第14話


「タカ...?」


「.........。」


「タカ...!」


「あぁ、悪い... 」


「顔こわい...。やっぱりイヤだった...?」


タカは目の前の光景に思わず眉をしかめていた。不安げにタカを見上げるリーダーの細い首には、黒い革製の首輪が巻かれている。身に纏うのは薄手の白シャツのみ。


タカはリーダーにこんな格好をさせて、その上弄んだクソ野郎を殺してやりたいと思った。

今日だけではない。今までリーダーがされてきたことを聞くたび、冷静を装っているが心中では言い知れぬドス黒い感情が渦巻いていた。


リーダーの問いかけを否定するように、首輪に繋がった鎖を引いて唇に噛み付くようなキスをした。




-----

---


「タカとなら大丈夫なんだよな」


リーダーは不思議そうにそう言った。

今は向かい合って湯船に浸かっている。セックスの後はどちらが言うでもなく、一緒に風呂に入るのが恒例になっていた。


リーダーは枕営業の際さまざまなプレイを要求され、その度に自分の感情を押し殺してなんとか乗り切ってきた。その時の嫌悪感は夢にまで出てきて、毎晩のようにリーダーの心を痛めつけるほどだった。

しかし、同じことをしても相手がタカならそんな負の気持ちが湧くことはなく、むしろ行為中は心臓が苦しくなるほどの昂りを感じていた。



「めっちゃ気持ちいんだよな。嫌々やってた時のことを忘れるくらい」


"記憶を上書きするためのセックス"は、リーダーの辛い記憶を少しでも軽くすることを目的にしているため、その言葉を聞いてタカは嬉しさを感じた。


リーダーがタカとのセックスをここまで気持ちいいと思うには理由があった。それは性癖をSとMで分類するとすればタカはSでリーダーはMだからだ。タカは初めて体を重ねた時からそのことに気づいていたし、その観点からもリーダーと体の相性が良いことは理解していた。



「兎本」


セックスが終わって帰るまでの間、大体風呂の時に、タカは"他に嫌なことをされていないか?"という意味を込めて、リーダーの目を見て名前を呼ぶ。

リーダーはいつもなら少し躊躇ったのち、今までされてきた性暴力の話をして、次はその記憶を上書きしようとなるのだが、今日はそんなことはなかった。


「もう大丈夫。全部タカが上書きしてくれた。もう前みたいに嫌な夢を見ることもなくなった...」


それはリーダーにとって一番に望んでいたもので、喜ぶべきことであったのに、リーダーの声音からそのような感情は微塵も感じない。何故なら、この関係が終わることを意味しているから。そのことにリーダーはただならぬ寂しさを感じていた。



「そうか。少しは力になれたか?」


「少しどころじゃない。タカにはほんと感謝してる...。それと、ごめんな...」


「それは言わない約束だろ」


初めて体を重ねた日、タカはリーダーにある約束を提示した。それは"申し訳ないと思わないこと"。タカは自分が勝手にやっていることに対して申し訳なさを感じられる筋合いはないと思っていた。



「そうだな、ごめん...。あ、違う、今のは約束破ったことに対してのごめんで...!」


だんだんと語尾が尻すぼみになっていき、そのまま俯いて黙ってしまった。

デビュー後の重圧を一人で背負い込み、メンバーのためになんとか仕事をもらおうと体を張ったリーダー。タカは短いけれどこの言葉に最大の尊敬と感謝を込めた。


「ありがとな、リーダー」


頭をポンポンと撫でれば、リーダーは我慢の限界とばかりに精一杯タカに抱きついた。こんなことが出来るのもきっと今日で最後になる。



どのくらいか経って体を離したリーダーは、じっとタカを見つめた。そしてチラリと唇に視線を落とす。

タカはリーダーが何を望んでいるのか分かっていた。でも、それに応じることはしなかった。

「先あがってる」とだけ言って風呂からあがってしまった。



リーダーはすりガラス越しにシルエットだけ映るタカを見ながら、一人残された湯船に肩まで浸かる。


「そうだよな、もうこの関係は終わったんだから。キスなんて...」


自分の唇に指を這わせる。タカとのキスは今でも鮮明に思い出すことができる。とても心地よくて、気分を高揚させる...。


体に熱を感じ始めたところで我に帰り、慌てて湯船から出てシャワーを浴びた。

服を着てタオルを首からかけた状態でベットルームへ行けば、タカはすでに髪を乾かし一通りの身支度を終えていた。



「水いる?」


リーダーが頷けば、自分が飲んでいたものとは別のグラスに注ぎなおして差し出した。過去には口移しで酒を飲んだというのに。

局のプロデューサーに口移しでウィスキーを飲まされた時は地獄だと感じたリーダーだったが、それもタカが塗り替えてくれた。酒酔いとセックスの快感で、この上なく興奮したのを覚えている。

その時と今とのギャップに、リーダーは再び寂しさを感じた。



「明日収録の後時間あるか?」


タカに質問されたリーダーは、頭の中で明日のスケジュールを思い返す。


「明日は...、特に予定ないけど」


「会ってほしい人がいる」


「会ってほしい人? 誰だよ」


「それは明日話す」


「なんだよそれ」


リーダーは不思議に思いながらも、タカの知り合いなら大丈夫だろうとそれ以上詮索することはなかった。


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