第3話


「あのプロデューサーに気に入られたら大きな仕事がもらえるかもしれない!頑張ってね!!

この会社とTHE ZOONの未来は君にかかってるんだから!」


「はい」


リーダーはこの事務所の社長である男に笑顔でそう返した。


「兎本くんの枕、界隈では結構人気なんだよ?」


枕とは業界用語で"セックス"を指す。

つまりリーダーは、仕事をもらうために買春を行なっていた。


「兎本くんが枕営業に前向きで良かったよ!君のグループは我が社の期待だからね!」


「社長、"君"じゃなくて"君たち"ですよ?」


そう言ったリーダーは、笑顔だけれど口調には怒気が混ざっていた。それもそのはず。リーダーはメンバー5人あってこそのTHE ZOONという意識が強く、他のメンバーを蔑ろにするような言い方を嫌っていた。


「あぁ、ごめんね!ほんと君はメンバー想いだねぇ!感心するよ!

じゃあ次も、"君たち"のグループのために頑張ってね!」


「はい。わかってます」


いつもと変わらず、部屋を出るまでリーダーの笑顔が崩れることはなかった。






「浮かない顔だな」


社長室から出てきたリーダーにそう話しかけたのは、メンバーのタカだった。

リーダーは一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐにいつもの調子で言葉を返した。


「あー、ごめんごめん!タカも社長に用だった? 俺は話済んだし、お次どうぞ〜」


早々とその場から立ち去ろうとするリーダーはどこか焦っているように見える。

タカは、リーダーと社長が自分には聞かれたくない話をしていたのだと察した。


「社長と何話してた」


「何って...、大した話じゃないよ!『調子どうだ〜?』とか、そんなしょうもないこと!

じゃぁな!タカも気をつけて帰れよ!おつかれ!」


リーダーはおどけながらそう言い、この場を後にした。タカは小さくなっていく後ろ姿を見つめながら数分前を思い返していた。






(またか...)


用があって社長室に行ったタカは、リーダーと社長が話しているところを見てそう思っていた。

この部屋はガラス張りになっていて、足元は透明だがそこからすりガラスの切り返しになっている為、中の様子を見ることはできない。

ただ、今日リーダーが着用していた派手な色のパーカーは、すりガラス越しでもリーダーの存在を知らしめていた。


(いつも2人で何話してる...)


眉間にシワを寄せて社長室を睨むタカには、この他にももう一つ疑問に思っていることがあった。


その疑問とは、"グループの知名度に対して仕事量が多すぎること"だった。

弱小事務所からグループが1つデビューしたところでさして話題には上がらない。THE ZOONもそうだった。

デビュー曲は力を入れていた割に期待を下回る反応で、勢いづけたいタイミングでメンバーが順に流行病にかかったこともあり、デビューしてから全員揃って活動できた期間はとても少なかった。


このことから、自分たちのグループの知名度がさほど高くないことをタカは理解していた。それなのに仕事のオファーがやたらと多い。

タカはその反比例の状態に違和感を感じて仕方がなかった。


さらに仕事が来るようになったのは、ちょうどリーダーと社長が密に話すようになった時期と重なっていた。

この2つの事柄が関係してるかは定かでないが、全く関係ないとも言い難い。


(何を隠してる...)


リーダーの姿が見えなくなるのを見届けて、社長室のドアを叩いた。


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