった...。

好きじゃないやつとの行為がどれだけ苦しいことか分かってるはずの自分が、タカに同じ思いをさせてしまった...。

毎晩見る悪夢から逃れたくて、もうやめようと言ったタカの言葉を無視してセックスを続けて...、俺はタカを利用してしまったんだ...)


ベットにうずくまり自己嫌悪に陥る。

バスルームのドアが開く音がしてさらに小さく丸くなった。もうタカの顔を見ることができないと思った。



「兎本...?」


眠っていると思ったのか、隣に座ったタカがそれ以降口を開くことはなかった。

リーダーは必死に嗚咽を抑えようとするが、風呂上がりの体温が背中に伝わって、その温かさに余計涙が出た。

このまま寝たフリを続ければ、朝になって、何食わぬ顔で解散して、またいつも通り出勤して、またいつも通り......。いや、やはり大切なメンバーだからこそ、うやむやにすることなんて出来なくて、リーダーは意を決し想いを伝えることにした。



「ごめん...。俺、タカをこんな最低なことに巻き込んだ...」


「俺が勝手に巻き込まれにいっただけだ」


突然話し始めてもタカが驚くことはなかった。最初から狸寝入りだとバレていたのかもしれない。


「俺のわがままにまで付き合わせて、ごめん...」


「わがままと思ってない」


それだけ言って無言が続いた。

リーダーは居たたまれなくなり、被っていたやけにテカテカした布団をギュッと握りしめた。



ギシッ...


「ぅわっ...!!」


ベットの軋む音がしたかと思えば、リーダーの体は宙を浮き、いつかの時と同じように横抱きされていた。

突然のことに驚いたリーダーは不意にタカを見てしまう。するとタカも同じようにリーダーを見ていて、その顔は少し困ったように笑っていた。


「湯船溜めてるから入るぞ」


そう言って風呂場へと向かって歩いた。





ジャグジー付きの浴槽は大人2人が入るにしてもかなり大きい。湯に浸かるや否や、リーダーはタカから逃げるように背を向けて座った。しかし浮力の効く水中で人一人を移動させることなど容易で、タカは体育座りで丸くなっているリーダーを正面に向かせた。

あぐらの上に座らせ体を密着させる。リーダーも顔は逸らしたままだが暴れることはなかった。



「兎本、こっち向いて」


そう言われても依然として動く気配がない。タカは力ずくで自分の方を向かせるしかないと思い顎に手を添えて力を込めるが、リーダーはそうはさせまいとその手を振り払い、何故かタカに抱きついた。タカと顔を合わせられないリーダーが考えた最善の策なのだろうが、あまりの奇行にタカは呆気に取られた。


しかしこうして抱き合っているとそんなことはどうでもよくなって、お互いの体温が温かくて心地よいと感じた。

タカは湯船から出ているリーダーの肩に湯を掬ってかけながら、タイミングを見計らった。




「なぁ、兎本」


リーダーからは小さく短い返事が返ってきた。



「一人で抱え込むな 」


リーダーの動揺を表すかのように、チャプンッと湯が波立つ。



「お前がやられて嫌だったことも、やって嫌だったことも、全部俺が最高の記憶に塗り替えてやる。だからこれからはもう、一人で全部抱え込もうとするな。わかったな...?」


最後に「ごめんな、辛い思いさせて」と言った。



リーダーが返事をすることはなかったが、代わりに抱きつく腕に力が込められた。

この小さな背中にどれだけの責任を背負っていたのだろう。タカはもっと早くに気づいて支えてやれなかった自分への苛立ちと、無力感を感じた。


記憶を上書きするとて、リーダーの辛い過去が全くもって消えるわけでもないし、自己満足であることはタカ自身分かっている。でも今はこの方法が最善と思えてしまう。人一倍責任感の強いリーダーを守って、支えたい。

少しでも自分の想いが届くように、うなじや肩に何度もキスをした。





タカはまるで壊れ物を扱うような優しい手つきでリーダーの頭や背中を撫でた。

その大きく温かい手が、"兎本は悪くない"と言ってくれているように感じて、リーダーは心の底から安心した。

大嫌いなキスもタカにされれば心地よくて、憂鬱な気持ちになる風呂場もタカとなら安心できる場所になっていた。


(タカ...、ありがと...)


ずっと顔を合わせられずにいたタカに、そんな気持ちを込めてキスをする。

唇を離せば、見ているこっちがとろけてしまいそうなほどの優しい笑みを向けてくれていた。


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